非小細胞肺がんに対する新しい分子標的治療の開発に期待 BRAF non-V600E変異陽性肺がんの臨床的特徴を解明~LC-SCRUM-Asiaの大規模データ解析よる研究成果~
2023年9月29日
国立研究開発法人国立がん研究センター
発表のポイント
- BRAF遺伝子変異は非小細胞肺がんの約2%で起こる遺伝子異常です。このうち、BRAF V600E変異を有する肺がんに対しては有効な分子標的治療が承認されていますが、それ以外のBRAF遺伝子変異(non-V600E)陽性肺がんについては、未だ有効な治療が確立されておらず、その臨床的特徴も明らかではありません。
- LC-SCRUM-Asia*1の大規模データベースを用いて、BRAF non-V600E陽性肺がんの臨床的特徴と現行治療の効果を明らかにしました。
- BRAF non-V600E陽性肺がんの中には、BRAF V600E陽性肺がんと臨床的に類似した亜集団があることが明らかとなり、この肺がんには分子標的治療が有効である可能性を示しました。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)東病院(病院長:大津 敦、千葉県柏市、以下東病院)は、肺がん遺伝子スクリーニング基盤「LC-SCRUM-Asia」(研究代表者:東病院 呼吸器内科長 後藤 功一)の大規模データベースを用いて、世界最大規模のBRAF遺伝子変異陽性肺がんを対象とした研究を行いました。
LC-SCRUM-Asiaの遺伝子解析で同定された計380個のBRAF遺伝子変異を、変異の種類によって3つの亜集団(クラス1~3)に分類し、特にnon-V600E変異であるクラス2とクラス3の変異を有する肺がんについて、臨床的特徴や現行治療の効果を検討しました。その結果、クラス2と3の変異を有する肺がんは、クラス1の変異(V600E)を有する患者さんと比較して、喫煙者に多いこと、同時に共存する遺伝子変異(共変異)としてRAS遺伝子ファミリーの変異とTP53遺伝子の変異が多いこと、化学療法に対する効果が乏しいことが明らかになりました。
さらにクラス2の変異をその変異の特徴からクラス2aと2bに分類すると、クラス2aの変異を有する肺がんは V600E陽性肺がんと臨床的特徴が類似しており、V600E陽性肺がんに対して承認されている分子標的治療(=ダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法)が有効である可能性を示しました。
BRAF non-V600E変異陽性肺がんは非小細胞肺がんの約1%でみられる希少ながんであり、これまでその臨床的特徴や生物学的特徴が不明であったことから治療開発が進んでいませんでしたが、本研究の結果に基づいて有効な分子標的治療の開発が進むことが期待されます。
本研究の成果は国際学術誌「Journal of Thoracic Oncology」に米国時間2023年8月4日付で掲載されました。
背景
BRAF遺伝子変異は非小細胞肺がんの約2%で起こる稀な変異です。このうちV600Eという変異を有する肺がんに対しては有効な分子標的薬が承認されていますが、残りの変異(non-V600E)を有する肺がんに対しては分子標的治療の開発が進んでいません。近年、BRAF遺伝子変異を変異の種類によってクラス1~3に分ける新たな分類方法が提唱されましたが、非小細胞肺がんにおけるクラス別の臨床的特徴や現行治療に対する効果の違いは明らかではありませんでした。
BRAF non-V600E変異陽性肺がんに対する有効な治療を開発するためには、これらの違いを明らかにし、基盤となる臨床データが必要です。そこで、これまでに1万8千例を超える肺がん患者さんが登録されているLC-SCRUM-Asiaの大規模データベースを用いて、世界最大規模のBRAF遺伝子変異陽性肺がん患者さんのデータ解析を行い、特にnon-V600E変異であるクラス2と3の変異を有する肺がんの臨床的特徴および現行治療に対する効果を検討しました。
研究方法・成果
本研究では2015年4月から2021年11月の間にLC-SCRUM-Asiaに登録された非小細胞肺がん患者さんから同定された計380個のBRAF遺伝子変異を、変異の種類によって3つの亜集団(クラス1~3)に分類し、特にnon-V600E変異であるクラス2とクラス3の変異を有する肺がんについて、臨床的特徴や現行治療の効果を検討しました。
その結果、BRAF遺伝子変異全体に占めるクラス2とクラス3の変異の頻度は欧米人と比較し日本人で高く、特にクラス2の変異の中でもK601EやL597Rといったクラス2aに分類される変異の頻度は欧米人の2倍であり、クラス2aの変異は日本人において特徴的な亜集団であることが判明しました。
