世界初RAS遺伝子野生型大腸がんに対する標準治療を確認 -JAMA誌に論文発表-
2023年4月19日
国立研究開発法人国立がん研究センター
公立大学法人横浜市立大学
In English
発表のポイント
- RAS遺伝子野生型*1大腸がんに対する前向き臨床試験*2の結果、原発巣が左側(下行結腸、S状結腸、直腸S状部、直腸)および全体(左側または右側(盲腸、上行結腸、横行結腸))のいずれの患者さんにおいても、mFOLFOX6(フォルフォックス)+抗EGFR抗体薬(パニツムマブ)*3併用療法が、主要評価項目である全生存期間を統計学的に有意に延長することが明らかになりました。
- 本試験の結果より、RAS遺伝子野生型で原発巣が左側の大腸がん患者さんに対する一次治療の第一選択として、抗EGFR抗体薬を用いることが推奨される可能性が示されました。
- 本試験の成果は米国学術雑誌「Journal of the American Medical Association (JAMA)」に掲載されました。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)東病院(病院長:大津 敦、千葉県柏市) 吉野 孝之副院長、公立大学法人横浜市立大学(学長:相原 道子、神奈川県横浜市)附属市民総合医療センター(病院長:榊原 秀也、神奈川県横浜市) 消化器病センター外科 渡邉 純准教授らの研究グループは、RAS遺伝子野生型で化学療法未治療の切除不能な進行再発大腸がん患者さんに対して適切な治療を検証するため、mFOLFOX6 +抗VEGF抗体薬(ベバシズマブ)併用療法とmFOLFOX6 +抗EGFR抗体薬(パニツムマブ)併用療法の有効性および安全性を比較した前向きランダム化比較試験*4(PARADIGM試験)を実施しました。
その結果、主要評価項目である全生存期間において、原発巣が左側および全体のいずれの大腸がん患者さんにおいても、mFOLFOX6 +抗EGFR抗体薬併用療法がmFOLFOX6+抗VEGF抗体薬併用療法に対し、統計学的に有意な延長を示しました。
RAS遺伝子野生型で原発巣が左側である大腸がん患者さんを対象とした前向きの臨床試験によって、抗VEGF抗体薬に対する抗EGFR抗体薬の優越性を示したのは世界初です。欧米では2022年10月に大腸がん治療ガイドラインに本エビデンスが反映され、今後日本でも順次反映される予定で、より多くの大腸がん患者さんに個別化治療を届けられることが期待されます。
本研究の成果は、2022年米国腫瘍学会(ASCO:American Society of Clinical Oncology)学術集会のプレナリーセッションで報告(米国時間2022年6月5日、発表者:吉野孝之)され、科学雑誌「Journal of the American Medical Association (JAMA)」(日本時間2023年4月19日)に掲載されました。
背景
これまでに、切除不能な進行再発大腸がん患者さんの一次治療に用いる分子標的薬として抗EGFR抗体薬と抗VEGF抗体薬を比較した2つの大規模なランダム化比較試験が実施されておりましたが、RAS遺伝子野生型の大腸がんにおける事後的な解析結果は、両試験間で一致しておらず、どちらの薬剤を使用すべきか最終的な結論は出ておりませんでした。その後、複数の臨床試験の後解析で、RAS遺伝子野生型で原発巣が左側の大腸がん患者さんに対して抗EGFR抗体薬が有効である可能性が示唆されました。そこで、本研究では、RAS遺伝子野生型で原発巣が左側の大腸がん患者さんにおける一次治療として、抗EGFR抗体薬、抗VEGF抗体薬のどちらを用いるのが最適か、真のエンドポイントである全生存期間を主要評価項目として世界で初めて前向きに検証しました。
研究方法・成果
PARADIGM試験は、RAS遺伝子野生型で化学療法未治療の切除不能な進行再発大腸がん患者さんを対象に、mFOLFOX6 +抗VEGF抗体薬(ベバシズマブ)併用療法とmFOLFOX6 +抗EGFR抗体薬(パニツムマブ)併用療法の有効性と安全性を評価する多施設共同第III相ランダム化比較試験(NCT02394795)です。愛知県がんセンター 副院長・薬物療法部の室 圭部長、国立がん研究センター東病院 副院長の吉野 孝之医師、公立大学法人横浜市立大学附属市民総合医療センター 消化器病センター外科の渡邉 純准教授らが共同でコンセプトや試験計画を立案し、全国197施設の協力のもと実施されました。
主要評価項目は、原発巣が左側の患者さんにおける全生存期間とし、パニツムマブ群の優越性が検証された場合には、全患者さんにおいてもパニツムマブ群の全生存期間における優越性を検証するデザインとしました。対象の主な組み入れ規準は、年齢が20~79歳、根治的切除不能なRAS遺伝子野生型の大腸がんと診断、大腸がんに対する化学療法を受けたことがない、全身状態が良好(ECOG PSが0または1)である、十分な臓器機能を有するなどとしました。
2015年5月から2017年6月の間に登録された823名の患者さんは1:1にmFOLFOX6 +抗VEGF抗体薬(ベバシズマブ)併用療法(ベバシズマブ群)か、mFOLFOX6 +抗EGFR抗体薬(パニツムマブ)併用療法(パニツムマブ群)に割り付けられ、どちらかの治療を受けました。823例のうち、有効性解析集団(パニツムマブ群/ベバシズマブ群)は原発巣が左側の患者さんで312/292名、全患者さんで400/402名でした。
