RET融合遺伝子陽性の肺がんに対する分子標的治療薬「バンデタニブ」の有効性を確認 分子標的治療薬が新しい治療法になる可能性
2016年11月8日
国立研究開発法人 国立がん研究センター
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区、略称:国がん)、東病院(院長:大津 敦)呼吸器内科長後藤功一を研究代表者とした共同研究グループは、遺伝子診断ネットワーク「LC-SCRUM-Japan」(注1)に基づいてスクリーニングしたRET融合遺伝子陽性(注2)の肺がん(以下、RET肺がん)患者さんに対して、分子標的治療薬・バンデタニブ(注3)を投与したところ、その約半数にがんの縮小効果が認められることを臨床試験で確認しました。副作用についても忍容可能であり、比較的安全であると考えられました。本研究結果は英国学術雑誌The Lancet Respiratory Medicineに日本時間11月5日付けで発表されました。
2012年国立がん研究センター研究所ゲノム生物学研究分野 河野隆志分野長らが肺がんの新しい原因遺伝子として「RET融合遺伝子」を同定しました(注4)。ただし、RET肺がんは、非小細胞肺がんの1%から2%と非常に希少な発生頻度であったため、翌2013年には、当センターが中心となり遺伝子診断ネットワークLC-SCRUM-Japanを立ち上げ、全国規模でRET肺がんの大規模なスクリーニングを開始しました。今回の研究成果は、そこで発見されたRET肺がん患者さんに対して実施した医師主導治験(LURET試験)の結果になります。この結果に基づいて、進行したRET肺がんの患者さんに対し、分子標的治療薬・バンデタニブが新しい治療になることが期待されます。
背景
日本における死因の第1位はがんであり、その中で肺がんはがん死亡原因のトップです。現在、日本で年間に約11万人が肺がんを発症し、約7万人が肺がんで死亡しています。肺がんの約85%を占める非小細胞肺がんにおいては、約2/3の患者さんが手術不能の進行がんとして発見され、抗がん剤による薬物治療や放射線治療などを受けています。しかし、治療効果は十分でなく、より効果的な新しい治療法の開発が期待されています。そのような中、遺伝子解析技術の進歩により、肺がんにおける新しい遺伝子異常が相次いで発見され、これらの遺伝子異常を有する肺がんには分子標的治療薬の効果が高いことが分かってきました。
国立がん研究センターでは、2012年に肺がんの新しい遺伝子異常としてRET融合遺伝子を同定しました。基礎研究で、RET融合遺伝子陽性の肺がんにはRETを阻害する分子標的治療薬が有効である可能性が示され、RET肺がん患者さんに対する新たな分子標的治療の開発に注目が集まりました。しかしながら、RET肺がん患者さんの割合が非小細胞肺がんの1%から2%と希少なため、治療の有効性を確認するための臨床試験に必要な数の患者さんを集めることが難しいという問題点も浮上しました。このため、国立がん研究センターでは2013年に全国規模の遺伝子診断ネットワーク「LC-SCRUM-Japan」を立ち上げ、全国の肺がん患者さんの中からRET肺がんを特定し、さらにRET肺がんの患者さんを対象としたRET阻害薬・バンデタニブの臨床試験(LURET試験)を医師主導治験として世界に先駆けて実施しました。
研究成果
遺伝子診断ネットワーク「LC-SCRUM-Japan」において、2013年2月から2015年3月に1,536名の進行非小細胞肺がん患者さんに対して遺伝子検査を行い、34名のRET肺がんを特定しました。このうち参加規準を満たした19人のRET肺がんの患者さんが分子標的治療薬・バンデタニブの投与を受けました。
バンデタニブの治療を受けたRET肺がんの患者さんの約半数(図1)に、がんの明らかな縮小(図2)が認められました。
図1 バンデタニブ治療後のがんの大きさの変化
横軸は19名それぞれの患者さんを表しています。
縦軸はバンデタニブによる治療後のがんの大きさの変化を示しており、下向き(青色)は縮小、上向き(黄色)は増大を表しています。
図2 バンデタニブの効果が確認された一例
このRET肺がんの患者さんは、右側の肺がん(赤矢印)が胸膜にまで転移(緑矢印)している状態でした。バンデタニブの治療後にがんの明らかな縮小効果を認めました。
今後の展望
今回の結果で、進行RET肺がんの患者さんに対してバンデタニブが有効であることが世界で初めて示されたことにより、RETを阻害する分子標的治療薬がRET肺がんの新しい治療になることが期待されます。現在、進行RET肺がんの治療薬として、バンデタニブが国内で保険適用されるように、製薬企業と申請に向けた協議を行っています。今後もLC-SCRUM-Japanを通じて、希少頻度の肺がんの遺伝子スクリーニングを行い、臨床試験へ結びつけることで、有効な治療薬を患者さんのもとへ早期に届けることを目指しています。
発表論文
- 雑誌名: The Lancet Respiratory Medicine 2016
Published Online November 4, 2016.
