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キーワード:創薬、新薬開発、PDX、薬効試験J-PDXライブラリーを用いた日本からの創薬開発の加速

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抗がん薬の開発の流れと課題

医薬品の開発成功率は全体で約10%程度と低く、中でも抗がん薬の開発成功率は約5%と報告されています (Mullard A. Nature Reviews Drug Discovery. 2016)。さらに抗がん薬の開発では標的の探索から上市まで10年以上の期間と、数百億円以上にも及ぶ莫大な費用が必要となります (Paul SM et al, Nature Reviews Drug Discovery. 2010)。特に近年の抗がん薬は、開発研究の複雑化や製造費用の上昇により、このコストの一部が薬剤の費用(薬価)として患者さんや国家の医療費負担の一因となっています。しかし当然ながら、有効性と安全性が担保された抗がん薬を患者さんへ届けるための必要な過程や費用を省くことはできません。このため、より迅速に、有効性と安全性が確認された抗がん薬を患者さんへ届けるため、抗がん薬の開発成功率を上昇させる手段が模索されてきました。

抗がん薬のふるい分け(スクリーニング)は、1950年代よりマウスのがん細胞株、1990年代以降は米国国立がん研究所が作製した細胞株を用いたスクリーニング系が用いられてきました (Johnson JI et al. Br J Cancer. 2001. Sausville EA et al, Cancer Res. 2006)。細胞株を用いた薬剤感受性試験、細胞株をマウスへ移植した細胞株移植モデルでの薬剤感受性試験が標準的なスクリーニング法として用いられ、非臨床で有効性が確認された薬剤が臨床試験へと導出されてきました。しかし、細胞株を用いたスクリーニングで有効と判断されても、実際にがん患者さんで有効性を示す抗がん薬の割合は低く、このような非臨床と臨床での有効性の乖離の主な原因としては、以下のような要因が考えられています。

  1. 細胞株の作製段階で患者腫瘍の不均一性が失われ、一部の増殖しやすい細胞集団だけが濃縮される(不均一性の喪失)
  2. 細胞株の作製段階で腫瘍微小環境が失われ、腫瘍と微小環境の相互作用がなくなる(微小環境の喪失)
  3. 細胞株では患者腫瘍における三次元的な構造が失われ、CDXモデルでは患者腫瘍と組織構造が異なる(組織構造の変化)
  4. 患者腫瘍における細胞ごとの遺伝子異常が、不均一性の喪失に伴い一部の遺伝子異常が細胞株へ反映される(遺伝子異常の変化)

以上のような細胞株や細胞株移植モデルにおける創薬開発研究の限界から、より実際の患者さんにおける抗がん薬の有効性を予測できる(臨床効果予測能の高い)スクリーニング法の構築が喫緊の課題と考えられています。

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患者腫瘍移植モデル(PDXモデル)とは

近年、臨床効果予測能の高いスクリーニング法として、患者腫瘍由来移植 (Patient-derived xenograft, PDX) モデルが注目を浴びています。PDXモデルは、患者さんのがん組織を、そのまま高度免疫不全マウスに移植することで作製される担がんモデルです。 PDXの作製手法は非常にシンプルであり、概念としては古くから報告されていましたが、その実用性を高めたのは、高度免疫不全マウスの開発が進んだことによります。免疫不全マウスは1960年代のnudeマウスの開発に始まり、2000年代になりT細胞、B細胞、NK細胞、IL-2受容体をノックアウトしたNOGマウス、NSGマウスがそれぞれ公益財団法人 実験動物中央研究所、Jackson研究所より樹立されました。これらの複合的免疫不全マウスが開発されたことで、PDXモデルの樹立成功率が上昇し、抗がん薬のスクリーニング法としての実用性が高まりました。

PDXモデルで特筆すべきは、患者さんのがん組織における腫瘍不均一性や微小環境、組織構造が維持される点です。さらに臨床効果予測能が30~80%と、他のスクリーニング系に比べ高いことが報告されており、創薬開発研究におけるスクリーニング基盤として期待されます (Aparicio S et al, Nat Rev Cancer. 2015. Gao H et al, Nat Med. 2015. Hidalgo M et al, Cancer Discov. 2014)。PDXモデルのデメリットは作製やスクリーニングを行う際のコストと期間です。PDXモデルでは免疫不全マウスが必要となるため、細胞株の作製比べコストが高くなります。また、患者腫瘍をマウスに移植してから、継代を経てPDXモデルが樹立(一般的にPDXを3回継代することで「樹立」と表現します)するまで長期間を要することから、維持管理のためのコストも増大します。

