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医薬品開発における質量分析イメージング技術利用に関する研究
医薬品開発において薬物の組織への移行性や組織内分布の可視化(Pharmaco imaging)は薬効及び毒性を把握するうえで非常に重要です。しかし、腫瘍などの不均一な組織では薬物の組織内分布は一様ではありません。
Xenograftマウスから採取された腫瘍(移植細胞:非小細胞肺がん由来)
(Nishidate M. et al., Sci Rep.2017 Dec 1;7(1):16763.)
薬物の組織への移行や組織内の分布を観察する手法として、薬物動態の分野では古くから放射性標識体(RI)を用いたオートラジオグラフィー(ARG)法が用いられてきました。ARG法は簡便でありながら、感度よく薬物の組織への移行や組織内の分布を観察することができる手法として現在でも広く使われています。しかし、ARG法ではRIを用いたラベル化が必須であり、RIは法的規制を受けるため取り扱うためには専用の施設が必要となります。加えて、RIをトレーサーとするため未変化体と代謝物の分離検出は困難です。
組織中の(平均)薬物濃度はLC-MS法を用いて測定されることが一般的です。LC-MS法では感度よく正確に組織中薬物濃度を測定可能であるため、組織への移行性は評価できるものの、前処理過程でホモジナイズを行うため標的組織内における薬物の分布情報は得ることが出来ません。
当分野では、これらの手法の課題を克服するために質量分析計を用いたイメージング(MS Imaging)技術、その中でもイオン化法にMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法)を用いたMALDI-MS imagingによる研究を行っています。対象は低分子化合物となります。
MS imaging法との比較
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ラベル |
検出 |
Pros |
Cons |
ARG |
RI |
輝尽光注釈1 |
・簡便 ・組織間の比較が容易 |
・未変化体と代謝物の分離検出が困難 ・RIが使用可能な施設が必要 |
LC-MS |
ラベル化不要 |
MS |
・Multiplexが容易 ・定量性に優れる |
・前処理過程で化合物の空間分布情報が |
MS |
ラベル化不要 |
MS |
・Multiplexが容易 ・化合物の組織内空間分布情報を |
・指針となるガイドラインが未作成 ・データサイズが大きくなる傾向がある |
注釈1: 黎明期ではX線フィルムに感光させていましたが、最近ではイメージングプレート(輝尽性発光体をプラスチックフィルムに塗布したもの)を使用し,輝尽光を測定することが一般的
MALDI-MS imagingの測定手順
注釈2: FFPEの場合、固定化の過程で測定対象化合物が流れ出す可能性があります
MALDI-MS imagingの基礎的検討
MALDI-MS imagingは新しい手法であることから、我々は標準的なメソッド開発手順の提案を行いました。また、研究の過程でMALDI-MSの感度を決定する要因を検討したところ、化合物の血漿/血清中タンパク結合率がMALDI-MSの感度と相関することが確認されました。これは、タンパク結合のdriving forceに関する知見がMALDI法の理解に繋がることを示唆しているものと考えています(Hayashi Y. et al., Drug Metab Pharmacokinet. 2021 Jun;38:100385.)
MALDI法における測定対象化合物の感度(組織ホモジネート中)とたんぱく結合率の関係
MALDI-MS imagingを利用した抗がん剤の腫瘍内分布の可視化
ナノ粒子化した抗がん剤の腫瘍内分布をMALDI-MS imaging法を用いて可視化いたしました。H&E染色観察では均質であった領域にあっても薬物の分布は一様ではなく、濃度分布があることが確認されました。また、免疫組織学的染色を行うことで、薬剤はコラーゲンが豊富な領域に分布していること、その領域にマクロファージが浸潤していることが観察されました。(Ryu S. et al., Sci Rep. 2020 Sep 23;10(1):15535.)
Xenograftマウスにナノ粒子化した抗がん剤を静脈内投与した後の腫瘍内の抗がん剤の分布
MS imagingと組織免疫学的染色の重ね合わせ
Serial section methodによる定量的MSI
当分野ではMALDI-MS imagingとLC/MSを組み合わせることで、組織内の分布と濃度の両方を正確に評価することが可能です(Nishidate M. et al., Drug Metab Pharmacokinet. 2019 Aug;34(4):209-216.)
Serial section methodによる定量的MSIの概念図
連続する切片のうち、中央の1枚でMALDI-MS imagingを行い、ターゲット化合物の組織内分布を測定し、
残りの切片を用いてLC-MS法で組織内濃度を測定。MALDI-MSIのシグナル値をpixel当たりの化合物量に変換
MALDI-MS imagingの適用範囲は薬剤だけではありません。当分野ではがんに関連するバイオマーカーの測定にも精力的に取り組んでおります。
当分野ではLC/MSとMALDI-MS imagingを組み合わせることで組織内のターゲット化合物の濃度と分布を正確に測定するだけでなく、組織学的染色も併せて行うことでその背景に迫ることも可能です。
本技術の活用範囲
本技術は以下の分野での研究を強力にサポートすることが期待されます。
- 中枢組織や腫瘍など不均一な組織における薬物やバイオマーカーの組織内分布
- 薬効・毒性メカニズムの解明
- DDS研究
Pharmaco imagingを用いた国立がん研究センターとの共同研究をご希望の場合には、当分野へご連絡をお願いいたします。
文責:林 善治