16歳以上の胞巣状軟部肉腫患者対象の医師主導治験実施肉腫で初の免疫チェックポイント阻害薬薬事承認と 希少がんやAYA世代での新規治療開発の加速を目指す
2020年11月5日
国立研究開発法人国立がん研究センター
発表のポイント
- AYA世代(注1)(思春期および若年成人)での発症が多い超希少な胞巣状軟部肉腫について、東北、関東、関西、九州の全国4施設で医師主導治験を実施します。
- 成人患者を対象とした治験が一般的ですが、本試験では16歳以上のAYA世代も対象としています。
- 肉腫では初となる免疫チェックポイント阻害薬の国内での薬事承認を目指します。
- 希少がん(注2)やAYA世代での治療開発の新たなモデルを構築し、この領域での治療開発を世界的に加速させることを目指します。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)中央病院は、胞巣状軟部肉腫(ほうそうじょうなんぶにくしゅ)を対象とした免疫チェックポイント阻害薬を用いた医師主導治験(試験略称:ALBERT)を、当院のほか東北大学病院(所在地:宮城県仙台市)、国立病院機構大阪医療センター(所在地:大阪府大阪市)、九州大学病院(所在地:福岡県福岡市)の全国4施設で実施します。
胞巣状軟部肉腫は、AYA世代と呼ばれる若年患者さんでの発症が多いため、本試験においては16歳以上のAYA世代も対象に計画しました。今回用いる免疫チェックポイント阻害薬のアテゾリズマブは、アメリカでの臨床試験において有効性が報告されています。本試験では、日本人での有効性を検証し、良好な結果が得られた場合は肉腫では初となる免疫チェックポイント阻害薬の国内での薬事承認を目指します。
胞巣状軟部肉腫は、AYA世代で多くが太ももなど下肢に発症します。有効性が高い薬物療法はなく、唯一の治療法は手術による完全切除ですが、診断時点で約半数は手術が行えず、予後の極めて厳しいがんです。また、年間罹患数10例(2013年)と超希少であることや、治験は成人の患者のみを対象とし、小児やAYA世代は対象外となることが一般的なため、企業による治療開発が進み難い現状です。
国立がん研究センター中央病院は、世界的にも遅れている希少がんや小児・AYA世代の新規治療開発を加速させるため、新たな開発モデルの構築に取り組んでいます。
希少がんの治療開発について
希少がんの新規治療開発は、患者さんの数が極めて少ないことや、対象となる疾患の患者さんの情報を集約する仕組みが十分に構築されていないことから、患者登録に長い年月を要し、ランダム化比較試験(注3)を実施することが困難であり、企業による開発が積極的に行われていません。
国立がん研究センター中央病院では、希少がんでの治療開発を推進するため、2014年には「希少がんセンター」を開設し、2017年からは企業とも共同で希少がんの研究開発・ゲノム医療を推進する「MASTER KEY(マスター キー) プロジェクト」を立ち上げています。これまでに1300例以上の患者さんがレジストリ部分に登録しており、臨床試験部分では13件の治験を実施しています(2020年10月現在)。
本試験を、希少がんの中でも極めて少ない超希少ながん腫で成功させることにより、超希少がんの臨床試験計画や新薬開発手法の新たなモデル構築となり、希少がんの治療開発を世界的に加速化させることを目指しています。
胞巣状軟部肉腫について
胞巣状軟部肉腫は、悪性軟部肉腫の約1%を占める腫瘍で、全国骨・軟部腫瘍登録によると2013年に国内で新規に発症した症例数は10例で、思春期および若年成人での発症が多くみられます。四肢、大腿前面や臀部などの深部軟部組織に多く発生します。
胞巣状軟部肉腫に対する治療法は、手術による完全切除が基本です。切除不能の場合は、分子標的薬であるスニチニブが世界的には推奨されているものの、日本国内ではスニチニブの肉腫への適応は認められていません。同系統の血管新生阻害薬であるパゾパニブの効果が期待されていますが、胞巣状軟部肉腫に対する効果については、一定の見解を得られていません。また、胞巣状軟部肉腫に対し免疫チェックポイント阻害薬が有効だという症例報告もありますが、いずれも症例数が少ないため、確実に有効だと断言するには不十分なデータです。したがって手術の適応にならない胞巣状軟部肉腫に対しては、基本的には緩和治療のみが実施されています。
本治験について
アメリカの国立がんセンターから、胞巣状軟部肉腫に対し免疫チェックポイント阻害薬であるアテゾリズマブが有効だという臨床試験結果が2019年に報告されました。胞巣状軟部肉腫の患者にアテゾリズマブを投与し、31人中10人の患者で腫瘍の縮小を認めています。これまで、手術適応にならない患者に対しては基本的に緩和治療のみが実施されていたことを鑑みると、非常に有効性が期待できる結果です。この試験結果を参考に、日本人の胞巣状軟部肉腫の患者を対象に、アテゾリズマブの有効性を検証する臨床試験を計画、実施することに至りました。
