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がんの個別化予防に役立つ遺伝子の研究

このプロジェクトでは、がん患者の遺伝子多型を解析することにより、がん罹患ハイリスクグループを把握し、がんの個別化予防の実現、治療の効率化を目指しています。また、全国の施設のご協力により、婦人科がんなどを主体として、大規模な生殖細胞系列変異の研究を推進しています。

3-1 新しい肺がん感受性遺伝子の同定

肺がんはがん死因の一位であり、日本では年間に約7万人、全世界では約135万人の死をもたらす難治がんです。肺がんの中でも最も発症頻度が高く、増加傾向にあるのが肺腺がんです。肺腺がんは、肺がんの危険因子である喫煙との関連が比較的弱く(相対危険度は約2倍)、約半数は非喫煙者での発症です。喫煙以外の危険因子が特定されていないことから、罹患危険群の把握や発症予防は容易ではありません。そのため、喫煙以外の危険因子の同定とそれに基づく罹患危険度の診断法が求められています。一方で、発症リスクは人種差があることも示唆されており、国際コンソーシアムなどを通して人種間での大規模な解析が必要とされています。

私たちは米国国立がん研究所が主導する国際共同研究に参画し、日本人を含むアジア人の肺腺がん患者約2万例と肺がんに罹患していない人約15万例についてゲノムワイド関連解析(GWAS:genome-wide association study)を実施しました。そして、遺伝子多型を組み合わせ、肺腺がん罹患リスクを数値化できるポリジェニックリスクスコアを算出しました。喫煙歴の有無で肺腺がんの危険度をグラフ化すると、非喫煙者で肺腺がんに罹患していない人と比べて、非喫煙者で2.07倍、喫煙者で1.80倍肺腺がんリスクが上昇することを見出しました。つまり、本研究において、非喫煙者における肺腺がんリスクは遺伝子の個人差による影響が大きいことが明らかになりました(相互作用のP値=0.0058)。
論文発表:Shi, Shiraishi (共筆頭著者) et al, Nat Comm, 2023.

2023年6月9日 プレスリリース
PRS JPEG
EGFR(上皮増殖因子受容体)遺伝子変異を伴う肺腺がんの頻度割合は、欧米人の約10%に対し、日本人では約50%と非常に高いことから、アジア人に特有の危険要因が存在することが示唆されています。私たちはTERT遺伝子やHLAクラスII遺伝子の多型が、EGFR遺伝子に変異を持つ肺腺がんのかかりやすさと強く関わることが分かりました。一部の遺伝子の個人差は、染色体DNAの末端に存在しゲノムの安定化に関わるテロメア配列を長くすることで、肺腺がんへのかかりやすさを高めることが示されました。これらの結果は、非喫煙者の肺腺がんの予防、早期発見に役立つと期待されます。
EGFRGWAS3
例えば、TERT遺伝子の肺腺がんのかかりやすさを決める遺伝子の個人差をひとつ持つ人は、持たない人と比べて1.43倍EGFR遺伝子の変異を持つ肺腺がんへのかかりやすさが高まり、ふたつ持つ人は持たない人と比べて2.04(1.43×1.43)倍高まります。一方、EGFR遺伝子変異陰性の肺腺がんの場合は、それぞれ1.25倍、1.56倍となります。また、TERTTERC遺伝子の個人差を持つ人は持たない人に比べてテロメアが長い傾向にあることが分かりました。テロメアの長さは細胞の寿命やゲノムの安定性と関係することが知られています。今回同定されたTERTTERC遺伝子の個人差を持つ方は、より長いテロメア配列を持つことで肺の細胞ががん化する可能性を示唆しています。
EGFRGWAS4
論文発表:Shiraishi et al, Cancer Comm, 2023
2023年11月8日:当センタープレスリリース
論文発表:Shiraishi (共筆頭著者) et al, Nat Comm, 2016.
2016年8月9日:当センタープレスリリース

私たちは、理化学研究所等研究グループや国際コンソーシアムと共同で、肺腺がん患者とがんに罹患していない人を対象に、GWAS解析を行い、肺腺がんのかかりやすさに関わる複数の新規遺伝子領域を発見しました。この研究により、肺腺がんのかかりやすさには、喫煙等の環境要因だけでなく、遺伝要因(遺伝子の個人差)が関係することが、さらに確認されました。今後、環境要因・遺伝要因の組み合わせにより、肺腺がんにかかりやすい人を予測し、重点的に検診を行い、早期発見・治療を行うことで、肺がん死を減少させることができると考えられます。
論文発表:Shiraishi et al, Nat Genetics, 2012