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J-PDXライブラリーの構築と創薬開発研究の加速

欧米では2010年代より大学や政府機関、営利団体を中心にPDXライブラリーの構築と抗がん薬のスクリーニングへの活用が進められてきました。中でも米国がん研究所は、抗がん薬のスクリーニングを細胞株によるスクリーニングからPDXモデルへ移行するという大きな舵取りを2015年に行い、米国がん研究所を中心にアカデミアなどを含めたPDX Network (PDX-Net)を形成しています (Meehan TF et al,  Cancer Res. 2017)。欧州では2013年にEU諸国におけるコンソーシアムとしてEurOPDXが発足し、現在までにモデル数が1,500を超えるPDXライブラリーを構築しています。日本国内では、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所が古くからPDXモデルの有用性に注目し、免疫不全マウスの作製とPDXモデルの構築に取り組んでいます。また、公立大学法人 福島県立医科大学では福島医薬品関連産業支援拠点化事業の一つとして福島PDX(F-PDX)モデルを構築しています。

しかし、2018年当時は世界的に見ても早期のがん患者さんの手術検体から作製されたPDXモデルが大半であり、実際に新たな抗がん薬を必要とされている進行・再発期のがん患者さんや、使える抗がん薬が非常に限られている希少がん・難治がんの患者さんから作られたPDXモデルは非常に少ない状況でした。抗がん薬の早期臨床試験(第一相試験、第二相試験)では、主に標準的な化学療法が行われ再発された患者さんを対象として新たな抗がん薬の試験が行われます。つまり、実際に早期臨床試験で新たな抗がん薬を投与される患者さんと、PDXモデルではがんの状態が大きく異なっている可能性があります。早期臨床試験に入られる患者さんや、希少がん・難治がんの患者さんの状態を再現できるPDXモデルがあれば、PDXモデルで新たな抗がん薬の効果を非臨床研究の段階でスクリーニングできる可能性があると考えられます (Saito M et al, Cancer Sci. 2016)。

このような背景から、国立研究開発法人 国立がん研究センターは、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)の支援のもと、株式会社LSIメディエンス(現メディフォード株式会社)と共同で2018年から2021年まで「がん医療推進のための日本人がん患者由来PDXライブラリー整備事業」を実施いたしました (Yagishita S et al, Cancer Sci. 2021)。日本人がん患者由来PDXライブラリー(J-PDXライブラリー)では、進行・再発期のがん、抗がん薬の開発が進みづらい希少がんを重点がん種とし、さらに標準治療が効かなくなったがんの生検検体からも積極的にPDXを作製し、それぞれのモデルに詳細な臨床情報を付帯することを進めております。2024年2月末までに2000検体を超える登録、600モデル以上の生着が得られており国内最大規模のライブラリーとなっています。

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PDXモデルの有用性

このようにJ-PDXライブラリーで構築されたPDXモデルの基盤を用い、実際にPDXモデルが患者さんの抗がん薬の効果を予測できるか(臨床効果予測能)の検証を行った二つの研究結果をお示しします。

子宮がん肉腫PDXモデルに対するT-DXdの有効性と臨床効果予測能の検証

子宮がん肉腫は子宮体がんの一つの組織型ですが、抗がん薬の効果は一般的な子宮体がんとは異なり、予後不良な組織型です。国立がん研究センター中央病院 腫瘍内科の西川忠明医長、米盛勧科長らのグループは子宮がん肉腫で一定の頻度でHER2蛋白が発現することに着目し、抗HER2抗体薬物複合体トラスツズマブ デルクステカンによる医師主導治験 (STATICE試験) を国内7施設で実施しました。また、並行して我々の研究室では埼玉医科大学国際医療センター 婦人科腫瘍科 長谷川幸清教授と共同で、PDXモデルを用いたトラスツズマブ デルクステカンの薬効評価を実施しました。この結果、STATICE試験ではHER2陽性子宮がん肉腫患者さんに対してトラスツズマブ デルクステカンが非常に高い効果が確認されました。さらにPDXモデルが作製できた6人の患者さんのうち、2人の患者さんは実際にSTATICE試験に参加され、患者さんでの治療効果とPDXでの腫瘍縮小効果が良好に相関することが確認されました。

この結果は、PDXモデルが実際の患者さんの治療効果を精緻に反映することが確認されたうえ、子宮がん肉腫のような患者さんの少ない希少がんではPDXモデルを有効活用することで臨床効果を予測できる可能性を示すことができました。

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プレスリリース(2023年4月10日):
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/0410/index.html

STATICE試験:

Tadaaki Nishikawa, Kosei Hasegawa, Koji Matsumoto, Masahiko Mori, Yasuyuki Hirashima, Kazuhiro Takehara, Kazuya Ariyoshi, Tomoyasu Kato, Shigehiro Yagishita, Akinobu Hamada, Mamiko Kawasaki, Satoshi Kawashima, Sawako Tomatsuri, Yukari Nagasaka, Hiroshi Yoshida, Ryunosuke Machida, Akihiro Hirakawa, Kenichi Nakamura, Kan Yonemori. Trastuzumab Deruxtecan for HER2-Expressing Advanced or Recurrent Uterine Carcinosarcoma (NCCH1615): The STATICE Trial. J Clin Oncol. 2023 May 20;41(15):2789-2799.