http://dx.doi.org/10.1016/S2213-2600(16)30322-8(外部サイトにリンクします) - タイトル: Vandetanib in patients with previously treated RET-rearranged advanced non-small-cell lung cancer (LURET): an open-label, multicentre phase 2 trial
- 著者: Kiyotaka Yoh, Takashi Seto, Miyako Satouchi, Makoto Nishio, Noboru Yamamoto, Haruyasu Murakami, Naoyuki Nogami, Shingo Matsumoto, Takashi Kohno, Koji Tsuta, Katsuya Tsuchihara, Genichiro Ishii, Shogo Nomura, Akihiro Sato, Atsushi Ohtsu, Yuichiro Ohe, Koichi Goto
筆頭著者:葉 清隆(国立がん研究センター東病院 呼吸器内科 医長)
研究費
日本医療研究開発機構研究費(革新的がん医療実用化研究事業)
「RET融合遺伝子陽性の進行非小細胞肺癌に対する新規治療法の確立に関する研究」
共同研究者
独立行政法人国立病院機構九州がんセンター、兵庫県立がんセンター、公益財団法人がん研究会有明病院、静岡県立静岡がんセンター、独立行政法人国立病院機構四国がんセンター
用語解説
- 注1 LC-SCRUM-Japan
2013年に開始した肺がんの遺伝子スクリーニングネットワーク。2015年に消化器がんの遺伝子スクリーニングネットワーク「GI-SCREEN」と統合し、SCRUM-Japanとなりました。遺伝子異常の大規模なスクリーニングにより、希少頻度の遺伝子異常をもつがん患者さんを発見し、遺伝子解析の結果に基づいた有効な治療薬を届けること、複数の遺伝子異常が同時に検出できるマルチプレックス診断薬を臨床応用することを目指しています。
SCRUM-Japanについて(NCC管轄サイトへリンクします。) - 注2 RET融合遺伝子について
RET融合遺伝子は、2012年3月に日米韓の3ヵ国から同時期に報告された遺伝子異常で、うち1編は国立がん研究センター研究所ゲノム生物学研究分野の河野隆志分野長のグループによるものです。当センターでは、RET融合遺伝子の発見から1年未満という短期間でRET肺がんに対するバンデタニブの臨床試験を開始しました。 - 注3 バンデタニブ
バンデタニブは経口の治験薬です。がんの増殖にかかわる「RET」や「上皮増殖因子受容体(EGFR)」、がん細胞が新しい血管をつくるために必要な「血管内皮増殖因子(VEGF)」等のタンパク質の働きを抑えることで、がんの増殖を抑制すると考えられています。進行性の甲状腺髄様(ずいよう)がんの治療薬として、2015年に国内で承認されました。甲状腺髄様がんの形成・進展にはRET遺伝子の活性化が重要な役割を担っていることが確認されており、バンデタニブは特にこのRETの活性を抑える働きにより、効果を示すと考えられています。 - 注4 国がんリリース2012 年2月13日「新しい肺がん治療標的遺伝子の発見」、関連ファイルをご覧ください。
プレスリリース
- RET融合遺伝子陽性の肺がんに対する分子標的治療薬「バンデタニブ」の有効性を確認 分子標的治療薬が新しい治療法になる可能性
関連ファイルをご覧ください。
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