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国立がん研究センター

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肺がんの新たな治療標的分子を発見

TSPAN2(テトラスパニン2)を中心とした肺腺がんの悪性化プロセスを解明

2014年4月11日
独立行政法人国立がん研究センター

本プレスリリースのポイント

  • がん抑制遺伝子p53の不活化によって誘導される分子、TSPAN2(テトラスパニン2)が肺腺がんの悪性化プロセスにかかわっていることを同定。
  • p53の変異によって不活化した肺腺がん細胞では、TSPAN2とがん幹細胞マーカーCD44が相互作用して細胞を酸化ダメージから保護し、異常な浸潤・転移能を獲得することが明らかに。
  • 今後、TSPAN2を治療標的とした新規薬剤・新規治療法の開発が期待される。

独立行政法人国立がん研究センター(所在地:東京都中央区、理事長:堀田知光)は、肺腺がんの悪性化プロセスにかかわる新たな浸潤・転移制御機構を発見しました。本研究成果は、同研究所(所長:中釜斉)難治がん研究分野 江成政人ユニット長らを中心とした研究グループによるもので、米学術誌「Cell Reports」誌4月10日号電子版に掲載されました。

分子標的薬が登場し肺がんの治療成績は向上しましたが、現在もなお死亡率が高く、治りにくいがん(難治がん)の1つとされています。新しい治療法や早期診断法の開発には、肺がんの発生機序を解析し、その分子機構を解明することが重要ですが、肺がんの発がんプロセスはきわめて複雑であり、未だ不明な点が多く残されています。

江成ユニット長らの研究グループは、がん抑制遺伝子p53注1に着目。p53は、遺伝子損傷やがん遺伝子の活性化などを起こした細胞の増殖を停止・修復させたり、あるいは死滅させたりする、いわばがん抑制における司令塔の役割を担っている遺伝子です。これまでp53の変異による不活化が肺腺がんの進展に関与することは報告されていましたが、その分子機構は不明でした。

そこで研究グループは、肺腺がんの悪性化プロセスを模倣する細胞実験系を確立し、悪性化にかかわる遺伝子群を探索しました[図1]。その結果、p53変異によって誘導される悪性化促進因子として、TSPAN2(テトラスパニン2)注2を同定しました。また、肺がん患者のデータベース解析より、p53変異を有する症例ではTSPAN2の発現が高いこと、TSPAN2高発現群では低発現群に比べて予後不良であることが示されました。

さらに、TSPAN2がどのようなメカニズムによって浸潤・転移を促進するかを調べたところ、過剰発現したTSPAN2は、がん幹細胞マーカーとして知られるCD44注3と協調的に働き、細胞内の活性酸素種(ROS)注4による酸化ストレスを抑えることがわかりました[図2]。これにより、肺腺がん細胞は酸化によるダメージから保護され、結果として異常な浸潤能や転移能を獲得し、悪性化に拍車がかかると考えられます。

以上の研究成果より、TSPAN2が肺腺がんの進行を抑制する新たな治療標的として有望であることが示されました。がんの本態解明に基づく新規治療法の開発とそれによるがん死亡率の低下は、国立がん研究センター研究所の使命であり、今後も難治がんの本態解明に精力的に取り組んでまいります。

図1:肺腺がんの悪性化プロセスと本研究の実験方法

図1

肺腺がんは肺細気管支上皮細胞から派生すると考えられている。ごく早期の上皮内がん(非浸潤がん)ではさまざまな変異、特にKRASやEGFRといったがん遺伝子の活性化が認められるものの、p53の不活化はみられないことが多い。その一方で、浸潤・転移を伴うより悪性度の高い肺腺がんでは、p53の不活化が認められることが多く、p53の不活化が肺腺がんの悪性化プロセスに重要であることが示唆されている。そこで本研究では、ヒト肺細気管支上皮細胞を用いて肺腺がんの悪性化プロセスを模倣する細胞実験系を構築し、実験を行った。その結果、新たな浸潤・転移促進因子としてTSPAN2を同定した。