PDX Co-clinical Study:

Yagishita S, Nishikawa T, Yoshida H, Shintani D, Sato S, Miwa M, Suzuki M, Yasuda M, Ogitani Y, Jikoh T, Yonemori K, Hasegawa K, Hamada A. Co-Clinical Study of [fam-] Trastuzumab Deruxtecan (DS8201a) in Patient-Derived Xenograft Models of Uterine Carcinosarcoma and Its Association with Clinical Efficacy. Clin Cancer Res. 2023 Jun 13;29(12):2239-2249.

がん種横断的なスプライシング阻害剤の有効性評価

真核生物のRNAが、タンパク質の翻訳に先立って編集される過程をスプライシングといいます。近年このRNAスプライシング反応が細胞増殖に重要な役割を果たすことから、RNAスプライシングを阻害する抗がん薬が開発されています。CTX-712はCDC様キナーゼ(CLK)に対する低分子阻害薬であり、国立がん研究センター中央病院 先端医療科で国内第一相試験が行われた結果の一部が2022年米国臨床腫瘍学会で発表されました。この結果、卵巣がんと急性骨髄性白血病患者さんで一定の有効性が示唆されました。

我々の研究室では並行してJ-PDXライブラリーに集積された複数の固形がんPDXモデルを用い、CTX-712の有効性を評価するバスケット試験を実施しました。PDXモデルにおいても卵巣がんで有効性が示されたほか、いくつかのがん種において有効性が確認され、第一相試験の結果と合致する結果が得られました。

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国内第一相試験:

ASCO 2022, A First-in Human Phase 1 Study of CTX-712 in Patients with Advanced, Relapsed or Refractory Malignant Tumors, Poster number 3080

PDXバスケット試験:

AACR 2022, Exploring potential predictive biomarkers for the responsiveness to CTX-712 by in vivo drug sensitivity analysis on PDX models. Abstract number 5389

ここにお示しした二つの公表済みの結果だけでなく、現在J-PDXライブラリーは国内外のアカデミア、製薬企業の研究者に創薬開発にご活用いただいています。これにより、PDXモデルの作製にご協力いただいた患者さんやご家族の思いに応え、日本からの創薬開発の加速とがん治療の革新にJ-PDXライブラリーが役立つことを願っております。

J-PDXライブラリーの今後と展望

J-PDXライブラリーでは現在も新たなPDXモデルの作製を継続的に行っており、2024年2月には2000例のご登録と、600以上のPDXモデルが作製されています。抗がん薬の進歩は著しく、毎年多くの抗がん薬が承認されています。しかし多くの場合、いずれかの段階で抗がん薬が効かなくなる(耐性)ことは避けられません。このため、J-PDXライブラリーでは継続的に、新たな抗がん薬が耐性となった患者さんのPDXモデルを作製することで、次の抗がん薬の開発や耐性を克服するためのモデル、そして抗がん薬の選択肢が少ないがんに対するモデルとして基盤を構築してまいります。

特に小児がんの一部や希少がんでは、新しい抗がん薬だけでなく現在上市されている抗がん薬でも、患者さんが少ないため効果があるかないかを判断するための臨床試験を実施することが困難です。PDXモデルを活用することで効果のある抗がん薬を篩い分けできるのではないかと期待しています。このような取り組みは国立がん研究センターだけでなく、患者さんやご家族、製薬企業、規制当局、国と連携し取り組んでいく必要があると考えられます。

また、近年多くの患者さんに素晴らしい治療効果をもたらしている免疫療法(特にPD-1/PD-L1阻害剤などの免疫チェックポイント阻害剤)は、患者さんの体内の免疫細胞に作用するため、PDXモデルのように人の免疫細胞を持たないマウスでは評価が難しいという課題があります。このような課題に対しても、J-PDXライブラリーでは国内外の研究者と共同で取り組んでいく必要があると考えています。

多くのがん患者さんやご家族のご厚意のもと構築されたJ-PDXライブラリーを、日本からの創薬開発の加速、そして全てのがん患者さんへ最適ながん医療を提供することに役立てられることを目指してまいります。

J-PDXライブラリーについて

詳しくは以下のHPにもご紹介しておりますのでご覧ください
https://j-pdx.ncc.go.jp

研究者について

分子薬理研究分野 ユニット長 柳下 薫寛

キーワード

創薬開発研究、新薬開発、PDXモデル、薬効試験