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遺伝子融合など新規治療標的分子の同定
このプロジェクトでは、遺伝子融合、遺伝子変異など、新しい治療標的の同定を同定して、医療実装への橋渡しを行っています。
1-1 融合遺伝子を標的としたがん治療法の開発
肺がんはがん死因第一位を占めるがんです。肺腺がんは喫煙しない人にも発生し、増加傾向にあるため、効果の高い治療法の開発が求められています。我々は、手術組織(当センターバイオバンク試料)の全RNA遺伝子配列の解読を行い、肺腺がんの2%に存在する新しい遺伝子変化(RET遺伝子融合)を発見しました。また、融合陽性肺がんに対するRETタンパク質のキナーゼ活性を阻害する働きを持つ薬剤バンデタニブ(甲状腺がん治療薬)による治療の可能性を示しました。その後、全国肺がんゲノムスクリーニング機構LC-SCRUM-Asiaにより、RET融合遺伝子を持つ肺腺がんが探索され、RET阻害薬の治療効果を明らかにするための臨床試験が行われました。
2012年2月13日 当センタープレスリリース(PDF:172KB)
LC-SCRUM-Asia(外部リンク)
Kohno T, Ichikawa H, Totoki Y, Yasuda K, Hiramoto M, Nammo T, Sakamoto H, Tsuta K, Furuta K, Shimada Y, Iwakawa R, Ogiwara H, Oike T, Enari M, Schetter AJ, Okayama H, Haugen A, Skaug V, Chiku S, Yamanaka I, Arai Y, Watanabe S, Sekine I, Ogawa S, Harris CC, Tsuda H, Yoshida T, Yokota J, Shibata T. KIF5B-RET fusions in lung adenocarcinoma. Nature Medicine, 2012, 18, 375-377.[PubMed](外部リンク)
RET融合陽性肺がんは、全国肺がんゲノムスクリーニング機構LC-SCRUM-Japanにより同定され、RET阻害薬バンデタニブが治療効果を示しました。
(プレスリリース:RET融合遺伝子陽性の肺がんに対する分子標的治療薬「バンデタニブ」の有効性を確認)
Yoh K, Seto T, Satouchi M, Nishio M, Yamamoto N, Murakami H, Nogami N, Matsumoto S, Kohno T, Tsuta K, Tsuchihara K, Ishii G, Nomura S, Sato A, Ohtsu A, Ohe Y, Goto K. Vandetanib in patients with previously treated RET-rearranged advanced non-small-cell lung cancer (LURET): an open-label, multicentre phase 2 trial. Lancet Respir Med. 2017, 5(1):42-50.
これは、基礎と臨床の研究者が協働した結果であり、がんゲノム医療の推進力の一つとなっています。
(プレスリリース:JCA-CHAAO賞を受賞「希少頻度のドライバー遺伝子異常を有する肺癌に対する個別化医療の確立を目指した治療開発体制の構築」)
注目すべきことに、ゲートキーパー変異を獲得することでRET阻害剤に耐性化した肺がんであっても、次世代のRET阻害薬Selpercatinib (LOXO-292)に対しては治療効果があることをあきらかにしました。この結果は、RET阻害剤を用いた肺がん治療の有望さを示すものです。同薬剤は、一年以上の治療効果を示すこと、初回治療例の85%で治療効果が見られることなどから、2020年5月米国FDAにより薬事承認されました。Selpercatinibは2021年9月27日、日本国内でも薬事承認されました。
Wirth LJ, Kohno T (co-first author), Udagawa H, Ishii G, ... , Rothenberg SM*, Goto K*. Emergence and targeting of acquired and hereditary resistance to multikinase RET inhibition in RET-altered cancer patients. JCO Prec Oncol, 2019, DOI:10.1200/PO.19.00189.
一方、悪性度の高い肺腺がんである浸潤性粘液腺がん (invasive mucinous adenocarcinoma:IMA)では、NRG1(neuregulin, heregulin)遺伝子の融合が生じていることを見出しました。NRG1融合は、肺がんだけでなく多くのがん種にわたり、存在することがわかってきています。現在、国内外でがん種を越えたHER阻害薬の臨床試験が開始され、治療効果が見られています。また、NRG1融合は、保険診療として全国で行われているNCCオンコパネル検査により検出が可能です。
Nakaoku T, Tsuta K, Ichikawa H, Shiraishi K, Sakamoto H, Enari M, Furuta K, Shimada Y, Ogiwara H, Watanabe SI, Nokihara H, Yasuda K, Hiramoto M, Nammo T, Ishigame T, Schetter AJ, Okayama H, Harris CC, Kim YH, Mishima M, Yokota J, Yoshida T, Kohno T. Druggable oncogene fusions in invasive mucinous lung adenocarcinoma. Clin Cancer Res. 2014, 20(12):3087-93.[PubMed](外部リンク)
1-2 早期肺発がん機構の研究
肺がんの中で一番多いタイプである肺腺がんは、上皮内がんから多段階的に悪性の浸潤がんに進行していきます。その分子機構を解明することで、新しい治療法や早期発見・予防法の開発が可能になると考えます。私たちは、早期の肺がん (野口分類のタイプA / B / C) と進行肺がんを対象に、長鎖DNAシークエンスや空間オミクスなどの最新の解析技術を用いたゲノム解析を行い、腫瘍の悪性化に伴う分子の変化を明らかにしました。
その結果、ドライバーがん遺伝子の変化が最も初期の上皮内がんの段階において既に発生し、ゲノムDNA全体のメチル化の低下やコピー数変化がそれに続いて積み重なることで、上皮内がんから悪性度を増した浸潤がんに進展していくというメカニズムが明らかになりました。また、やや進展した上皮内がんの段階で、腫瘍細胞は初めて免疫細胞からの本格的な攻撃にさらされることがわかり、腫瘍細胞はそれに対する防御メカニズムを発揮し、その結果として肺組織内には様々な形態の変化が生じることが示されました。このような詳細な早期肺がんの解析は世界で初めて行われたものです。発がん早期に生じる遺伝子、タンパク質、組織形態の変化は、将来的ながんの早期発見や有効な治療、効果的な予防につながる基盤情報となります。
Haga Y, Sakamoto Y, Kajiya K, Kawai H, Oka M, Motoi N, Shirasawa M, Yotsukura M, Watanabe SI, Arai M, Zenkoh J, Shiraishi K, Seki M, Kanai A, Shiraishi Y, Yatabe Y, Matsubara D, Suzuki Y*, Noguchi M, Kohno T*, Suzuki A*. Whole-genome sequencing reveals the molecular implications of the stepwise progression of lung adenocarcinoma. Nat Commun. 14(1):8375, 2023 doi: 10.1038/s41467-023-43732-y.