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キーワード: がんゲノム医療、がん遺伝子パネル検査、TP53日本人のがんゲノム異常の全体像を解明
近年、がんゲノム研究の進歩に伴い、各がん種において発がんを促進する遺伝子異常が多数同定されました。また、個別の遺伝子異常を標的とした薬剤(分子標的薬)の開発が進み、遺伝子異常に基づいて患者さんごとに適切な薬剤を投与することが可能になってきました。
日本では2019年6月より、標準治療が終了となった固形がんの患者さん、局所進行または転移が認められ標準治療が終了となった固形がんの患者さんを対象に、100種類以上の遺伝子を同時に調べる「がん遺伝子パネル検査」が保険適用されています。この結果、患者一人一人のがんの遺伝子異常に合わせた個別化治療(がんゲノム医療)が飛躍的に進歩しています。保険診療として実施された「がん遺伝子パネル検査」によって得られる遺伝子配列や診療の情報は、患者さんの同意のもと国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター(Center for Cancer Genomics and Advanced Therapeutics:以下C-CAT)に集約・保管されています。
本研究は、C-CATに蓄積された、様々ながん種由来の約5万例のがん遺伝子パネル検査データを解析し、日本人におけるがんゲノム異常の全体像や特徴、その臨床的有用性を明らかにしました。本研究結果は2024年1月26日に米科学誌「Cancer Discovery」に掲載されました。
C-CATに登録された48,627例を対象として、がん種横断的にがんの発生・進行などの直接的な原因となるドライバー遺伝子異常の解析を行い、欧米と比べて日本人に多いがん種(胆道がんや胃がん、子宮頸がんなど)を含めて、日本人におけるがんゲノム異常の全体像を解明しました。今回対象としたがん遺伝子パネル検査には、309遺伝子の変異を検出するFoundationOne® CDx がんゲノムプロファイル(42,389例)と、124遺伝子の変異を検出するOncoGuide™ NCC オンコパネルシステム( 6,238例)が含まれています。
治療薬の標的となる、または、治療薬の効果予測できるゲノム異常がある症例は全体の15.3%でした。さらに、26種類のがん種を比較したところ、甲状腺がんが最も割合が高く、292人中の249人(85.3%)で治療薬の標的となるゲノム異常が見つかりました。一方で、欧米と比べて日本人に多い胆道がんなどでは治療薬の標的となるゲノム異常がある症例の割合が低く、さらなる治療薬開発が望まれることが判明しました。
また、米国癌学会シーケンスプロジェクト(GENIE)のがん遺伝子パネル検査データと比較し、10種類のがん種において日本人でTP53遺伝子変異の頻度が高いことを見出しました。検体の採取部位別の比較、米国データ内のアジア人と白人の比較でもほぼ同様の結果がみられ、これより人種間でTP53遺伝子変異頻度に差があることが示唆されました。
さらに、C-CAT、GENIE、米国のがんゲノムアトラス(TCGA) のデータを統合した共存排他解析を行うことで、エピゲノム制御因子変異が共存しやすいことを見出しました。これらの変異の共存は、増殖関連の遺伝子発現変化や細胞増殖への依存関係の変化を介して、がんの生存に有利に働くことを明らかにしました。
本成果は、日本人においてがん種横断的にドライバー遺伝子異常の全体像を解明した初めての試みであり、アジア最大規模のがんゲノム解析です。さらに、保険診療で実施されているがん遺伝子パネル検査の網羅的解析により、日本におけるがんゲノム医療の状況を提示するものとなりました。これにより、これまで欧米中心だったがんゲノム解析とは異なり、がんゲノム異常の人種差が示されました。本研究は、日本のがんゲノム医療、創薬や臨床試験の基盤となる重要な研究であり、日本人がん患者さんに向けた診断と治療戦略の最適化が必要であることを示唆しています。
プレスリリース・NEWS
- 日本人のがんゲノム異常の全体像を解明 約5万例のがん遺伝子パネル検査データを解析(2024年2月29日)
研究者について
分子腫瘍学分野 堀江 沙良 / 分子腫瘍学分野 分野長 片岡 圭亮
キーワード
がんゲノム医療、遺伝子パネル検査、TP53