乳がんの脳転移メカニズムにエクソソームが関与 脳転移の早期診断への応用に期待
2015年4月2日
国立研究開発法人 国立がん研究センター
本研究成果のポイント
乳がん細胞の脳転移メカニズムにエクソソームと特定のマイクロRNAが関与していることを世界に先駆け報告。
- 乳がん細胞より分泌されるエクソソームという小胞による新たな脳転移メカニズムを解明した。
- エクソソームに含まれるマイクロRNA(miR-181c)が血液脳関門を破壊することで脳転移に関与していることを明らかにした。
- 脳転移患者血清においても、miR-181cの存在量が有意に上昇しており、早期診断・新規治療法の開発への応用に期待される。
国立研究開発法人 国立がん研究センター(理事長:堀田知光、所在地:東京都中央区、略称:国がん)は、乳がんの脳転移について、がん細胞より分泌される微小な小胞エクソソーム(注1)が生体バリアである血液脳関門(blood-brain barrier, 以下BBB)の破壊に関与することで、がんが容易に脳転移を起こすことを世界に先駆け明らかにしました。
本研究成果は、研究所分子細胞治療研究分野 富永直臣研修生、落谷孝広分野長の研究グループが厚生労働省第3次対がん総合戦略研究事業及び文部科学省次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム(P-DIRECT)の支援を受けて行ったもので、米科学誌Nature姉妹誌のジャーナルNature Communications(電子版)に4月1日付けで掲載されました。
落谷孝広分野長の研究グループはこれまでも、血液中に存在するエクソソームを診断に活用した大腸がんの早期診断方法の開発(Nature Communications 2014)、や乳がんの術後長期間を経ての再発、転移メカニズムの解明(Science Signaling 2014)に成功しています。
背景
乳がんは、日本人女性のがん罹患の中でも最も多く、今後さらに急増するものと推測されています。乳がんは比較的予後の良いがんとして知られていますが、一方で治療後、長期間を経て脳転移が認められることがあります。現在、治療法の改善による予後の長期化や診断機器の精度向上により脳転移が見つかる患者数の増加が予想されています。脳への転移は予後に大きな影響を及ぼし、またQOLを著しく低下させます。しかし、脳転移のメカニズムは不明な点が多く、その機序解明は重要な課題となっていました。
脳血管は、BBBと呼ばれる構造によって脳実質への物質透過を制限及び調節しています。脳転移のメカニズムにおいて、何故がん細胞が生体バリアであるBBBを通過できるのかは大きな謎であり、分泌タンパク質を始めとする様々な分子やがん細胞の浸潤機序などが研究されてきました。しかし、どのような分子が、がん細胞のBBBの通過に大きく関与するかは、完全に明らかにされていませんでした。
研究成果概要
がん細胞が分泌する直径約100ナノメーターの顆粒(エクソソーム)は、がんの悪性化を制御するマイクロRNA(注2)を周囲の細胞に運ぶ伝達手段として知られています。本研究では、がん細胞が分泌するエクソソームが、生体バリアであるBBBを破壊し、容易に脳転移を起こすことを明らかにしました。
乳がん脳転移細胞株を樹立し、脳血管構造を模倣したin vitro BBBモデルを用いて検討を行いました。その結果、脳転移細胞株により分泌されたエクソソームがBBBを構成する細胞の密着結合及び接着結合の状態を変化させることが明らかとなりました。網羅的解析の結果をもとに、エクソソームに内包されたマイクロRNA(miR-181c)をin vitro BBBモデルに導入したところエクソソームを処理した場合と同様にBBBが破壊されました。また、miR-181cは細胞内で、PDPK1(注3)と呼ばれる分子を標的とし、PDPK1の発現を抑制します。PDPK1が抑制されることにより、アクチンの脱重合(注4)を促進するコフィリン(注5)が活性化することが明らかとなりました。この現象の結果、BBBの破壊につながっていると考えられます。さらに、マウスモデルにおいて脳転移細胞株により分泌されたエクソソームは、脳に集積し、血管の透過性を促進し、脳転移を促進することも証明しました。これらのことから、エクソソームに含まれるmiR-181cが血管内皮細胞のPDPK1を抑制しコフィリンを活性化することでアクチンを不安定化させ、BBBの構造を変化させた結果、BBB破壊を引き起こし、がん細胞が容易にBBBを通過し、脳転移を確立していると考えられます。
さらに、脳転移のある患者さんと脳転移のない患者さんの血清中に含まれるエクソソームを調べたところ、脳転移のない患者さんに比べ脳転移のある患者さんでは、miR-181cが多く含まれていることが明らかとなりました。