図2:TSPAN2が関与する肺腺がん悪性化の分子機構

図2

p53変異による不活化は、肺腺がん細胞の浸潤・転移を促進するTSPAN2の発現を高める。過剰発現したTSPAN2は、がん幹細胞マーカーであるCD44と結合し、細胞内の活性酸素種(ROS)の産生を低下させる。これにより、肺腺がん細胞は酸化ストレスから保護され、異常な浸潤・転移能を獲得すると考えられる。

原論文情報

Chihiro Otsubo, Ryo Otomo, Makoto Miyazaki, Yuko Matsushima-Hibiya, Takashi Kohno, Reika Iwakawa, Fumitaka Takeshita, Hirokazu Okayama, Hitoshi Ichikawa, Hideyuki Saya, Tohru Kiyono, Takahiro Ochiya, Fumio Tashiro, Hitoshi Nakagama, Jun Yokota, and Masato Enari. TSPAN2 Is Involved in Cell Invasion and Motility during Lung Cancer Progression, Cell Reports (2014), http://dx.doi.org/10.1016/j.celrep.2014.03.027

用語解説・補足情報

  • 浸潤性および転移性がん:
    上皮細胞の基底膜を破壊し、周辺の組織へ入り込み、やがて原発巣とは違う臓器で増殖する性質をもつがん細胞。
  • 注1 p53遺伝子:
    がん抑制遺伝子の1つ。約半数のヒトにおいて、変異や欠失などの不活化が認められている。p53遺伝子から産生されるタンパク質は、DNA損傷などを含むさまざまな細胞内外のストレスによって活性化され、DNA修復、細胞増殖停止、細胞死、血管新生抑制、細胞運動性、浸潤性や転移性などにかかわる遺伝子の産生を調節することによって発がんを抑制している。発見されてから35年ほど経つが、まだまだ不明な点が多く、現在もなお世界各国で精力的に研究が進められている。
  • 注2 テトラスパニン2(TSPAN2):
    テトラスパニン2はテトラスパニンファミリーに属するタンパク質。同ファミリーは細胞膜を4回貫通する構造をもつ膜タンパク質(4回膜貫通型タンパク質)で、ヒトでは33種類同定されている。テトラスパニンには細胞膜上の受容体の足場を提供する機能があると考えられ、ファミリーに属するタンパク質は細胞接着、細胞運動や細胞増殖などの調節に働くことが知られている。しかしながら、ファミリーの多くは機能が未知であり、TSPAN2もその1つであった。
  • 注3 CD44:
    細胞と細胞、細胞と細胞間基質とを接着させる1回膜貫通型タンパク質で、幹細胞様性質をもつがん細胞のマーカー分子として広く知られている。がんにおけるCD44の機能には、がん細胞の増殖、浸潤や転移の促進などに働くことが報告されている。また、CD44には多くのアイソフォームが存在し、がんの悪性化との関連性が示唆されている。CD44の発現が高い肺がん患者では予後不良との報告もある。
  • 注4 活性酸素種(ROS):
    活性酸素は酸素よりも反応性に富む分子群で、正常細胞では細胞内の情報伝達の役割や、酵素の働きを調整したりする作用をもつ。一方で、活性酸素種の細胞内でのバランスが崩れると、がんを含むさまざまな病気を引き起こすと考えられている。一部のがんでは、がんの親玉として知られる幹細胞様の性質をもつがん細胞(薬剤抵抗性の根幹と推測されている)で活性酸素種の産生量が低く保たれているとの報告もあり、酸化ストレスとがん治療抵抗性との関連が示唆されている。

注:本研究は主に厚生労働省科学研究費補助金第3次対がん総合戦略研究事業「がん化パスウェイネットワークが規定するがんの分子標的の解析並びに予後予測法の確立」(研究代表者:後藤典子、研究期間:2010年度から2013年度)の支援を受けて行われました。

プレスリリース

  • 肺がんの新たな治療標的分子を発見

関連ファイルをご覧ください。

問い合わせ先・報道担当

問い合わせ先

独立行政法人国立がん研究センター研究所 難治がん研究分野
ユニット長:江成 政人(えなり まさと)
Eメール:menari●ncc.go.jp(●を@に置き換えください)
電話番号:03-3542-2511(内線番号:4551)

報道担当

独立行政法人国立がん研究センター 広報企画室
電話番号:03-3542-2511(代表)
FAX:03-3542-2545
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp(●を@に置き換えください)

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