産学連携全国がんゲノムスクリーニング「SCRUM-Japan」 第五期プロジェクトを開始蛍光多重免疫染色解析を導入し、ADC治療開発に貢献(LC-SCRUM-Asia)/空間トランスクリプトームなどのマルチオミックス解析を導入し、新規治療開発を加速(MONSTAR-SCREEN-3)
発表のポイント
- 広範ながんを対象とした日本初の産学連携全国がんゲノムスクリーニングプロジェクト「SCRUM- Japan」の第五期プロジェクトを2024年6月より開始しました。
- 「LC-SCRUM-Asia」では、蛍光多重免疫染色解析を導入し、治療開発の推進を目指します。
- 「MONSTAR-SCREEN-3」では、これまで対象としていた固形がんに血液がんを加え、様々な解析系(空間トランスクリプトーム・全ゲノム解析を用いたリキッドバイオプシーによる再発リスク測定などのマルチオミックス解析)を導入し、新たな治療開発を目指します。
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)東病院(病院長:土井 俊彦、千葉県柏市、以下「国立がん研究センター東病院」)は、進行がんを対象とした日本初の産学連携全国がんゲノムスクリーニングプロジェクト「SCRUM-Japan(スクラム・ジャパン:Cancer Genome Screening Project for Individualized Medicine in Japan、プロジェクト代表者:国立がん研究センター東病院 副院長 後藤 功一)の第五期プロジェクトを2024年6月から開始しました。
SCRUM-Japanは、第一期(2015年2月)から第四期(2024年3月)までの9年間で、約3万例の組織遺伝子パネルと約1万例のリキッドバイオプシーを集積してきました。また、進行固形がん患者さんの遺伝子解析結果や治療経過を含むデータを、セキュアな環境のもとで全国約270施設の医療機関と20社の製薬企業で共有し、これまで新薬20剤27適応、遺伝子診断薬16種の薬事承認を取得しました。全国の患者さんに有効な治療薬・診断薬をいち早く届けるため、今後もさらに活動を加速してまいります。
第五期プロジェクトの概要
◆LC-SCRUM-Asia(エルシー・スクラム・アジア:Lung Cancer Genomic Screening Project for Individualized Medicine in Asia、アジア肺がん遺伝子診断ネットワーク)(旧:LC-SCRUM-Japan)
プロジェクト代表者:国立がん研究センター東病院 副院長(経営担当)/呼吸器内科長 後藤 功一
1.治療標的となるタンパク発現を同時に複数評価する蛍光多重免疫染色解析の導入
近年のがん治療において、がん細胞に高発現するタンパクを標的とした抗体に抗がん剤を結合させた抗体-薬物複合体(Antibody Drug Conjugate: ADC)の開発が盛んに行われています。ADCは、抗体成分が標的タンパクに結合し、がん細胞内で選択的に抗がん剤を作用させることで高い治療効果と副作用の軽減が期待されています。
がん細胞だけでなく、免疫細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞などの多様な細胞で構成される腫瘍組織において、ADCの標的となるタンパクがどの程度、どの部位に発現しているかは十分に解明されておらず、ADCの効果・副作用との関連が注目されています。そこで第五期では、腫瘍組織においてADCの標的となるタンパクの発現および局在を高い精度で解析し、ADCの効果・副作用と関連するバイオマーカーを同定することを目指して、蛍光多重免疫染色解析注1を導入します。
蛍光多重免疫染色の解析は、病理診断の技術と分子生物学的解析を融合した最先端のサービスを提供することが可能なユーロフィンジェネティックラボ株式会社に委託し、ADCを用いた治療開発に貢献していきます。
2.小細胞肺がんのスクリーニング(蛍光多重免疫染色)を再開
LC-SCRUM-Asiaでは、2015年7月から2022年3月まで、小細胞肺がんを対象とした遺伝子解析およびその解析に基づいた分子標的薬の臨床試験を実施しました。しかし、小細胞肺がんでは治療標的となる遺伝子変化の頻度が非常に低く、また遺伝子変化を標的とした分子標的薬の臨床試験においても限定的な効果しか得られなかったため、2020年度以降は検査対象から除外していました。しかし、近年、小細胞肺がんにおいても上述のADCやがん細胞に高発現するタンパクと免疫細胞に発現するタンパクに対する二重特異性T細胞誘導分子(BiTE)注2の開発が盛んに行われ、有望な結果が得られています。そこで、第五期では小細胞肺がんを解析の対象に追加して、蛍光多重免疫染色解析を実施します。ADCおよびBiTEの標的となる蛋白発現のスクリーニングを通じて、小細胞肺がんの治療開発にも貢献していきます。
3.LC-SCRUM-CD(Clinical Development)を立ち上げ、治療薬や診断薬の開発を推進
