リキッドバイオプシー活用でがんの克服目指す
注:本ページは2024年2月時点の情報です。
がんの遺伝子異常の有無を調べ、個々の患者さんに合った治療を選択する「がんゲノム医療」が広がる中、世界的にも注目されているのが、血液を用いて遺伝子の異常を検出するリキッドバイオプシーです。薬を選択するための検査にとどまらず、再発リスクの検出、さまざまながんの早期発見への活用が期待されるリキッドバイオプシーについて、東病院医薬品開発推進部・国際研究推進室長の中村能章医師が解説します。
東病院 医薬品開発推進部 国際研究推進室長
中村 能章(なかむら・よしあき)医師
経歴紹介
2009年大阪大学医学部卒業。東病院消化管内科レジデントなどを経て2022年5月より現職。消化管内科診療の傍ら、リキッドバイオプシーや新薬の研究・開発を進めている。専門はがんゲノム医療。
尿や脳脊髄液、喀痰などが使われることもありますが、現在最も開発が進んでいるのが血液を用いたリキッドバイオプシーです。がんの種類にもよるものの、がんの患者さんの血液の中には腫瘍由来のDNA(circulating tumor DNA:ctDNA)が存在するため、血液を解析することで、遺伝子異常の種類など、そのがんの性質を知ることができるのです。
すでに、がん医療の現場ではリキッドバイオプシーが実用化されています。代表的なのが、標準治療が終わった、あるいは標準治療がないステージ4の固形がん(臓器や組織などに腫瘍を作る、血液がん以外のがん)の患者さんを対象としたがん遺伝子パネル検査に用いられているリキッドバイオプシーです。300種類以上の遺伝子異常の有無を一度に解析することができるリキッドバイオプシーで、組織を用いたパネル検査ができないときなどに使われています。
血液を用いたリキッドバイオプシーのメリットの1つは、血液を採取するだけなので、患者さんの体への負担が少ないことです。また、組織を用いた場合と比べて遺伝子解析にかかる時間が短いため、患者さんに効率よくがんゲノム医療を届けられることも大きなメリットです。
東病院を中心に展開している産学連携全国がんゲノムスクリーニングプロジェクト「SCRUM-Japan(スクラム・ジャパン)」で、リキッドバイオプシーを用いたときの登録から結果返却までの期間は平均11日で、腫瘍組織の検体を用いたとき(平均33日)の3分の1でした。解析結果を待っている間に病状が進行し薬物療法が受けられなくなる場合があるため、迅速に結果が返却されたリキッドバイオプシーの方が、治験に入った患者さんの割合も高くなりました。
HER2というタンパクの増幅は乳がんの患者さんによくみられる遺伝子異常ですが、大腸がんでは全体の2~3%と、かなりまれです。リキッドバイオプシーで比較的簡単に遺伝子異常が同定できれば、通常は開発が難しい希少なタイプのがんでも迅速に新薬の承認につなげられる可能性があります。
この研究では、手術で切除した腫瘍組織を解析し、その腫瘍に多い16の遺伝子変異を基に個々の患者さんに合ったオリジナルのリキッドバイオプシーを作成しています。そして、そのリキッドバイオプシーで、血液中に腫瘍由来のDNAが検出されていないかどうかを定期的にモニタリングしています。手術後4週時点でリキッドバイオプシーを実施し、腫瘍由来のDNA が検出された患者さんは、少量のがん細胞が体のどこかに残っている可能性があり再発リスクが高いため、より強力な抗がん剤治療を実施し再発を抑える必要があると考えられます。現在、腫瘍由来のDNAが検出された大腸がんの患者さんに最適な術後補助化学療法を確立することを目的とした第III相国際共同医師主導治験・ALTAIR 試験を実施中です。
逆に、手術後4週時点で腫瘍由来のDNAが検出されなければ再発リスクは極めて低いので、術後の抗がん剤治療を省略できないかということで、別の医師主導臨床試験・VEGA試験も進めています。将来的には、大腸がんの手術後にリキッドバイオプシーによる検査を受け、再発リスクが低い人は抗がん剤治療なし、リスクが高い人はより強い抗がん剤治療といったように個別化治療が進む可能性があります。
日本で科学的根拠のあるがん検診として、現在推奨されているのは、乳がん、子宮頸がん、大腸がん、胃がん、肺がんの5つの検診ですが、日本人のがんによる死亡の少なくとも50%以上は、検診対象外のがんが原因です。比較的負担の少ない血液検査で、検診の対象になっていないがんの早期発見ができれば、がんで亡くなる患者さんを減らせる可能性があります。
特に、発見された段階で手術ができないほど進行している人が多いのが膵がん、卵巣がんなどです。そういったがんの早期発見が、血液を用いたリキッドバイオプシーによって可能になれば、がんが治る患者さんが増えることが期待されます。
