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国立がん研究センター

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手術で切除できない局所進行食道がんに対して、放射線化学療法と免疫チェックポイント阻害薬の併用でがんが消失する確率が上昇-Nature Cancer誌で発表-

2025年2月20日
国立研究開発法人国立がん研究センター

発表のポイント

  • 手術で切除できない局所進行食道扁平上皮がんは、現在放射線化学療法で治療されますが、免疫チェックポイント阻害薬を併用することで、高い確率でがんが消失(完全奏効)することが示されました。
  • 患者さんの生存期間も改善が示され、現在進行中の大規模な試験の結果と合わせて、今後手術で切除できない局所進行食道扁平上皮がんに対して標準治療となることが期待されます。
  • 治療を受けた患者さんのがん組織の詳細な解析によって、治療に関わる免疫機序が明らかとなり、治療効果が得られる患者さん、効果が乏しい患者さんを治療前に予測できる可能性が示されました

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、所在地:東京都中央区)東病院(病院長:土井 俊彦、千葉県柏市) 消化管内科 小島 隆嗣医長、坂東 英明医長、研究所(所長:間野 博行、東京都中央区) 腫瘍免疫研究分野 熊谷 尚悟研究員、西川 博嘉分野長らの研究グループは、手術で切除できない局所進行食道扁平上皮がんを対象として、標準治療1である放射線化学療法に免疫チェックポイント阻害薬であるアテゾリズマブ2を併用する医師主導治験を実施しました。

放射線化学療法にアテゾリズマブを併用することで42.1%の完全奏効(がんが完全に消失すること)が認められ、放射線化学療法のみの既報(15-20%)よりも改善していました。全生存期間も1年の割合が65.8%と良好な結果が認められた一方で、重篤な有害事象は5%程度であり、治療に関連する患者さんの死亡も認められませんでした。当該治療を受けた患者さんのがん組織の詳細な解析を実施し、完全奏効となる患者さんと完全奏効とならない患者さんを比較すると、放射線化学療法前、化学放射線療法後、アテゾリズマブ投与後いずれにおいても、がん細胞を殺傷するCD8陽性T細胞3PD-14の発現が高く活性化状態にあり、一方で、免疫応答を抑制する制御性T細胞5のPD-1、CTLA-46は低く抑制機能が弱まっており、有効な抗腫瘍免疫応答が起こりやすい状態となることが解りました。その他にもがんの遺伝子変異、遺伝子発現に違いがあることが解り、事前に効果が得られる患者さんと効果が乏しい患者さんを予測できる可能性が示されました。

本研究成果は、科学雑誌「Nature Cancer」(日本時間2025年2月19日19時付)に掲載されました。

背景

動脈や気管など周囲の重要な臓器まで広がっているため手術で切除できないが、肺や肝臓への転移を認めない局所進行食道扁平上皮がんに対して、現在は放射線治療と抗がん剤治療を組み合わせる放射線化学療法で治療されていますが、完全奏効(CTスキャンや内視鏡検査でがんが完全に消失した状態)は15-20%程度であり、完全奏効とならない症例は予後が不良であることが報告されています。切除できるもしくは他臓器に転移しているため根治治療が難しい食道扁平上皮がんに対しては、すでに免疫チェックポイント阻害薬の有効性が証明され、広く使われておりますが、切除できない局所進行食道扁平上皮がんに対して免疫チェックポイント阻害薬の有効性・安全性は不明でした。

研究方法・成果

切除できない局所進行食道がんの患者さん40人が試験に参加し、放射線化学療法の後に3週間毎にアテゾリズマブが12ヶ月間投与されました。その結果、最も重要な評価ポイントである完全奏効が42.1%という、従来を大きく上回る高い割合が得られました。その他の評価ポイントとして、無増悪生存期間(がんが進行せずに生存する期間)および全生存期間が検討され、1年後の無増悪生存割合は29.6%、全生存割合は65.8%であり、この治療法が長期的に患者さんの生存を改善する可能性が示されました。加えて、治療による重篤な副作用は5%程度と低い割合であり、肺炎や軽度のホルモン異常が確認されたものの、治療に関連した死亡例はありませんでした。これにより、アテゾリズマブの投与が安全かつ有望な追加治療法であることが確認されました。

