がんサバイバーの再発不安を軽減する研究などへの応用を期待オメガ3系脂肪酸の摂取による不安症状の軽減をメタアナリシスで確認
2018年9月15日
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉、所在地:東京都中央区)社会と健康研究センター健康支援研究部長の松岡豊、蘇冠賓 中國醫藥大學醫學院生物醫學研究所教授(台湾)、曾秉濤 文信診所医師(台湾)らの共同研究グループは、青魚等に含まれるオメガ3系脂肪酸の抗不安効果を合計2,240人の不安症状を抱える人を対象とした19件の臨床研究をメタアナリシスで検討しました。メタアナリシスとは、複数のランダム化比較試験によるエビデンスを統合し、関心のある治療薬・ケア・対策の効果の大きさを評価し、より高い見地から正しい結論を導き出す解析方法です。
その結果、オメガ3系脂肪酸の摂取により不安症状が軽減すること、また身体疾患や精神疾患等の臨床診断を抱えている場合にその効果が高いことを明らかにしました。研究成果は、9月14日付けで米国医師会雑誌(JAMA)系列のオープンアクセスジャーナル『JAMA Network Open』に掲載されました。
研究背景
不安は最も一般的にみられる精神症状であり、おおよそ3人に1人が生涯において何らかの不安症と診断されています。不安は生活の質や社会機能を低下させ、全死亡率を上昇させることにつながります。
がん患者さんにおいても、約半数のがんサバイバーが中等度以上の、7%が重度のがん再発不安を抱えていることが様々な研究で示されており、サバイバーシップにおける未だ満たされていないニーズの一つであることが指摘されています。
不安症の治療法には選択的セロトニン再取り込み阻害薬や認知行動療法が用いられますが、前者は鎮静や依存などの副作用が懸念され、後者は治療にかかる時間、費用、そして治療者不足が課題となっています。身体疾患を抱える人の不安を和らげるための科学的根拠に基づく安全で簡便な対策が求められています。
代表的なオメガ3系脂肪酸には、植物由来のアルファリノレン酸、海洋由来のエイコサペンタエン酸及びドコサヘキサエン酸があります。近年、イワシ・サバ・サンマなど青魚に多く含まれるオメガ3系脂肪酸と不安の関連を調べる研究が多数行われ、オメガ3系脂肪酸の抗不安効果の検討が関心を集めています。マウスでの実験においても、オメガ3系脂肪酸の比率が高い餌を習慣的に食べさせると、恐怖体験について思い出したときの怖いという感覚(恐怖記憶と呼ぶ)が和らぐことが見出されています。しかし、これまで報告された臨床研究はサンプル数が少なく、研究によって結果のばらつきが大きく、オメガ3系脂肪酸が不安症状の軽減に効果があるかどうかについて明らかではありませんでした。
研究方法
2018年3月4日までに公表された研究論文について、以下の基準で臨床試験19件を選定し、複数のランダム化比較試験によるエビデンスを統合し、関心のある治療薬・ケア・対策の効果の大きさを評価し、より高い見地から正しい結論を導き出すメタアナリシスで解析を行いました。
論文の適格基準
- 人を対象にオメガ3系脂肪酸の抗不安効果を評価した臨床試験(ランダム化・非ランダム化)でピアレビュー雑誌に出版されたもの(言語の制約は設けず)
- 対照群はプラセボ使用の有無について問わない
- 研究参加者は、健常者、精神疾患患者、身体疾患患者
論文の除外基準
症例報告、症例集、動物実験、総説、不安に対するオメガ3系脂肪酸の効果を調べていない研究
解析対象
臨床診断
精神:注意欠陥・多動性障害(ADHD)、境界性人格、トゥレット症候群、物質依存、アルツハイマー病、うつ病、強迫症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)
身体:事故外傷、パーキンソン病、急性心筋梗塞、月経前症候群
健常:看護師、成人、非喫煙者、高齢者、大学生
背景
オメガ3系脂肪酸摂取群(1,203名(日本人179名)、平均年齢 43.7歳、女性 55%)
オメガ3系脂肪酸摂取量 平均1,605.7mg/d(225mg – 4074mg)
オメガ3系脂肪酸非摂取群(1,037名(日本人183名)、平均年齢 40.6歳、女性 55%)
研究結果
メタアナリシスの結果、オメガ3系脂肪酸を摂取した群はオメガ3系脂肪酸を摂取していない群と比較して、不安症状が軽減されることが明らかになりました(効果量0.374、95%信頼区間0.081-0.666)(図1)。
また層別化した解析の結果、身体疾患や精神疾患等の臨床診断を抱えている人を対象にした場合に抗不安効果が大きいことが示されました(図2)。更にオメガ3系脂肪酸を少なくとも2,000mg摂取してもらった場合に抗不安効果を認めることが示されました。
効果量:本研究では独立した2群の差についての効果量を表すHedge gを算出しました。値の絶対値が大きいほど群間差が大きいことを示します。0.2は小さい、0.5は中くらい、0.8は大きい効果と解釈します。サンプルサイズの影響を受けず、純粋な効果の大きさを示します。
95%信頼区間:測定の精度を表すもので、信頼区間が狭ければ狭いほど、測定の精度は高くなります。母集団からサンプルを取ってきて、その平均から95%信頼区間を求める、という作業を100回やったときに、95回はその区間の中に母平均が含まれるということを意味します。
図1.オメガ3系脂肪酸による抗不安効果
図2.臨床診断の有無によるサブグループ解析
展望
今後は、オメガ3系脂肪酸の摂取量を2,000mg以上に設定し、身体疾患や精神疾患等の臨床診断を抱える人を対象にした大規模な臨床試験を実施することにより、オメガ3系脂肪酸による抗不安効果の検証が期待されます。同時に海洋由来のエイコサペンタエン酸とドコサヘキサエン酸、そして植物由来のアルファリノレン酸のいずれが、不安軽減に最も有効であるかを検討する研究が必要です。がんサバイバーにおいても、がん再発不安と血中オメガ3系脂肪酸の関連を観察研究で確認することが必要です。二者の間に関連が認められることが分かった場合、がんサバイバーにおける最大の満たされないニーズであるがん再発不安軽減を目的にしたオメガ3系脂肪酸による臨床試験を計画し、科学的根拠に基づく機能性食品開発につながることが期待されます。同時にオメガ3系脂肪酸の抗不安効果を探るメカニズム研究が進むことも期待されます。
発表論文
- 雑誌名:JAMA Network Open
- タイトル:Association of Use of Omega-3 Polyunsaturated Fatty Acids With Changes in Severity of Anxiety Symptoms: A Systematic Review and Meta-analysis
- 著者:Su KP, Tseng PT, Lin PY, Okubo R, Chen TY, Chen YW, Matsuoka YJ
- DOI:10.1001/jamanetworkopen.2018.2327
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