情報提供赤肉・加工肉のがんリスクについて
2015年10月29日
国立研究開発法人国立がん研究センター
この度の国際がん研究組織(IARC)による以下の発表について、当センターによる解説と当センターが2011年に発表した日本人における赤肉・加工肉摂取量と大腸がん罹患リスクについてお知らせいたします。
- IARC Monographs evaluate consumption of red meat and processed meat(PDF:42KB)(外部サイトにリンクします)
解説
IARC主催の10か国、22人の専門家による会議で赤肉(注1)(牛・豚・羊などの肉)、加工肉の人への発がん性についての評価が行われました。評価は全世界地域の人を対象とした疫学研究(エビデンス)、動物実験研究、メカニズム研究からなる科学的証拠に基づく総合的な判定です。
その結果、加工肉について「人に対して発がん性がある(Group1)」と、主に大腸がんに対する疫学研究の十分な証拠に基づいて判定されました。赤肉については疫学研究からの証拠は限定的ながら、メカニズムを裏付ける相応の証拠があることから、「おそらく人に対して発がん性がある(Group2A)」と判定しています。疫学研究からの証拠を評価する際には、複数の疫学研究を精査して、バイアスや偶然、他の要因の影響(交絡)の可能性を否定出来る質の高い研究に、より重きが置かれるため、ここでいう十分な証拠とはそのような影響を排除した上で成立したものと言えます。そのような影響を否定できない場合は総合判定でGroup 2A以下となります。
また、すでに2007年に世界がん研究基金(WCRF)と米国がん研究協会(AICR)による評価報告書で、赤肉、加工肉の摂取は大腸がんのリスクを上げることが「確実」と判定されており、赤肉は調理後の重量で週500グラム以内、加工肉はできるだけ控えるように、と勧告しています。高用量の摂取地域を含む海外の評価における結果はある程度一致しているとも言えます。
表1に分類の定義を示します。Group1に位置付けられたものは他に喫煙やアスベストなどこれまでに100以上あります。IARCではある条件下(たとえば事故や職業などの特殊環境下での大量曝露、地域特有の食事摂取状況)であっても発がん性の有無を警告する意味において行いますので(いわゆる「ハザードの同定」)、同じグループに分類されたものでも公衆衛生上のインパクトは要因の分布や疾病構造によります。要因が疾病に与えるインパクトを算出する疾病負担研究プロジェクトでは喫煙に起因する全世界のがん死亡は年間100万であったのに対し、アルコールは60万、大気汚染は20万、加工肉では3万4千人であったことが示されています。
今回の結果を踏まえて以後どのように公衆衛生上の目標を定めるかは、各国の赤肉などの摂取状況とその摂取量範囲でのリスクの大きさに基づいた「リスク評価」、さらには、がんや他の疾患への影響などを踏まえて行われるべきものです。
日本人における赤肉・加工肉摂取量と大腸がん罹患リスクについて
IARCの評価の基となった全世界地域の論文の赤肉摂取の範囲はおおむね一日50グラムから100グラムで、中には200グラム以上にわたる非常に高い地域もありました。2013年の国民健康・栄養調査によると日本人の赤肉・加工肉の摂取量は一日あたり63グラム(うち、赤肉は50グラム、加工肉は13グラム)で、世界的に見て最も摂取量の低い国の一つです。当センターがん予防・検診研究センター予防研究グループでは、国内の45歳から74歳の男女約8万人を対象に赤肉・加工肉摂取量と大腸がん罹患リスクについて追跡調査を行ったコホート研究の結果を、2011年に発表しています。
同研究は、赤肉・加工肉の摂取量に応じて低い方から高い方に5グループに分けてその後の大腸がんの発生リスクとの関連を検討した研究で、女性では毎日赤肉を80グラム(注2)(調理前の重量。調理後は20%程度重量が減少する)以上食べるグループで結腸がんのリスクが高く、それ以下の摂取量ではリスク上昇はみられていません。男性では鶏肉も含む肉全体では摂取量の最も高い第5グループでリスク上昇がみられましたが、赤肉では特に関連はみられていません。また、加工肉については男女ともに関連はみられていません。大腸がんの発生に関して、日本人の平均的な摂取の範囲であれば赤肉や加工肉がリスクに与える影響は無いか、あっても、小さいと言えます。
- 多目的コホート研究 2011年11月28日 赤肉・加工肉摂取量と大腸がん罹患リスクについて(NCC管轄サイトへリンクします)
日本人のためのがん予防法について
同予防研究グループでは、様々な生活習慣とがんとの関連について日本人を対象とした研究を基にIARCやWCRF/AICRによる報告書の手法を準用して評価を行っています。