英国や米国ではすでに、がんの早期発見を目的に、健康な人に対するリキッドバイオプシーの効果と安全性をみる大規模な臨床試験が実施されています。私たちも、日本人やアジア人のがんの早期発見が可能なリキッドバイオプシーを開発できないかと考え、臨床試験の準備を進めているところです。
ただ、これはすでにがんになっている患者さんの場合も同じですが、血液を用いたリキッドバイオプシーには限界もあります。それは、がんの種類によっては腫瘍由来のDNAが血液中に遊離しにくいものがあるためです。
例えば、脳腫瘍由来のDNAは血液中に遊離しにくいので、脳脊髄液を用いたリキッドバイオプシーの研究が進んでいます。一方、腎細胞がんや膀胱がんなど泌尿器系のがんは、血液より尿を用いた方がよいと考えられます。血液を用いたリキッドバイオプシーでは遺伝子異常が検出されないがんもあるため、前述のように、ステージ4を対象にしたがん遺伝子パネル検査では、十分な腫瘍組織があるのであれば、組織を用いた遺伝子解析が優先されます。
さらに、健康な人を対象としたがんの早期発見に血液を用いたリキッドバイ オプシーを使うためには課題もあります。1つは、不要な検査と患者さんの心理的な不安を減らすためには、どの臓器にがんが存在するかを、ある程度特定する必要があるということです。また、がんではないのにがんだと判断してしまう「偽陽性」、がんなのにがんではないと判断してしまう「偽陰性」は限りなく0に近い状態にするように精度を高めることも重要です。
リキッドバイオプシーは早期発見を含め、がんのステージ0~4まであらゆる患者さんに役立つ可能性を秘めています。研究を進めてがんが治る人を増やし、がんの克服を目指したいです。
がんの遺伝子異常の有無を調べ、個々の患者さんに合った治療を選択する「がんゲノム医療」が広がる中、世界的にも注目されているのが、血液を用いて遺伝子の異常を検出するリキッドバイオプシーです。薬を選択するための検査にとどまらず、再発リスクの検出、さまざまながんの早期発見への活用が期待されるリキッドバイオプシーについて、東病院医薬品開発推進部・国際研究推進室長の中村能章医師が解説します。
東病院 医薬品開発推進部 国際研究推進室長
中村 能章(なかむら・よしあき)医師
経歴紹介
2009年大阪大学医学部卒業。東病院消化管内科レジデントなどを経て2022年5月より現職。消化管内科診療の傍ら、リキッドバイオプシーや新薬の研究・開発を進めている。専門はがんゲノム医療。
がんゲノム医療を効率よく届けられるメリットも
リキッドバイオプシーは、血液や体液を採取して得た検体を解析して、遺伝子異常の有無や種類などを調べる検査技術です。リキッドは英語で「液体」、バイオプシーは病理検査を行うために細胞や組織を採取する「生検」を意味します。尿や脳脊髄液、喀痰などが使われることもありますが、現在最も開発が進んでいるのが血液を用いたリキッドバイオプシーです。がんの種類にもよるものの、がんの患者さんの血液の中には腫瘍由来のDNA(circulating tumor DNA:ctDNA)が存在するため、血液を解析することで、遺伝子異常の種類など、そのがんの性質を知ることができるのです。
すでに、がん医療の現場ではリキッドバイオプシーが実用化されています。代表的なのが、標準治療が終わった、あるいは標準治療がないステージ4の固形がん(臓器や組織などに腫瘍を作る、血液がん以外のがん)の患者さんを対象としたがん遺伝子パネル検査に用いられているリキッドバイオプシーです。300種類以上の遺伝子異常の有無を一度に解析することができるリキッドバイオプシーで、組織を用いたパネル検査ができないときなどに使われています。
血液を用いたリキッドバイオプシーのメリットの1つは、血液を採取するだけなので、患者さんの体への負担が少ないことです。また、組織を用いた場合と比べて遺伝子解析にかかる時間が短いため、患者さんに効率よくがんゲノム医療を届けられることも大きなメリットです。
東病院を中心に展開している産学連携全国がんゲノムスクリーニングプロジェクト「SCRUM-Japan(スクラム・ジャパン)」で、リキッドバイオプシーを用いたときの登録から結果返却までの期間は平均11日で、腫瘍組織の検体を用いたとき(平均33日)の3分の1でした。解析結果を待っている間に病状が進行し薬物療法が受けられなくなる場合があるため、迅速に結果が返却されたリキッドバイオプシーの方が、治験に入った患者さんの割合も高くなりました。
リキッドバイオプシーを新薬開発にも活用