またクラス2と3の変異を有する肺がんは、クラス1の変異(V600E)を有する肺がんと比較して、喫煙者に多いこと、扁平上皮がんが多いこと、遺伝子変異量(Tumor Mutation Burden:TMB)が多いこと、共変異としてRAS遺伝子ファミリーの変異とTP53遺伝子の変異が多いことが明らかになりました。
BRAF遺伝子変異の内訳 | クラス2変異の頻度 |
BRAF遺伝子変異陽性肺がんのクラス別臨床的背景と共変異
さらに現行の治療に対する効果の違いとして、クラス3の変異を有する肺がんは、クラス1の変異を有する肺がんと比較して、プラチナ製剤を併用した化学療法における無増悪生存時間(PFS)が有意に短いことが分かりました。一方、免疫チェックポイント阻害薬による治療を行ったときのPFSはこの3種類の肺がんでは差がありませんでした。
各クラスを有する患者さんに対する
プラチナ製剤を併用した化学療法の効果 |
各クラスを有する患者さんに対する
免疫チェックポイント阻害薬の効果 |
クラス2の変異を変異が生じている部位によりクラス2aと2bの変異に分類すると、クラス2aの変異を有する肺がんは、クラス2bの変異を有する肺がんと比較して女性、非喫煙者に多いこと、TMBが高いことが明らかになりました。これにより、クラス2aの変異を有する肺がんは V600E陽性肺がんと臨床的特徴が類似しており、V600E陽性肺がんに対して承認されている分子標的治療(=ダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法)が有効である可能性を示しました。
展望
本研究はこれまで明らかではなかったBRAF non-V600E陽性肺がんの臨床的特徴や生物学的特徴を明らかにした世界最大規模の研究です。BRAF遺伝子変異の3つの亜集団をさらに細分化し、V600E陽性肺がんに類似した集団を同定したことは、今後治療開発を行っていく上で重要な知見であると考えます。本研究成果を用いてBRAF non-V600E変異を有する患者さんに対する治療開発が進むことが期待されます。
発表論文
雑誌名
Journal of Thoracic oncology
タイトル
Clinico-genomic features and targetable mutations in non-small cell lung cancers harboring BRAF non-V600E mutations: A multi-institutional genomic screening study (LC-SCRUM-Asia)
著者
Tetsuya Sakai, Shingo Matsumoto, Yasuto Ueda, Yuji Shibata, Takaya Ikeda, Atsushi Nakamura, Masahiro Kodani, Kadoaki Ohashi, Naoki Furuya, Hiroki Izumi, Kaname Nosaki, Shigeki Umemura, Yoshitaka Zenke, Hibiki Udagawa, Eri Sugiyama, Kiyotaka Yoh, Koichi Goto
DOI
https://doi.org/10.1016/j.jtho.2023.07.024
掲載日
2023年8月4日
URL
https://www.jto.org/article/S1556-0864(23)00692-5/fulltext (外部サイトにリンクします。)
用語解説
*1 LC-SCRUM-Asia(エルシー・スクラム・アジア)
2013年より国立がん研究センターが全国の医療機関、製薬企業と協力して開始した遺伝子スクリーニング事業「LC-SCRUM-Japan」(代表:東病院呼吸器内科長 後藤功一)は、2019年より、その実施基盤を東アジアに拡大し、現在は「LC-SCRUM-Asia」として国際的な遺伝子スクリーニング事業を行っています。2023年8月までに1万8千人以上の肺がん患者さんに参加していただき、肺がんの新しい治療薬、診断薬の臨床応用を目指して、大規模な遺伝子解析を行ってきました。今後も、肺がんの最適医療の発展を目指して、アカデミアと産業界が一体となって、新規の治療薬や診断薬の開発を推進していきます。
LC-SCRUM-Asiaホームページ http://www.scrum-japan.ncc.go.jp/lc_scrum/index.html
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター東病院
呼吸器内科 酒井徹也
電話番号:04-7133-1111(代表) Eメール:tetsakai●east.ncc.go.jp
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