本研究は付随研究として、放射線化学療法とアテゾリズマブが免疫反応に及ぼす影響を詳細に分析しました。放射線化学療法は放射線と化学療法による腫瘍細胞の破壊に加え、免疫系の活性化を促進する効果が期待されています。放射線化学療法によって腫瘍周辺で免疫細胞が活性化され、免疫チェックポイントであるPD-L17の発現が増加することが確認されました。PD-L1は免疫細胞の働きを抑える役割を果たしますが、アテゾリズマブがPD-L1をブロックすることで、がん細胞の抑制を解除し、免疫細胞ががん細胞を攻撃しやすくなります。この連携により、がん細胞の成長抑制や治療効果が持続する可能性が示されました。

また、治療前と治療後に採取された組織や血液を用いたトランスレーショナル研究8によって、放射線化学療法の効果を予測するバイオマーカーの候補がいくつか特定されました。治療前に特定の遺伝子変異や免疫細胞の分布が確認された場合、治療効果が高い傾向が見られました。特に完全奏効となる患者さんとならない患者さんを比較すると、放射線化学療法前、化学放射線療法後、アテゾリズマブ投与後いずれにおいても、抗腫瘍免疫応答の中心的な役割を担うCD8陽性T細胞のPD-1の発現が高く活性化状態にあり、抗腫瘍免疫応答を抑制する作用のある制御性T細胞のPD-1、CTLA-4が低く、免疫応答を抑制する作用が弱まっており、有効な抗腫瘍免疫応答が起こりやすい状況となっていることが分かりました。こうした知見により、将来的には、個別の患者さんごとに適した治療法を提案できる可能性が高まります。

さらに、治療に対する耐性を起こしたがん細胞についても解析が行われ、いくつかの耐性機構が明らかになりました。具体的には、放射線化学療法後のがん細胞では炎症を引き起こす遺伝子が活性化されることで、制御性T細胞などの免疫反応を抑制する細胞が腫瘍組織内部で増加し、がん細胞が抗腫瘍免疫応答から逃れ、再び成長しやすくなる傾向が見られました。こうした耐性機構を踏まえ、今後の治療ではアテゾリズマブに加えて、炎症を抑える薬剤や特定の免疫細胞を標的とする薬剤を組み合わせることで、さらなる治療効果の向上が期待されています。

以上の成果により、放射線化学療法後のアテゾリズマブ投与が局所進行性食道扁平上皮がんの治療において有望かつ安全であることがわかりました。

展望

本研究は、従来の放射線化学療法に免疫チェックポイント阻害薬を追加する事による治療効果向上の可能性を示したものの、現在行われている大規模臨床試験(NCT04543617)による効果の検証が必要です。また、患者さんごとに効果が異なる原因を探り、個別化医療の実現を目指したさらなる研究が期待されます。さらに、アテゾリズマブと他の免疫療法薬との組み合わせが、より効果的な治療法の開発につながる可能性があり、さらなる解析が期待されます。

論文情報

雑誌名

Nature Cancer

タイトル

Atezolizumab following definitive chemoradiotherapy in patients with unresectable locally advanced esophageal squamous cell carcinoma – a multicenter phase 2 trial (EPOC1802)