肺腺がんリスクに関わる遺伝子多型の固定

   2012年7月16日 当センタープレスリリース

3-2 がん予防に関する研究

私たちは、全ゲノムシークエンスの手法を用いて、自らはたばこを吸わないが受動喫煙の経験を持つ女性に発生した肺腺がんの遺伝子変異を調べ、受動喫煙は能動喫煙とは異なるAPOBEC型の変異を誘発すること、その変異は、初期の腫瘍細胞の悪性化を促すことで発がんに寄与することを見出しました。受動喫煙は肺がんの危険因子として認知されていますが、これまで受動喫煙と遺伝子変異との関わりは不明でした。この研究の成果は、受動喫煙を防ぐことによる肺がん予防の基盤情報となると考えます。
論文発表:Mochizuki et al, JTO, 2024
2024年4月16日 当センタープレスリリース

PSFig

また私たちは、2017年に国立がん研究センター、理化学研究所、東京大学医科学研究所、京都大学、愛知県がんセンターが中心となる日本肺がんコンソーシアムを設立し、様々な国際共同研究に参画しています。例えば、当コンソーシアムはInternational Lung Cancer Consortium (ILLCO) の国際共同研究に日本代表として参画し、アジア、欧州、北米、南米にわたる様々な大規模研究を進めています。その一つとして、「診断前の1-3年と短い禁煙期間でも非小細胞肺がん患者の全生存期間が延長する」という結果が得られ、禁煙が発症予防だけでなく、生存予後の改善にも寄与することを今年発表しました。
論文発表: Fares, Kohno, Shiraishi et al., Lancet Public Health. 2023

その他のがん予防に関する論文発表は以下の通りです。

Ishigaki K, Akiyama M, Kanai M, Takahashi A, Kawakami E, Sugishita H, Sakaue S, Matoba N, Low SK, Okada Y, Terao C, Amariuta T, Gazal S, Kochi Y, Horikoshi M, Suzuki K, Ito K, Koyama S, Ozaki K, Niida S, Sakata Y, Sakata Y, Kohno T, Shiraishi K, Momozawa Y, Hirata M, Matsuda K, Ikeda M, Iwata N, Ikegawa S, Kou I, Tanaka T, Nakagawa H, Suzuki A, Hirota T, Tamari M, Chayama K, Miki D, Mori M, Nagayama S, Daigo Y, Miki Y, Katagiri T, Ogawa O, Obara W, Ito H, Yoshida T, Imoto I, Takahashi T, Tanikawa C, Suzuki T, Sinozaki N, Minami S, Yamaguchi H, Asai S, Takahashi Y, Yamaji K, Takahashi K, Fujioka T, Takata R, Yanai H, Masumoto A, Koretsune Y, Kutsumi H, Higashiyama M, Murayama S, Minegishi N, Suzuki K, Tanno K, Shimizu A, Yamaji T, Iwasaki M, Sawada N, Uemura H, Tanaka K, Naito M, Sasaki M, Wakai K, Tsugane S, Yamamoto M, Yamamoto K, Murakami Y, Nakamura Y, Raychaudhuri S, Inazawa J, Yamauchi T, Kadowaki T, Kubo M, Kamatani Y. Large-scale genome-wide association study in a Japanese population identifies novel susceptibility loci across different diseases. Nat Genet. 2020 Jul;52(7):669-679. doi: 10.1038/s41588-020-0640-3. PMID: 32514122; PMCID: PMC7968075.

Seow WJ, Matsuo K, Hsiung CA, Shiraishi K, …, Rothman N, Kohno T, Chanock SJ, Lan Q. Association between GWAS-identified lung adenocarcinoma susceptibility loci and EGFR mutations in never-smoking Asian women, and comparison with findings from Western populations. Hum Mol Genet. 2017; 26(2):454-465.[PubMed](外部リンク) 

Wang Z, Seow WJ, Shiraishi K, Hsiung CA, …, Kohno T, …, Chanock SJ, Rothman N, Lan Q. Meta-analysis of genome-wide association studies identifies multiple lung cancer susceptibility loci in never-smoking Asian women. Hum Mol Genet. 2016; 25(3):620-9.[PubMed](外部リンク)

Shiraishi K, Kunitoh H, Daigo Y, Takahashi A, Goto K, Sakamoto H, Ohnami S, Shimada Y, Ashikawa K, Saito A, Watanabe S, Tsuta K, Kamatani N, Yoshida T, Nakamura Y, Yokota J, Kubo M, Kohno T. A genome-wide association study identifies two new susceptibility loci for lung adenocarcinoma in the Japanese population. Nature Genetics, 2012, 44, 900-903.[PubMed](外部リンク)

Lan Q, … Kohno T, … Yokota J, … Kunitoh H, … Shiraishi K, … Rothman N. Genome-wide association analysis identifies new lung cancer susceptibility loci in never-smoking women in Asia. Nature Genetics, 44(12):1330-5, 2012.[PubMed](外部リンク)

徐々に肺腺がんへの危険度を規定する遺伝子座が明らかになってきています。さらに新しい遺伝子座を同定することで、遺伝子多型の組み合わせによる高危険群の把握、肺がんの個別化予防を目指します。 

 

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