LC-SCRUM-Asia では、これまでに約20,000 人の患者さんが登録し、自らの遺伝子変化に対応した臨床試験に参加することで、肺がんの治療開発を推進し、個別化治療の確立に貢献してきました。さらに、2021年6月からはLC-SCRUM-Asia に参加した患者さんに遺伝子解析の結果とそれに関連する臨床試験の情報を直接提供するプロジェクト「LC-SCRUM-Support」を開始し、臨床試験を推進しています。しかし、遺伝子変化が見つかっても対象となる臨床試験へ参加する割合はまだ低いのが現状です。第五期では、これまで研究事務局が手作業で行ってきたLC-SCRUM-Supportをさらに発展させ、新たにLC-SCRUM-CD(Clinical Development)を立ち上げ、Paradigm社、富士通社、PREMIA社らの民間企業と共同して、多数の臨床試験情報を収集し、それらの試験に適合する患者さんを選定するシステムを構築します。これにより、臨床試験の登録が推進され、治療薬や診断薬の開発を加速して、個別化医療の確立を推進していきます。
◆MONSTAR-SCREEN-3(モンスター・スクリーン・スリー:Max Onco-Network with STARS-SCREEN-3、(未来のがん治療の星「スター」となる若手ドクターとともに創る世界最大のがん研究ネットワーク)(旧:GI-SCREEN-Japan, MONSTAR-SCREEN)
プロジェクト代表者:国立がん研究センター東病院 副院長(研究担当) 吉野 孝之
空間トランスクリプトーム解析注3を用いた1細胞レベルでのがんの本態解明
がんの病変(腫瘍微小環境)にはがん細胞だけでなく免疫細胞などの非がん細胞も含まれており、がん治療において重要な役割を果たします。例えば、免疫チェックポイント阻害薬はこれら免疫細胞に作用することで治療効果を示します。また、がん治療の際に一部のがん細胞には治療が有効でも、他のがん細胞には効果が無いことがあります。そのため、がん細胞や免疫細胞の性質を1細胞ごとに調べられる分子プロファイリングが求められています。
MONSTAR-SCREEN-3では、腫瘍組織をスライド上で解析することにより1細胞レベルで各々の細胞で働いている遺伝子を評価できる技術である「空間トランスクリプトーム解析」を新たに導入します。空間トランスクリプトーム解析によりどのような種類の免疫細胞ががん病変のどのような場所で働いているかが網羅的に判明するほか、それぞれのがん細胞・免疫細胞でどのような遺伝子が働いておりどのような治療標的を有するかを評価することが可能となります。これまでの研究は、主にがん細胞だけを解析してきましたが、この先進技術を活用して、多様性・複雑性に富むがんの理解を深め、本態解明とそれによる新しい治療開発を目指します。
手術などの根治的治療を行う患者さんにおけるリキッドバイオプシー注4による個別化治療を目指した再発早期発見技術の導入
近年、リキッドバイオプシー(血液中のがん由来のDNAなどの解析)により、体内の微小ながん病変である分子的残存病変(molecular residual disease: MRD)を検出する技術のMRD解析が発展しています。我々は大腸がんを対象としたプロジェクト「CIRULATE-Japan」において、MRD解析が再発の早期発見や手術後の治療選択に有効な可能性を評価しています。しかし、現在のMRD解析では、一部のがんや病態によってはがん由来のDNAの量が少なく検出が難しいという課題があり、より高い感度でがん由来のDNAを検出できるMRD解析が求められています。
MONSTAR-SCREEN-3では、患者さんのがん細胞の全てのDNAを解析し(全ゲノム解析、Whole genome sequencing: WGS)、それぞれの患者さんのがんで特徴的な異常を数百~数千個見つけ出し、この異常を血液検査で解析することで、高い感度でがん由来のDNAの検出を可能とする「WGS-based MRD」という技術を新たに導入します。WGS-based MRD解析により、これまでのMRD解析では検出ができなかったがん患者さんでもMRDを検出できるようになる可能性があり、手術などの根治的治療を行う患者さんにおいて、リキッドバイオプシーを利用した個別化治療の実現を目指します。
血液がんに対する治療開発プラットフォームの開始
血液がんは、固形がんに比べて患者さんの数が少ないこともあり治療開発が難しく、遺伝子解析から新たな治療の開発までを一手に行うことができるプラットフォームがこれまで存在していませんでした。
MONSTAR-SCREEN-3では、これまで対象としてきた固形がん患者さんに加え、血液がん患者さんも対象とすることで、血液がんに対する新たな治療開発プラットフォームとしても始動し、血液がん患者さんに新たな検査・治療を届けるのみならず、血液がんと固形がんの両方から得られた知見をもとに両者での治療開発を相乗的に進歩させられる基盤を目指します。
マルチオミックス解析注5と高性能コンピュータによる病態の多角的な評価と解明
MONSTAR-SCREEN-3では、がん組織から抽出した DNA/RNA を用いてがん組織全体で網羅的に治療標的を探索する全エクソーム解析(WES)注6や全トランスクリプトーム解析(WTS)注7、血液中のタンパクを網羅的に調べることで患者さんの全身レベルでの病態を評価できる血漿プロテオミクス、血液中のがん由来DNA・RNAを高感度に検出しつつ血液細胞からの異常を除外してより正確にがん由来の治療標的を検出可能なリキッドバイオプシー技術(Caris Assure)、便などに存在する細菌を網羅的に分析するマイクロバイオームなど、様々な解析系(マルチオミックス解析)を導入し、患者さんの病態を多角的に評価して解明することで、新たな治療開発を目指します。
