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がんの本態解明と予防法開発に資する疫学研究
がんのリスク因子に関する疫学研究は、欧米諸国において盛んに実施されていますが、日本人は生活習慣や遺伝的背景が欧米人とは異なることから、日本人のがん予防のためには日本人を対象としたエビデンスが必須となります。国内においても、多目的コホート研究などの大規模コホート研究からの成果が蓄積され、国際的なエビデンスに加えて、日本人を対象としたエビデンスに基づく因果関係評価が行われています。これまでのエビデンスのレビューにより、喫煙、飲酒、身体活動の生活習慣、野菜・果物、塩蔵食品・食塩などの食事因子、肥満や糖尿病といった健康状態、肝炎ウイルスやピロリ菌の感染などが、がんのリスク因子として評価されています。また、これらに基づき「日本人のためのがん予防法」(NCC管轄の外部サイトへリンクします)が提唱されています。一方、これらのリスク因子では、日本人のがんの原因の30% から40% しか説明できないと言われており、未知のリスク因子の探索が求められています。未知のリスク因子の中には、まだ評価が定まっていない因子もあり、日本人を対象とした疫学研究のエビデンスが求められているものや、これまでの疫学研究では曝露評価に課題があり、評価が進んでいないものなどがあります。当部では、がんのリスク因子の因果関係評価と個別化予防に資するエビデンスの構築を目的に、下記の4つの分野を中心に研究を展開しています。
▼ 環境疫学研究
喫煙、飲酒、食事といった生活習慣に関連した因子に関する検討に加えて、日常生活において曝露する様々な環境因子とがん罹患リスクとの関連を精力的に研究しています。例えば、化学物質の中には職業的な曝露による発がんが問題となる場合もありますが、日常生活において曝露する可能性のある物質については、日本人の曝露レベルにおける発がんへの影響の評価も重要となります。このような観点から以下の1)から3)の検討を進めてきました。
個別の成果は1)から3)に列挙していますが、それらを含めこれまでの取り組みと成果を以下のレビュー論文にまとめています。
Exposure to environmental chemicals and cancer risk: epidemiological evidence from Japanese studies
また近年、次世代シーケンサーを用いた解析技術の進歩により細菌叢の評価が可能となり、その疾患への影響が注目されています。我々も4)に示す疫学研究において糞便検体を収集し、腸内細菌に着目した解析に着手しています。
有機塩素系化合物には内分泌かく乱作用があると疑われています。日常の生活環境の中で存在する量のこれらの物質が、特にホルモン関連がんの罹患リスクに影響しているかを検討し、以下のような成果を報告しています。
1 血中有機塩素系化合物濃度と乳がん罹患との関係について
2 Serum organochlorines and breast cancer risk in Japanese women: a case-control study
3 血中有機塩素系化合物濃度と前立腺がん罹患との関連について
2)有機フッ素化合物
有機フッ素化合物は、泡消火剤や撥水剤、防汚剤、紙・繊維・調理器具等の表面処理剤等に使用されています。安定した構造であるため環境中で分解されにくく、高い蓄積性があることから、人への健康影響が懸念されています。国際がん研究機関による最新の発がん性評価では、PFOA(パーフルオロオクタン酸)がグループ1(ヒトに対して発がん性がある)、PFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸)はグループ2B(ヒトに対して発がん性の可能性あり)と評価されています。これらの物質も含め、有機フッ素化合物曝露に関する疫学研究からのエビデンスが求められており、我々の研究グループでも、以下のような成果を報告しています。
1 Serum perfluoroalkyl substances and breast cancer risk in Japanese women: A case-control study
3)食事由来の発がん物質
食品の加工・調理に伴い生成される化学物質の中には、発がん性が疑われているものがあります。その一つに、肉や魚を高温で加熱調理した際に生成されるヘテロサイクリックアミンがあります。国際がん研究機関の発がん性評価ではグループ2B(ヒトに対して発がん性の可能性あり)と分類され、動物実験では発がん性に対する十分なエビデンスがありますが、ヒトを対象とした疫学研究からのエビデンスが不足しています。そこで我々は、食物摂取頻度調査票からヘテロサイクリックアミンの摂取量を把握する手法を開発し、その妥当性の検討を行いました。さらに開発した手法を疫学研究に適用し、ヘテロサイクリックアミンとがん罹患リスクとの関連を検討しています。これまでの取り組みと成果を以下のレビュー論文にまとめています。
1 Dietary heterocyclic aromatic amine intake and cancer risk: epidemiological evidence from Japanese studies