著者

Hideaki Bando, Shogo Kumagai, Daisuke Kotani, Saori Mishima, Takuma Irie, Kota Itahashi, Yosuke Tanaka, Takumi Habu, Sayuri Fukaya, Masaki Kondo, Takahiro Tsushima, Hiroki Hara, Shigenori Kadowaki, Ken Kato, Keisho Chin, Kensei Yamaguchi, Shun-ichiro Kageyama, Hidehiro Hojo, Masaki Nakamura, Hidenobu Tachibana, Masashi Wakabayashi, Makoto Fukui, Nozomu Fuse, Shohei Koyama, Hiroyuki Mano, Hiroyoshi Nishikawa, Kohei Shitara, Takayuki Yoshino, and Takashi Kojima

DOI

10.1038/s43018-025-00918-1

掲載日

2025年2月19日19時(日本時間)

URL

https://www.nature.com/articles/s43018-025-00918-1(外部サイトにリンクします)

研究費

研究費名:国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
研究事業名:平成30年度 革新的がん医療実用化研究事業
研究課題名:切除不能局所進行食道扁平癌を対象とした化学放射線療法後の逐次治療としての抗PD-1抗体薬療法の安全性・有効性・proof-of-concept (POC)を検討する多施設共同臨床第Ib/II相試験
研究代表者名:小島 隆嗣

用語解説

注1 標準治療

標準治療とは、科学的根拠(エビデンス:あるテーマに関する試験や調査などの研究結果から導かれた、科学的な裏付け)に基づいた観点で、現在利用できる「最良の治療」であることが示され、多くの患者に行われることが推奨される治療のことです。

注2 アテゾリズマブ

アテゾリズマブは、免疫チェックポイント阻害薬というタイプの薬です。この薬は、がん細胞が持つ「PD-L1」というたんぱく質に結合して働きます。通常、PD-L1は免疫細胞の働きを弱める免疫の「ブレーキ」としての役割がありますが、アテゾリズマブはこれをブロックします。その結果、免疫細胞ががん細胞を攻撃しやすくなり、がんと戦う力を高めることができます。

注3 CD8陽性T細胞

CD8陽性T細胞は、免疫システムの中でがんやウイルスに感染した細胞を直接攻撃する役割を持つ「キラーT細胞」とも呼ばれる免疫細胞です。CD8というたんぱく質が細胞の表面にあることで識別されます。

注4 PD-1

PD-1は、免疫細胞の一種であるT細胞の表面にあるたんぱく質です。これが「スイッチ」の役割を果たし、T細胞が攻撃をやめるように信号を送ります。

注5 制御性T細胞

制御性T細胞(Treg)は、免疫システムの「ブレーキ役」として働く免疫細胞です。免疫応答を抑制し、炎症や自己免疫疾患を防ぐ役割を持っています。

注6 CTLA-4

CTLA-4は、T細胞の表面に存在するたんぱく質で、免疫システムの「ブレーキ」として働きます。このたんぱく質は、T細胞の活性化を抑えることで、免疫応答をコントロールします。正常な状態では、CTLA-4は過剰な免疫反応を防ぎ、自己免疫疾患や炎症を抑える役割を果たします。しかし、がん細胞はこの仕組みを利用して免疫の働きを抑え、自身を攻撃から守ることがあります。

注7 PD-L1

PD-L1は、がん細胞や正常な細胞が持つたんぱく質です。PD-L1がT細胞のPD-1と結合すると、T細胞の働きが弱まり、攻撃が止まります。これによって、正常な細胞は免疫の攻撃から守られますが、がん細胞はこの仕組みを利用して免疫の攻撃を避けることができます。

注8 トランスレーショナル研究

治験中に集めた患者さんの組織や血液を使って、新しい薬が本当に効くのか、どんな人に効果があるのかを詳しく調べる研究です。これによって、薬がどのように働くのかを深く理解し、将来の治療をもっと良くすることができる可能性があります。

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ

国立研究開発法人国立がん研究センター東病院
消化管内科 坂東 英明
電話番号:04-7133-1111(代表)
Eメール:hbando●east.ncc.go.jp

広報窓口

国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室(柏キャンパス)
電話番号:04-7133-1111(代表)
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp

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