表2に示す分類に基づいて赤肉、加工肉と大腸がんとの関連については、日本人の科学的証拠は6件のコホート研究および13件の症例・対照研究に基づき“可能性あり”と判定しています。海外に比べて弱い判定結果ですが、日本人における赤肉、加工肉の摂取量が低いことの影響が考えられます。
このような生活習慣要因の判定結果を基に、現状において推奨できる科学的根拠に基づくがん予防法「日本人のためのがん予防法」も提示しています。食事要因については「塩蔵品を控えること」「野菜・果物不足にならないこと」「熱い飲食物をとらないこと」を目標に定めています。2007年のWCRFとAICRの報告書の判定を踏まえてかつては赤肉、加工肉についても摂取を控えるように目標に入れていた時期もありますが、日本人での科学的証拠がそれほど明確でないため、また、総合的な健康影響からはある程度の摂取が必要と判断して現在は取り下げている現状にあります。
また、生活習慣とがんリスクの関係については、「リスクチェック」も公開し、生活習慣の改善によるがん予防に役立てていただいております。
- がん情報サービス「日本人のためのがん予防法」(がん情報サービスへリンクします)
- 科学的根拠に基づく発がん性・がん予防効果の評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究(NCC管轄サイトへリンクします)
- がんリスクチェック(NCC管轄サイトへリンクします)
日本人の赤肉・加工肉の摂取量は世界的に見ても低く、平均的摂取の範囲であれば大腸がんのリスクへの影響はほとんど考えにくいでしょう。ただし、欧米でも多いとされる量の摂取であればリスクを上げる可能性は高いと思われます。また、今回、IARCにより発がん性ありと判定された加工肉についての科学的証拠は大腸がんを主体としたものであり、健康全般を考慮した観点に立った場合には、他の疾患への影響も考慮する必要があります。赤肉はたんぱく質やビタミンB、鉄、亜鉛など私たちの健康維持にとって有用な成分もたくさん含んでいます。飽和脂肪酸も含まれ、摂りすぎは動脈硬化、その結果としての心筋梗塞のリスクを高めますが、少なすぎると脳卒中(特に、出血性)のリスクを高めることが分かっています。日本においては心筋梗塞より脳卒中の罹患率の方が高いことから、総合的にみても、今回の評価を受けて極端に量を制限する必要性はないと言えるでしょう。 がんをはじめとした生活習慣病予防、総合的健康の観点からは、まずは「日本人のためのがん予防法」で定められた健康習慣全般に気を配ることが大切です。
注1 Red meat は、牛・豚・羊肉などの肉のことで、脂肪分が少ない部位を示す「赤身肉」とは異なります。
注2 大規模食生活調査および詳細な食事記録調査に基づく近似値
表1 IARCによる判定の分類
Group 1 | ヒトに対して発がん性がある ヒトにおいて「発がん性の十分な証拠」がある。 |
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Group 2A | ヒトに対しておそらく発がん性がある(probable) ヒトにおいて「発がん性の限定的な証拠」があり、実験動物において「発がん性の十分な証拠」がある。 |
Group 2B | ヒトに対する発がん性が疑われる(possible) ヒトにおいて「発がん性の限定的な証拠」があり、実験動物では「発がん性の十分な証拠」があると言えない |
Group 3 | ヒトに対する発がん性について分類することができない ヒトにおいては「発がん性の不十分な証拠」であり 実験動物において 発がん性の不十分な又は限定的な証拠 の場合 |
Group 4 | ヒトに対しておそらく発がん性がない ヒト及び実験動物において「発がん性がないことを示唆する証拠」がある ヒト及び実験動物において「発がん性がないことを示唆する証拠」がある |
表2 日本人の科学的証拠に関する分類
確実 (Convincing) |
疫学研究の結果が一致していて、逆の結果はほとんどない。相当数の研究がある。なぜそうなるのか生物学的な説明が可能である。 |
---|---|
ほぼ確実 (Probable) |
疫学研究の結果がかなり一致してはいるが、その方法に欠点(研究期間が短い、研究数が少ない、対象者数が少ない、追跡が不完全など)があったり、逆の結果も複数あったりするために決定的ではない。 |
可能性あり (Possible) |
研究は症例対照または横断研究に限られる。観察型の研究の数が十分でない。疫学研究以外の、臨床研究や実験結果などからは支持される。確認のために、もっと多くの疫学研究が実施され、その理由が生物学的に説明される必要がある。 |
データ不十分 (Insufficient) |
2、3の不確実な研究があるにとどまる。確認のために、もっと信頼性の高い方法で研究が実施される必要がある。 |
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