次に取り上げる、アクリルアミドは、紙の強度を高める紙力増強剤や接着剤などの原材料として利用されている化学物質で、国際がん研究機関の発がん性評価ではグループ2A(ヒトに対しおそらく発がん性あり)と分類されています。近年、アスパラギンと還元糖という栄養素を含む食品を120℃以上の高温条件下で加工・調理すると、化学反応を起こすことなどによってアクリルアミドが生成され、食品中にも含まれていることが指摘され、食事由来の摂取量とがん罹患リスクとの関連が注目されており、我々の研究グループでも、以下のような成果を報告しています。
2 食事調査票から得られたアクリルアミド摂取量の正確さについて
3 アクリルアミド摂取量と乳がん罹患との関連について
4 アクリルアミド摂取量と子宮体がん・卵巣がん罹患との関連について
4)腸内細菌
基礎研究により腸内でコリバクチンという遺伝毒性を有する毒素を産生する大腸菌の存在が報告され、コリバクチンが大腸の発がんに関与していることが疑われています。そこでコリバクチン産生大腸菌に着目した疫学研究を実施し、以下のような成果を報告しています。
1 Association of Escherichia coli containing polyketide synthase in the gut microbiota with colorectal neoplasia in Japan
注:1は静岡県立大学ならびに医薬基盤研究所との共同研究です。
▼ 分子疫学研究
・ハワイ大学Loic Le Marchand教授らとの共同研究による大腸がんのゲノムワイド関連解析研究
Trans-ethnic genome-wide association study of colorectal cancer identifies a new susceptibility locus in VTI1A
・Breast Cancer Association Consortium (BCAC)による乳がんのゲノムワイド関連解析研究
Association analysis identifies 65 new breast cancer risk loci
このようなゲノムワイド関連解析の知見の蓄積に伴い、それらを利用した解析研究も精力的に行われています。特に疫学および予防研究の立場からは、1)遺伝素因と環境因子の交互作用の検討、2)遺伝子多型などのゲノム情報を操作変数としたメンデルのランダム化解析による検討、3)絶対リスクを推計する予測モデルへの導入の検討、などが課題となっています。以下に、我々の研究グループの成果を紹介します。また、近年では、次世代シーケンサーを用いた解析技術の進歩により、稀な変異やゲノムの構造異常などの評価が可能となり、発がんに大きく寄与する遺伝素因の解明が進められています。我々も4)に示す研究において、次世代シーケンサーを用いたゲノム解析研究を開始しました。
1)遺伝環境交互作用の検討
がんは多因子が原因となって発生すると考えられており、複数の因子が同時に作用した場合の影響、いわゆる交互作用の評価が重要となります。特に、ある遺伝素因をもつ対象者でのみ環境因子とがん罹患リスクとの間に関連が見られるといった遺伝環境交互作用の解明が、個人の遺伝素因に基づく予防(個別化予防)のエビデンスとなることから、研究の進展が期待されていて、我々の研究グループでも、以下のような成果を報告しています。
1 アルコール代謝関連遺伝子(アルコール・アルデヒド脱水素酵素)と飲酒量に基づく胃がん罹患について
2 異物代謝に関連する遺伝子と胃がんリスクについて
3 ビタミンD受容体の遺伝子多型と大腸がん罹患リスクとの関連:コホート内症例対照研究
4 アルコール、葉酸代謝酵素の遺伝子多型と飲酒量に基づく大腸がん罹患リスクについて
5 肥満関連遺伝子FTOに見られる遺伝子多型と大腸がん罹患リスクとの関連
6 p53 Arg72Pro遺伝子多型および肥満度とがん罹患リスクとの関連について
注:1と2は愛知県がんセンターとの共同研究です。
2)メンデルのランダム化解析
メンデルのランダム化解析は、ゲノム情報を用いた操作変数法による解析であり、未知・未観察の交絡要因の影響を解析的に制御する手法です。操作変数として使用する遺伝子多型は、メンデルの法則によりアレルがランダムに選択されるため、リスクアレルを持つ群と持たない群の間の背景因子の分布は等しくなると想定されます。また、これらの遺伝子多型が、1.曝露と関連している、2.曝露を介してのみアウトカムに影響する、3.遺伝子多型とアウトカムとの間に交絡要因が存在しない、という3つの条件を満たすことを前提に因果効果の推論が可能となります。交絡要因への対処は、疫学研究における重要な課題ですが、コホート研究などの従来の観察研究においては、既知かつ観察された因子を用いた対処が主であり、未知・未観察の交絡要因への対処は課題でした。近年、さまざまな形質のゲノムワイド関連解析の知見が蓄積され、メンデルのランダム化解析を実施する環境が整いつつあることを背景に急速に普及してきた手法です。我々の研究グループでも、以下のような成果を報告しています。
1 糖尿病とその後のがんの関連について:メンデルのランダム化解析
2 BMIと大腸がんの関連:メンデルのランダム化解析
3 血清脂質と大腸がんの関連:メンデルのランダム化解析
4 血中ビタミンD濃度と全がん・大腸がんリスクとの関連:メンデルのランダム化解析