図:がん細胞由来のエクソソームは、BBBを構成する脳血管内皮細胞に取り込まれる。
エクソソーム中のマイクロRNA(miR-181c)は標的mRNAに結合し、PDPK1と呼ばれるタンパク質の発現を抑制する。PDPK1の発現抑制により、BBBを構成する細胞の密着結合及び接着結合の状態を変化させるコフィリンと呼ばれるタンパク質が活性化され、BBBの裏打ちタンパク質であるアクチンの脱重合を促進する事でBBBが破壊される。その結果、がん細胞が容易にBBBを通過し、脳転移が形成される。
今後の展望
新たにがんの脳転移メカニズムを明らかにした本研究の成果は、早期発見および新規治療法の開発への応用が期待されます。具体的には、患者さんの血清から特定のマイクロRNAを検出することで脳転移の早期発見に寄与する可能性が考えられます。さらに、がん細胞によるエクソソーム分泌の抑制やmiR-181cを標的とした治療法の開発など、新たな治療法の確立ヘの道を拓くことが期待されます。
本研究への期待
中央病院 乳腺・腫瘍内科長 田村研治 医師のコメント
本研究の共同著者でもある国立がん研究センター 中央病院 乳腺・腫瘍内科 田村研治 医師は以下のように述べています。
「進行乳がんの治療の中心は全身的治療(抗がん剤、ホルモン剤、分子標的薬剤)です。最近の新薬の開発により治療成績は着実に向上していますが、それを妨げる最も大きな因子の一つが脳転移です。脳転移の画像診断はMRIやCTが一般的ですが、実地医療において無症状の場合、この検査を頻回に施行することは困難です。又、抗悪性腫瘍薬(特に抗体医薬)はBBBのため脳への移行が不良と考えられており、脳転移の治療は手術や放射線治療となりますが、再燃が多く致死的となる場合が少なくありません。
今回の研究成果は、血液中のmiR-181cを測定することで脳転移の早期発見が可能になることを期待させます。手術や放射線治療をもっと早い段階で行うことにより、致死的になる前に脳転移を制御することが可能になります。又、miR-181cを標的とした新薬の開発を行うことで、将来、脳転移の予防薬が実現化すれば、乳がんだけでなく、全てのがん種においてその治療成績飛躍的に向上します。
一般の臨床導入には一定のプロセスと時間がかかりますが、今回の研究成果は、がんの治療体系を大きく変えるかもしれない重要な発見として評価されました。」
発表雑誌
- 雑誌名:Nature Communications(外部サイトにリンクします)
- 論文タイトル:
Brain metastatic cancer cells release microRNA-181c-containing extracellular vesicles capable of destructing blood-brain barrier - 著者:
Naoomi Tominaga, Nobuyoshi Kosaka, Makiko Ono, Takeshi Katsuda, Yusuke Yoshioka, Kenji Tamura, Jan Lo¨tvall, Hitoshi Nakagama & Takahiro Ochiya(責任者) - DOI番号:10.1038/ncomms7716
- URL:http://www.nature.com/ncomms/2015/150401/ncomms7716/full/ncomms7716.html(外部サイトにリンクします)
用語解説
- 注1 エクソソーム:
細胞が分泌する100nm程度の小胞顆粒。 - 注2 マイクロRNA:
タンパク質の発現を抑制する機能を持つ、小さなRNA。細胞内には、多種類のマイクロRNAが存在し、様々なタンパク質の発現量を調節している。 - 注3 PDPK1:
タンパク質をリン酸化する機能を持つ。タンパク質のリン酸化によって、機能が調節される。 - 注4 アクチンの脱重合:
アクチン分子が連なることでアクチン線維を形成しており、この連なりを重合するという。アクチン線維を形成することで、細胞全体の形状、膜タンパク質の局在を維持することができる。一方、脱重合すると、アクチン分子の連なりが無くなり、線維構造が失われる。結果的に、アクチンの脱重合が起こった細胞は、細胞全体の形状を維持できなくなる。本研究中では、膜に局在すべきタンパク質が、アクチンの脱重合によって膜局在できなくなっている。 - 注5 コフィリン:
アクチン繊維と呼ばれる細胞骨格を破壊するタンパク質。
プレスリリース
- 乳がんの脳転移メカニズムにエクソソームが関与
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