日本人における予防可能ながんによる経済的負担は1兆円超え(推計)
適切ながん対策により、経済的負担の軽減が期待される
2023年8月2日
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立研究開発法人国立国際医療研究センター
発表のポイント
- がんによる経済的負担と、生活習慣や環境要因など予防可能なリスク要因に起因するがんの経済的負担を推計し、がん予防の経済効果を明らかにしました。
- がんによる総経済的負担は約2兆8,597億円(男性は約1兆4,946億円、女性は約1兆3,651億円)で、経済的負担は男女間で大きな差がないことがわかりました。
- 予防可能なリスク要因に起因するがんの経済的負担は約1兆240億円(男性は約6,738億円、女性は約3,502億円)で、男女ともに胃がんの経済的負担が最も高く(男性 約1,393億円、女性 約728億円)、次いで男性は肺がん(約1,276億円)、女性は子宮頸がん(約640億円)の順に高いことがわかりました。
- 予防可能なリスク要因別の経済的負担は、「感染」による経済的負担が最も高く約4,788億円で、がん種別ではヘリコバクター・ピロリ菌による胃がんが約2,110億円、ヒトパピローマウイルスによる子宮頸がんが約640億円と推計されました。
- 予防可能なリスク要因に対し適切な対策を実施し、がんを予防・管理することは、命を救うだけでなく、経済的負担の軽減にもつながることが期待されます。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策研究所(理事長、所長:中釜 斉、東京都中央区)予防研究部(部長:井上 真奈美)を中心に構成される研究グループは、日本人における最新の人口寄与割合(以下、PAF)のデータを用い、がんそのものによる経済的負担と予防可能なリスク要因に起因するがんの経済的負担を推計し、がん予防の経済効果を明らかにしました。
「がん」は、1981年以来、わが国において死因第1位となっており、その罹患者数は2019年で約100万人(男性 約57万人、女性 約43万人)、死亡者数は2021年で約38万人(男性 約22万人、女性 約16万人)と、がん患者は増加傾向にあります。がんの要因とされる生活習慣や環境要因に対して、適切な対策や予防を行うことによって、新たながん患者を抑制し、がん関連の直接医療費や労働損失を回避することが可能になると考えられます。
本研究成果は、2023年5月4日に国際英文ジャーナル「Global Health & Medicine」で早期公開されました。
背景
がんは、1981年以来、日本人の死因第1位となっており、公衆衛生上の大きな課題となっています。多くのがんは生活習慣や環境要因によって引き起こされると広く認識されており、適切な対策を取ることで予防できるとされています。
2022年に、日本における予防可能なリスク要因に関連するがんに関して、主要な生活習慣や環境要因のPAF(注1)が報告されました。
近年、疾病負荷に関する科学的根拠が示されるようになりましたが、がんが日本人における死因の第1位であるにも関わらず、社会に与える経済的負担を推計した研究は現在までほとんど行われていません。がんは、直接的な医療費に加え、治療中の一時的な就業中断による労働力からの離脱によって、社会にも重大な経済的負担を引き起こします。
がんの原因を予防することで、がん関連の直接医療費や労働損失を回避することが可能になると考えられるため、これら予防可能ながんによる経済的負担を推計することで、がん予防による経済効果がどの程度になるかを明らかにしました。
注1)人口寄与割合(PAF:Population attributable fraction)とは
特定のリスク要因への曝露が仮になかった(またはそれに準じる状態であった)とした場合、疾病の発生(または疾病による死亡)が何パーセント減少することになるかを表わす数値指標。本研究で利用したPAFは、日本のがん罹患とがん死亡のデータ、リスク要因の保有率、がんの相対危険度を基にがんのPAFを計算。
推計値算出と評価方法
- Prevalence-based cost-of-illnessアプローチという手法を用いて、直接医療費および間接費用(死亡および罹患による労働損失)を、社会的視点から算出
- 全国99.9%の病院や診療所の診療報酬情報をカバーする「レセプト情報・特定健診等情報データベース」の集計表を用いて、2015年時点のがん患者数や直接医療費を算出
- WHO国際疾病分類第10版(ICD-10)に基づいて20のがん種に分類
- 2015年のがん罹患におけるPAFの最新のデータを用いて、予防可能なリスク要因である生活習慣や環境要因(喫煙、飲酒、過体重、運動不足、感染、食事、外因性ホルモン使用、母乳育児、大気汚染等)によって引き起こされるがんの直接医療費(診察・医療費、処方・薬剤費等)、死亡や罹患(受療による欠勤や休職)に起因する労働損失を推計し、その経済的負担を評価
研究結果
がんによる総経済的負担は約2兆8,597億円
- 2015年に受療したがん患者延べ数は、男性が2,107,331人、女性が1,938,609人、計4,045,940人で、上位3部位は、男性が前立腺がん551,195人、胃がん316,112人、結腸がん230,125人、女性が乳がん659,970人、結腸がん197,745人、胃がん154,807人でした。
- がんにおける直接医療費と死亡や罹患による労働損失を推計し、総経済的負担を算出したところ約2兆8,597億円で、男性は約1兆4,946億円、女性は約1兆3,651億円と大きな差がないことがわかりました。