5 メンデルランダム化解析を用いた日本人集団における糖代謝異常と大腸がんリスクの関連
注:2、3、4、5は日本分子疫学コンソーシアムによる共同研究です。
3)リスク予測モデルの構築
リスク予測モデルは,個人のリスク因子の保有状況に応じた疾病の絶対リスクを推定する統計学的なツールです。個人が絶対リスクを知ることにより,生活習慣改善などの行動変容のきっかけになることが期待されます。多目的コホート研究では,アンケート調査から得られる情報に基づくリスク予測モデルを構築し,簡便に絶対リスクを知るツールをWeb上に公開しています(https://epi.ncc.go.jp/riskcheck/)(NCC管轄の外部サイトへリンクします)。このようなアンケート調査から得られる情報に基づくリスク予測モデルの予測性能の向上を目指して、ゲノムワイド関連解析により明らかになった遺伝子多型を用いたリスクスコアを追加したり、遺伝環境交互作用を考慮したモデルの構築を行っています。我々の研究グループでも、以下のような成果を報告しています。
1 既存の大腸がん罹患の予測モデルに遺伝的なリスクスコアを追加することで予測性能が向上
2 10年間で頭頚部食道がんに罹患する確率について―飲酒とアルデヒド脱水素酵素遺伝子の多型を考慮した予測モデルの構築
3 乳がんの遺伝的リスクスコアの開発について
4)次世代シーケンサーを用いたゲノム解析研究
次世代シーケンサーを用いた解析により、影響力の強い稀な変異やゲノムの構造異常を探索するため、十分な同意の得られた次世代多目的コホート研究の参加者を対象に研究を行っています。研究の端緒として、遺伝による影響が比較的強いと考えられる40歳代のがん症例を対象に全ゲノム解析を開始しました。今後、がんの部位を絞ったり、年齢層を追加したりして、研究を深めていく計画です。また、血液中に遊離しているDNA(cfDNA:cell-free DNA)を回収して、次世代シーケンサーで解析することにより、腫瘍由来の体細胞変異を検出して診断に応用できるのか研究しています。本研究からリキッドバイオプシーに応用しうる技術が確立されれば、低侵襲でがんの早期発見が可能になると期待されます。
▼ 代謝疫学研究
1)膵がんのコホート内症例対照研究(多目的コホート研究のベースライン調査に基づく)
膵がんの新規リスク因子の同定を目的としたメタボローム解析を実施しました。その中で糖尿病リスクとの関連が報告されている分岐鎖アミノ酸や膵がん診断マーカー候補として報告された代謝物に着目したターゲットメタボローム解析により、以下のような成果を得ています。
1 血液中分岐鎖アミノ酸濃度と膵臓がん罹患の関連について
2 膵臓がん診断マーカー候補の罹患予測マーカーへの応用可能性について
注:1と2は神戸大学との共同研究として実施しました。
2)全がんのケースコホート研究(多目的コホート研究のベースライン調査に基づく)
ベースライン調査に参加した約3.4万人からランダムに選択した対象者約4500人をサブコホートとし、2009年末までの追跡調査により把握したがん罹患例3750例をケースとしたケースコホート研究を構築しました。この全がん罹患を対象にしたケースコホート研究では、比較的多くの部位に共通するメカニズムを反映する血中バイオマーカーに着目した解析を行い、これまでに以下のような成果を報告しています。
1 血中ビタミンD濃度とがん罹患リスクについて
2 血中のC-ペプチド濃度ならびにグリコアルブミン濃度とがん罹患リスクとの関連について
3 血中CRP(C反応性蛋白)濃度とがん罹患リスクとの関連について
4 血中鉄代謝マーカー濃度とがん罹患リスクとの関連について
5 血中アルブミン・ビリルビン・尿酸とがん罹患リスクとの関連について
3)血中バイオマーカーの媒介効果の解明
血中濃度に反映される栄養素、サイトカイン、ホルモン、代謝物などは、それ自身が発がんメカニズムに直接的に関与しているものもあれば、ある因子の曝露の結果を反映しているものも存在すると想定されます。例えば肥満は、アディポサイトカイン、インスリン、慢性炎症、性ホルモンなどに影響を与えることから、がん罹患リスクとの関連においては、肥満による直接的な効果とこれらの血中バイオマーカーが媒介した効果に分けることによって、血中バイオマーカーの意義を明らかにすることが可能となります。このように血中バイオマーカーの媒介効果を明らかにする研究を行っています。
1 日本人男性において肥満と大腸がんとの関連を媒介する脂肪細胞由来ホルモンの重要性
▼ 分子病理疫学研究
1)大腸がんの腫瘍組織を用いた研究
多目的コホート研究の参加者の中で、秋田県横手ないし沖縄県中部に在住の男女約2万名の方々を2000年から2014年末まで追跡するなかで、大腸がん罹患約650症例を把握しました。そのうち約560症例について、地域の基幹病院から腫瘍組織を収集することができました。集めた腫瘍組織を用いて、ターゲットシークエンス解析により腫瘍の遺伝子変異を、また免疫組織染色により腫瘍の蛋白発現を測定しており、これまでに以下のような成果を報告しています。
1 喫煙とKRAS・BRAF変異で細分類された大腸がん罹患リスクとの関連について
2 ビタミンDの食事摂取とビタミンD受容体発現量で細分類された大腸がん罹患リスクとの関連について
3 身長・肥満度(BMI)・身体活動量とインスリン受容体の発現量に応じて細分類された大腸がんの罹患リスクとの関連について