アテゾリズマブは、抗PD-L1抗体という免疫チェックポイント阻害薬の一つです。がん細胞や免疫細胞に発現したPD-L1(programmed death ligand 1)やPD-L2は、Tリンパ球に発現する受容体PD-1(programmed death 1)と結合し、抑制性のシグナルを送ることでTリンパ球のがん細胞に対する攻撃を弱めています。アテゾリズマブは、免疫チェックポイントと呼ばれるブレーキ役の部分(PD-L1とPD-1の結合)を阻害することで、がん細胞のリンパ球機能へのブレーキを解除し、がん細胞に対するTリンパ球の攻撃能を高めることでがん細胞を減少もしくは死滅させることができると考えられています。
今回の医師主導治験は、国立がん研究センター希少がんセンター、学会による疾患登録、および臨床試験グループのネットワークを有効に活用し、全国の患者さんが参加できるよう計画しています。 また、一般的な治験の多くは、対象年齢が18歳、もしくは20歳以上ですが、本試験では胞巣状軟部肉腫の特性を踏まえ、対象年齢を16歳以上として計画しました。本試験は中外製薬株式会社から資金および薬剤の提供を受けて実施します。
試験名
切除不能胞巣状軟部肉腫に対するアテゾリズマブ療法の多施設共同第II 相医師主導治験
使用される新薬(治験薬)
アテゾリズマブ(注射剤:抗PD-L1抗体薬)
治験に参加いただける患者さんの身体状況(患者選択基準)
- 文書による同意が得られる
- 16歳以上である
- 組織学的に胞巣状軟部肉腫であり、切除不能であると診断されている
- 抗PD-1抗体薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブなど)抗PD-L1抗体(アテゾリズマブ、アベルマブなど)の前治療歴がないこと
- 各臓器機能が規定内に保たれている
注:上記の患者選択基準は概要であり、上記に該当していてもこの治験に参加できないことがありますので、ご了承ください。
実施施設
- 国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)
- 東北大学病院(宮城県仙台市)
- 国立病院機構大阪医療センター(大阪府大阪市)
- 九州大学病院(福岡県福岡市)
本試験の詳細
こちらよりご確認ください。
臨床研究実施計画・研究概要公開システム
https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCT2031200041(外部サイトへリンクします)
用語解説
(注1)AYA世代
AYA(アヤ)世代とは、Adolescent & Young Adult(思春期・若年成人)のことをいい、概ね15歳から39歳の患者さんに当たります。小児に好発するがんと成人に好発するがんがともに発症する可能性がある年代であり、肉腫など、AYA世代に多い特徴的ながんも存在します。従って、この年代のがんの診療には、小児および成人専門の医師、看護師をはじめ、多職種が連携して診療を行うことがとても重要です。また患者さんも中学生から社会人、子育て世代とライフステージが大きく変化する年代であり、患者さん一人ひとりのニーズに合わせた支援が必要となってきます。
(注2)希少がん
一般に10万人あたり6人未満の推定罹患率の疾患を指します。希少がん全体では全がん患者推定罹罹患率患率の9~22%を占めますが、それぞれの希少がん疾患は、非希少がんの8~10分の1の推定罹患率であり、研究・薬剤開発がなかなか進まない状況にあります。本試験の対象疾患である胞巣状軟部肉腫のように、1年間に発症する患者が100万人あたり数名程度のがんは、希少がんの中でも発症患者数がより少ない超希少がんに該当します。
(注3)ランダム化比較試験
複数の治療法の有効性および安全性を比較するために実施される臨床試験であり、試験参加者はいずれかの治療法にランダムに割り当てられます。ランダム化比較試験からは科学的に信頼性のある結果が得られますが、その必要症例数は数百例から数千例であることが多いため、希少疾患領域でランダム化比較試験を実施することは困難であると考えられています。
問い合わせ先
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国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院
臨床研究支援部門 研究企画推進部 臨床研究支援室
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