- 労働損失が最も大きかったがんは、男性が肺がんで約921億円、女性が乳がんで約2,326億円でした。
予防可能なリスク要因に起因するがんの経済的負担は約1兆240億円
- 生活習慣や環境要因に起因するがんの経済的負担は、男性で約6,738億円、女性で約3,502億円、計約1兆240億円であり、そのうち男女ともに胃がんの経済的負担が最も高く(男性 約1,393億円、女性 約728億円)、次いで男性は肺がん(約1,276億円)、女性は子宮頸がん(約640億円)の順に高いことがわかりました(図1)。
図1.部位別にみた予防可能ながんの経済的負担(男女別、単位:百万円)
リスク要因は「感染」による経済的負担が最も高く約4,788億円
- 5つの予防可能なリスク要因別(能動喫煙、飲酒、感染、過体重、運動不足)の経済的負担は、「感染」による経済的負担が最も高く約4,788億円(注2)で、がん種別にみるとヘリコバクター・ピロリ菌による胃がんが約2,110億円、ヒトパピローマウイルスによる子宮頸がんが約640億円と推計されました。
- 他は能動喫煙による経済的負担が全体で約4,340億円、うち肺がんが最も高く約1,386億円、飲酒は約1,721億円になることがわかりました(図2)。
注2)主要部位の合計とがん全部位の合計は異なることにご留意ください。
図2.リスク要因別にみたがんの経済的負担(男女計、単位:百万円)
まとめ
2015年のわが国では、がんによる経済的負担は男女間で大きな差がないことがわかりました。理由としては、女性のがんのなかで最も一般的な乳がんは、働き盛りの世代での罹患が多いため、直接医療費だけでなく労働損失が大きな影響を与えていると推察されます。同様に、子宮頸がんも若年女性が罹患する疾患のため労働損失が多い結果が示されました。
リスク要因別では、感染に起因するがんの経済的負担が最も高く、特に胃がん(ヘリコバクター・ピロリ菌感染)や子宮頸がん(ヒトパピローマウイルス感染)は、適切な対策が講じられた場合、多額の経済的負担を回避できることが示唆され、また、能動喫煙による経済損失が大きいことがわかりました。
展望
本研究によって、予防可能なリスク要因において「感染」と「能動喫煙」に起因するがんの経済的負担が大きく、なかでもワクチン接種や治療という選択肢がある「感染」は、多額の経済的負担を回避できる可能性が示唆されました。
2022年より積極的接種勧奨が再開された子宮頸がんワクチン接種のさらなる積極的勧奨を行うこと、肝炎ウイルスに感染している場合の治療やヘリコバクター・ピロリ菌の除菌治療を検討すること、定期的な健診・検診の受診勧奨を行うこと、たばこ対策を強化すること等、予防可能なリスク要因に対し適切な対策を実施し、予防・管理することは、命を救うだけでなく、経済的負担の軽減にもつながることが期待されます。
発表論文
雑誌名
Global Health & Medicine
タイトル
Economic burden of cancer attributable to modifiable risk factors in Japan
著者
Eiko Saito, Shiori Tanaka, Sarah Krull Abe, Mayo Hirayabashi, Junko Ishihara, Kota Katanoda, Yingsong Lin, Chisato Nagata, Norie Sawada, Ribeka Takachi, Atsushi Goto, Junko Tanaka, Kayo Ueda, Megumi Hori, Tomohiro Matsuda, Manami Inoue
URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ghm/advpub/0/advpub_2023.01001/_article/-char/en(外部サイトにリンクします)
掲載日
2023年5月4日(早期公開)
研究費
- 科学研究費助成事業(基盤研究(B) / 19H03913)「日本人におけるがんの原因の寄与度:最新推計と将来予測」
- 国立がん研究センター研究開発費(2021-A-16)「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」
問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人 国立がん研究センター
がん対策研究所 予防研究部
井上 真奈美
電話番号:03-3542-2511(代表)
Eメール:mnminoue●ncc.go.jp
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
国際医療協力局 グローバルヘルス政策研究センター
齋藤 英子
電話番号:03-6228-0562(代表)
Eメール:esaito●it.ncgm.go.jp
広報窓口
国立研究開発法人 国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
電話番号:03-3547-5201(ダイヤルイン 3548) FAX:03-3542-2545
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国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
企画戦略局 広報企画室 広報係
電話番号:03-3202-7181
Eメール:press●hosp.ncgm.go.jp
関連ファイル
関連リンク
- 日本人におけるがんの原因の寄与度推計(JAPAN PAF プロジェクト) (外部サイトにリンクします)