フォローアップ期間中央値5.1年において、主要評価項目である全生存期間は、原発巣が左側の患者さんにおいて、中央値はパニツムマブ群:37.9ヵ月、ベバシズマブ群:34.3ヵ月で、ハザード比*5:0.82 (95.798%信頼区間:0.68-0.99、P=0.03)と、統計学的に有意にパニツムマブ群で延長したことが示されました。また、生存割合は、無作為割り付け後の約28ヵ月時点以降からパニツムマブ群がベバシズマブ群を上回るように差が開いていきました(パニツムマブ群/ベバシズマブ群、3年生存割合:53%/47%、4年生存割合:42%/33%、5年生存割合:32%/21%)。さらに、全患者さんにおいても、全生存期間中央値はパニツムマブ群:36.2ヵ月、ベバシズマブ群:31.3ヵ月で、ハザード比:0.84 (95%信頼区間:0.72-0.98、P=0.03)と、統計学的に有意にパニツムマブ群で延長したことが示されました。
安全性に関しては、いずれの治療群においても新たな懸念は認められませんでした。パニツムマブ群では、71.8%の患者さんがグレード3以上の有害事象を経験したのに対し、ベバシズマブ群では64.9%の患者さんが経験しました。また、パニツムマブ群では、にきび様皮膚炎、爪周囲炎、乾燥肌、低マグネシウム血症がより多く観察されました。
展望
本研究により、RAS遺伝子野生型で原発巣が左側の大腸がん患者さんにおける一次治療の第一選択として抗EGFR抗体薬を用いることが推奨される可能性が示されました。我が国から発信する世界初の明確なエビデンスは、国内外の大腸がん治療ガイドラインに記載され、今後RAS遺伝子野生型の大腸がん患者さんに適切な一次治療を提供できるようになることが期待されます。
また、本研究とあわせて、治療反応予測因子、耐性メカニズムを明らかにすることを目的としたPARADIGMバイオマーカー試験(NCT02394834)が進行中です。PARADIGM試験から得られた約800名の日本人大腸がん患者さんの臨床データとバイオマーカーを紐づけた解析によって、大腸がんのさらなる治療成績の向上と薬剤開発の可能性につなげることも期待されます。
本研究にご協力いただきました患者さんとご家族に心より感謝申し上げます。
発表論文
雑誌名
Journal of the American Medical Association (JAMA)
タイトル
Panitumumab vs Bevacizumab Added to Standard First-line Chemotherapy and Overall Survival Among Patients With RAS Wild-type, Left-sided Metastatic Colorectal Cancer A Randomized Clinical Trial
著者
Jun Watanabe†, Kei Muro†, Kohei Shitara, Kentaro Yamazaki, Manabu Shiozawa, Hisatsugu Ohori, Atsuo Takashima, Mitsuru Yokota, Akitaka Makiyama, Naoya Akazawa, Hitoshi Ojima, Yasuhiro Yuasa, Keisuke Miwa, Hirofumi Yasui, Eiji Oki, Takeo Sato, Takeshi Naitoh, Yoshito Komatsu, Takeshi Kato, Masamitsu Hihara, Junpei Soeda, Toshihiro Misumi, Kouji Yamamoto, Kiwamu Akagi, Atsushi Ochiai, Hiroyuki Uetake, Katsuya Tsuchihara, Takayuki Yoshino*
† Co-first authors, * Corresponding author
掲載日
2023年4月19日
DOI
10.1001/jama.2023.4428
用語解説
*1 RAS遺伝子野生型
RAS(ラス)遺伝子に変異のない患者さんのこと。RASは、細胞の増殖などに関わるタンパク質のひとつで、RASタンパク質には「KRAS(ケーラス)」、「NRAS(エヌラス)」、「HRAS(エイチラス)」の3種類がある。
*2 前向き臨床試験
患者さん協力のもと、新たにデータやサンプルを集め、実際に検証する研究。
*3 抗EGFR抗体薬
がんの治療に用いられる分子標的治療薬の一種。がん細胞の増殖に関わる上皮成長因子受容体(EGFR:Epidermal Growth Factor Receptor)に結合することでこの受容体の働きを抑え、がん細胞の増殖抑制作用などを表す薬。
*4 ランダム化比較試験
登録された患者さんをランダムに各治療群に割り付け、治療成績を比較する研究。
*5 ハザード比
時間当たりの死亡のリスクの比。
問い合わせ先
研究に関する問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター東病院
副院長/消化管内科医長 吉野 孝之
電話番号:04-7133-1111(代表)
Eメール:tyoshino●east.ncc.go.jp
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室(柏キャンパス)
電話番号:04-7133-1111(代表)FAX:04-7130-0195
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公立大学法人横浜市立大学 広報課
課長 上村一太郎
電話番号:045-787-2414
Eメール:koho●yokohama-cu.ac.jp