大腸がん対策を推進するための「大腸がんファクトシート」公開
2025年3月27日
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策研究所(所長:中釜 斉、東京都中央区)は、横断的プロジェクトとして、大腸がんの病態、疫学、予防、検診、治療などの知見をまとめた「大腸がんファクトシート」を作成し公開しました。これを活用し、日本の大腸がん対策の推進に貢献したいと考えています。
大腸がんファクトシート
「大腸がんファクトシート」のポイント
- 大腸がんは日本で一番罹患数が多いがんであり、年間15万人以上が大腸がんと診断され、5万3千人以上が大腸がんで亡くなっています。
- 日本人においては、喫煙、飲酒が「確実」な大腸がんのリスク因子とされており、肥満や高身長も「ほぼ確実」なリスクとされています。逆に身体活動によって大腸がんのリスクを下げられる可能性があります。
- 1992年より大腸がんの対策型検診として、便潜血検査2日法が導入されていますが、諸外国と比較しても大腸がん死亡率の減少は緩やかであり、さらなる対策が必要です。
- 大腸内視鏡検査は診療(病院での検査や治療)において最も精度が高い検査で、前がん病変であるポリープを切除することによって大腸がんを予防することができますが、検診に導入した場合の有効性については検証中です。
- 検診プログラムは国内で統一されていることが理想ですが、日本では住民検診、職域検診、人間ドックなど、様々な検診が提供されており、誰がどの検診の対象者であるかが不明確です。そのため精度管理指標(受診率、精密検査受診率など)も部分的にしか評価できておらず、検診の効果を下げている可能性があります。
- 大腸がん対策をさらに推進するためには、生活習慣の改善や検診受診率の向上だけでなく、全国レベルで統一された検診を行い、その正確なデータを把握する方法の確立が課題です。
概要
大腸がんは日本で一番罹患する人が多いがんであり、将来推計では急激な高齢化の影響から、さらなる増加が見込まれています。その原因のひとつとして、1992年より実施されてきた対策型検診である便潜血検査が、同様の検診を行っている他国と比較して、十分な効果が発揮されていない点が挙げられます。検診プログラムは国内で統一され一元管理されることが理想ですが、日本では住民検診、職域検診、人間ドックなど、様々な検診が提供されているうえに、住民検診以外は法的根拠がないためデータの公表がされておらず、検診の全体像を把握できない状況が続いています。それに加えて、検診受診率も十分ではありません。
この状況を変えるべく、国立がん研究センターがん対策研究所では、大腸がんに関する知見と今後の方策をまとめた「大腸がんファクトシート」を作成しました。特に大腸がん検診に関する問題点を議論し、今後取り組むべき課題を明らかにすることを目的としています。医療機関、自治体や職場で検診業務に従事する方、メディアなど啓発活動に携わる方に活用していただき、日本の大腸がん対策に貢献したいと考えています。
大腸がん年齢調整死亡率の国際比較(ファクトシート第2章 図3.10、図3.11)
1980年代の日本はアメリカなどと比べて死亡率が低かったものの上昇傾向で、1990年代には諸外国と同じ水準に達しています。その後男女ともに減少していますが、諸外国より減少が鈍く直近では最も高い死亡率となっています。図1 大腸がん年齢調整死亡率の国際比較(男性、75歳以上)
出典:World Health Organization. CANCER OVER TIME. (https://gco.iarc.fr/overtime/en)図2 大腸がん年齢調整死亡率の国際比較(女性、75歳以上)
出典:World Health Organization. CANCER OVER TIME. (https://gco.iarc.fr/overtime/en)
大腸がんの1次予防(ファクトシート第3章 表1)
日本人においては、喫煙、飲酒が「確実」な大腸がんのリスク因子とされており、肥満や高身長も「ほぼ確実」なリスクとされています。逆に身体活動によって大腸がんのリスクを下げられる可能性があります。