SCRUM-Japanでは、リキッドバイオプシーで患者さんの遺伝子異常を同定した結果を用いた新薬の開発も進めています。例えば、リキッドバイオプシー、または組織を用いた検査でHER2陽性だった大腸がんの患者さんを対象に、抗HER2薬のペルツズマブとトラスツズマブの併用療法を実施した医師主導治験では、約3割の患者さんの腫瘍が縮小しました。この結果を受けて、2022年3月には、化学療法の治療歴のあるHER2陽性大腸がんに、ペルツズマブとトラスツズマブの併用療法の適応が拡大され、保険診療で使えるようになりました。HER2というタンパクの増幅は乳がんの患者さんによくみられる遺伝子異常ですが、大腸がんでは全体の2~3%と、かなりまれです。リキッドバイオプシーで比較的簡単に遺伝子異常が同定できれば、通常は開発が難しい希少なタイプのがんでも迅速に新薬の承認につなげられる可能性があります。
術後の再発リスクを予測し個別化治療を促進
まだ研究段階ではありますが、手術後の再発リスク予測にもリキッドバイオプシーが活用されるようになってきています。東病院を中心に進めている、大腸がんの術後補助化学療法の個別化治療の開発プロジェクト「CIRCULATE-Japan(サーキュレートジャパン)」の研究では、手術後の微小残存病変の有無をリキッドバイオプシーで測定することで、再発リスクが予測できることが分かりました。この研究では、手術で切除した腫瘍組織を解析し、その腫瘍に多い16の遺伝子変異を基に個々の患者さんに合ったオリジナルのリキッドバイオプシーを作成しています。そして、そのリキッドバイオプシーで、血液中に腫瘍由来のDNAが検出されていないかどうかを定期的にモニタリングしています。手術後4週時点でリキッドバイオプシーを実施し、腫瘍由来のDNA が検出された患者さんは、少量のがん細胞が体のどこかに残っている可能性があり再発リスクが高いため、より強力な抗がん剤治療を実施し再発を抑える必要があると考えられます。現在、腫瘍由来のDNAが検出された大腸がんの患者さんに最適な術後補助化学療法を確立することを目的とした第III相国際共同医師主導治験・ALTAIR 試験を実施中です。
逆に、手術後4週時点で腫瘍由来のDNAが検出されなければ再発リスクは極めて低いので、術後の抗がん剤治療を省略できないかということで、別の医師主導臨床試験・VEGA試験も進めています。将来的には、大腸がんの手術後にリキッドバイオプシーによる検査を受け、再発リスクが低い人は抗がん剤治療なし、リスクが高い人はより強い抗がん剤治療といったように個別化治療が進む可能性があります。
リキッドバイオプシーで早期発見ができる可能性も
もう1つ、リキッドバイオプシーの活用法として期待されるのが、血液中に腫瘍由来のDNAが含まれていないかを定期的に確認することによる、がんの早期発見です。日本で科学的根拠のあるがん検診として、現在推奨されているのは、乳がん、子宮頸がん、大腸がん、胃がん、肺がんの5つの検診ですが、日本人のがんによる死亡の少なくとも50%以上は、検診対象外のがんが原因です。比較的負担の少ない血液検査で、検診の対象になっていないがんの早期発見ができれば、がんで亡くなる患者さんを減らせる可能性があります。
特に、発見された段階で手術ができないほど進行している人が多いのが膵がん、卵巣がんなどです。そういったがんの早期発見が、血液を用いたリキッドバイオプシーによって可能になれば、がんが治る患者さんが増えることが期待されます。
英国や米国ではすでに、がんの早期発見を目的に、健康な人に対するリキッドバイオプシーの効果と安全性をみる大規模な臨床試験が実施されています。私たちも、日本人やアジア人のがんの早期発見が可能なリキッドバイオプシーを開発できないかと考え、臨床試験の準備を進めているところです。
ただ、これはすでにがんになっている患者さんの場合も同じですが、血液を用いたリキッドバイオプシーには限界もあります。それは、がんの種類によっては腫瘍由来のDNAが血液中に遊離しにくいものがあるためです。
例えば、脳腫瘍由来のDNAは血液中に遊離しにくいので、脳脊髄液を用いたリキッドバイオプシーの研究が進んでいます。一方、腎細胞がんや膀胱がんなど泌尿器系のがんは、血液より尿を用いた方がよいと考えられます。血液を用いたリキッドバイオプシーでは遺伝子異常が検出されないがんもあるため、前述のように、ステージ4を対象にしたがん遺伝子パネル検査では、十分な腫瘍組織があるのであれば、組織を用いた遺伝子解析が優先されます。
さらに、健康な人を対象としたがんの早期発見に血液を用いたリキッドバイ オプシーを使うためには課題もあります。1つは、不要な検査と患者さんの心理的な不安を減らすためには、どの臓器にがんが存在するかを、ある程度特定する必要があるということです。また、がんではないのにがんだと判断してしまう「偽陽性」、がんなのにがんではないと判断してしまう「偽陰性」は限りなく0に近い状態にするように精度を高めることも重要です。
リキッドバイオプシーは早期発見を含め、がんのステージ0~4まであらゆる患者さんに役立つ可能性を秘めています。研究を進めてがんが治る人を増やし、がんの克服を目指したいです。