マルチオミックス解析から得られるデータは膨大であることから、多量かつ多種類の情報を処理し病態の本質を抽出するための情報処理として 人工知能(AI) を用いた解析も導入します。解析をスムーズに進めるため、高性能コンピュータを用いた分析システム「VAPOR CONE」の内部にMONSTAR-SCREEN-3から得られたマルチオミックスデータを格納することで、多層的でより病態の本質・治療効果を反映したバイオマーカーを明らかにし、患者さんにとって真に適した個別化医療の実現を目指して研究を進めていきます。
第四期プロジェクトまでの成果
◆ゲノム医療開発プラットフォームとして、2024年3月まで、全国約270施設の医療機関および参加企業20社が参加しております。
◆肺がん新規ドライバー遺伝子の発見(Nature 2021)、HER2大腸がん医師主導治験データで世界初の薬事承認取得(Nature Medicine 2021)を達成しました。
◆臨床ゲノムDBをアカデミア約70施設、企業20社とオンラインで共有し、10万件を超えるアクセス数を確保し、トップジャーナルを含む論文97編、国際特許申請3件などの成果をあげました。
◆企業治験78件、医師主導治験28件の累計106件の試験に患者さんが参加しました。
新薬では、20剤27適応、遺伝子診断薬では16種の薬事承認を取得しました。
◆アジア太平洋地域の肺がん遺伝子スクリーニング研究(LC-SCRUM-AP)を拡大し、アジアの個別化治療開発、診断薬開発をリードしてまいりました。
第五期プロジェクトの概要
実施予定期間
2024年6月~2027年3月31日(更新の可能性あり)
対象症例
進行がん
肺がん、大腸がん(直腸がん、結腸がん含む)、胃がん、食道がん、肝細胞がん、胆道がん(胆のうがん、肝内胆管がん含む)、膵がん、小腸がん(十二指腸がん含む)、虫垂がん、肛門管がん、消化器原発の神経内分泌腫瘍/がん、消化管間質腫瘍(GIST)、乳がん、皮膚がん(悪性黒色腫、メルケル細胞がん)、頭頸部がん、前立腺がん、腎盂がん、尿管がん、膀胱がん、腎細胞がん、卵巣がん、卵管がん、腹膜がん、子宮体がん、子宮頸がん、骨軟部悪性腫瘍、原発不明がん、血液がん
目標症例数
- LC-SCRUM-Asia: 肺がん 5,000 例
- MONSTAR-SCREEN-3: 肺がん以外の進行がん 3,200 例
参加企業(2024年9月現在)
アストラゼネカ株式会社、アッヴィ合同会社、アムジェン株式会社、エーザイ株式会社、MSD株式会社、小野薬品工業株式会社、株式会社医学生物学研究所、協和キリン株式会社、第一三共株式会社、大鵬薬品工業株式会社、武田薬品工業株式会社、中外製薬株式会社、日本化薬株式会社、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社、バイエル薬品株式会社、ブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社、Johnson&Johnson(ヤンセンファーマ株式会社)
参加医療機関(参加予定を含む)
- LC-SCRUM-Asia:150施設
- MONSTAR-SCREEN-3:55施設
用語解説
注1 蛍光多重免疫染色
細胞や組織の形態が維持された状態のサンプルにおいて、抗体を用いて複数の抗原局在を同時に検出する手法です。
注2 二重特異性T細胞誘導分子(BiTE)
免疫細胞とがん細胞上に発現するタンパクを標的とする分子で、免疫細胞をがん細胞へと誘導することで、免疫細胞によるがん細胞への攻撃を促します。
注3 空間トランスクリプトーム解析
病理組織切片をサンプルとして網羅的な遺伝子発現情報を得ることで、組織や細胞の位置/形態情報を伴った遺伝子発現データを可視化し、様々な観点から解析できる技術です。
注4 リキッドバイオプシー
がん診断に役立つ技術で、身体への負担が少ない液性検体(血漿や尿など)を利用する方法です。
注5 マルチオミックス解析
遺伝子解析(ゲノミクス: Genomics)・RNA 解析(トランスクリプトミクス: Transcriptomics)・蛋白質解析(プロテオミクス: Proteomics)等をすべて一括して分析する手法で、“ミクス(- omics)”は総合的解析を意味します。
注6 全エクソーム解析(WES)
全遺伝子(約2万2千遺伝子)のエクソン領域(タンパク質をコードする部分)を網羅的に解析する手法です。
注7 全トランスクリプトーム解析(WTS)
全遺伝子(約2万2千遺伝子)から転写されたRNAを網羅的に解析する手法です。
お問い合わせ先
患者さん・医療機関・企業等からのお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター東病院
SCRUM-Japan事務局
電話番号:04-7133-1111(代表)
E-mail:scrum_office●east.ncc.go.jp
参加方法:https://www.scrum-japan.ncc.go.jp/patient_participate/
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