表1 生活習慣に関連する大腸がんのリスク低下/増加因子
推奨される大腸がん検診(ファクトシート第4章 表3)
有効性評価に基づく大腸がん検診ガイドライン2024年度版では、便潜血検査免疫法がグレードA(利益はあり、不利益が中等度以下と判断)として対策型、任意型の両方の検診で推奨されています。全大腸内視鏡検査は現時点ではグレードC(利益はあるが証拠の信頼性は低く不利益ありと判断)として対策型検診では推奨されず、任意型検診として十分な情報共有のもと個人の判断に委ねて行うこととされています。全大腸内視鏡検査を検診として行った場合の有効性については、現在複数の大規模試験が進行しており、その結果が待たれます。
表2 大腸がん検診の総括表:大腸がん検診の推奨グレード
日本で今後必要な方策(ファクトシート第6章)
大腸がんの1次予防
日本人は体質や生活習慣が海外諸国とはちがうため、日本独自の研究をより一層発展することにより、日本人に最適な大腸がんの予防法を確立する必要があります。
大腸がんの2次予防(検診)
- 受診率・精検受診率の向上
- 実施主体によらない、全国で統一されたプログラムによる検診の実施
- 有効性の証明された受診勧奨の強化
- 便潜血検査の精度管理(検査キットの統一、カットオフ値の標準化)
- がん検診の意義に関する国民、検診従事者、医療者それぞれへの情報提供
- 職域検診に対する精度管理の導入とそのための法整備
大腸内視鏡検診導入における課題
- 現在進行中の大規模試験による有効性の証明
- 大腸内視鏡検査の処理能力の把握
- 検診対象者の条件設定
- 偶発症の頻度調査
- 診療と検診の明確な棲み分け
- PHR(Personal Health Record)を活用した検査歴、検診受診歴の把握
まとめ
- 大腸がんの罹患数・死亡数を減らすには、より厳密に精度管理が行われた体制で大腸がん検診を行う必要があります。その上で検診受診率や精密検査受診率が向上すれば、より効果的な検診につながります。
- そのためにも、住民検診、職域検診、人間ドックなどに分かれているデータを集約し、全国レベルで現状を把握する方法の確立が重要です。
- 大腸内視鏡検査のがん検診としての有効性についてはまだ検証中ですが、導入のためには対象者、処理能力、精度管理、安全性、検査歴など、多くの検討が必要となるため、今から準備をしておく必要があります。
研究費
研究費名(支援先):国立がん研究センター
研究事業名:国立がん研究センター研究開発費
研究課題名:既に実用化されている診断法や新たに開発された早期発見手法の検診への導入を目指した評価とその情報発信に関する研究(2024-A-16)
研究代表者名:小林 望
用語解説
年齢調整死亡率
高齢者が多い集団のほうががんの死亡率が高くなるため、年齢構成がことなる集団を比較するために、人口構成が基準人口と同じになるように調整した死亡率(高齢化の影響を除外できる)。
1次予防
生活習慣の見直しなどで病気になること自体を防ぐこと。
2次予防
検診などで病気を早期に発見して治療すること。
対策型検診
集団におけるがん死亡率の減少を目的に行われる。一般に公的資金が使用され、有効性の確立した低侵襲で安価な検査が行われる(住民検診など)。
任意型検診
個人の死亡リスク減少を目的に行われる。個人が利益と不利益のバランスを判断し、有効性が必ずしも確立していない検査も含めて行われる(人間ドックなど)。
PHR(Personal Health Record)
健康や医療に関するデータを本人が把握し活用する仕組み。日本ではマイナンバーと紐付けられたマイナポータルを利用した一元的管理が進められている。
お問い合わせ先
ファクトシートに関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター
がん対策研究所 検診開発研究部
小林 望
電話番号:03-3542-2511(代表)
Eメール:nokobaya@ncc.go.jp
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
ダイヤルイン:03-3542-2511(代表)
Eメール:ncc-admin@ncc.go.jp