抗がん剤感受性の指標や抗がん剤耐性克服に期待乳がんの抗がん剤耐性メカニズムにマイクロRNAが関与
2015年6月15日
国立研究開発法人国立がん研究センター
本研究成果のポイント
乳がん細胞の抗がん剤耐性メカニズムに特定のマイクロRNAが関与していることを世界に先駆け報告。
- 特定のマイクロRNA(miR-27b)の発現が低下または欠損すると、乳がん細胞では抗がん剤を細胞外へ排出する機構が亢進し、抗がん剤耐性が誘導された。
- 抗がん剤耐性を誘導するmiR-27bの標的分子として、糖尿病の関連因子であるENPP1を同定した。
- 乳がん組織においてもmiR-27bの発現低下とともにENPP1の発現亢進が認められた。
- miR-27bの発現が低下している細胞集団は腫瘍形成能を維持あるいは亢進させていたため、乳がんの幹細胞の形成にも関与している可能性が示唆された。
国立研究開発法人 国立がん研究センター(理事長:堀田知光、所在地:東京都中央区、略称:国がん)は、乳がんにおける抗がん剤耐性が特定のマイクロRNA(注1)の発現低下あるいは欠損により誘導されることを世界に先駆けて明らかにしました。
本研究成果は、研究所 分子細胞治療研究分野 高橋陵宇研究員、落谷孝広主任分野長の研究グループが厚生労働省AMED革新的がん医療実用化研究事業の支援を受けて行ったもので、米科学誌Nature姉妹誌のジャーナルNature Communications(外部サイトにリンクします)(電子版)に6月12日付けで掲載されました。
落谷孝広主任分野長の研究グループはこれまでも、乳がんにおけるエクソソーム(注2)とマイクロRNAに関する研究を精力的に行い、術後長期間を経ての再発、転移メカニズム(Science Signaling 2014)や脳転移のメカニズム(Nature Communications 2015)にエクソソームと特定のマイクロRNAが関与することを報告し、世界的にも注目されています。
背景
乳がんは、日本人女性のがん罹患の中でも最も多く、今後さらに急増するものと推測されています。乳がんの治療において抗がん剤が効かない、次第に効かなくなるといった薬剤耐性の問題は、患者さんにとって大きな不安となっています。
乳がん細胞が抗がん剤耐性を獲得するメカニズムは、いまだ十分に解明されておらず、克服すべき研究課題となっています。これまでの抗がん剤耐性に関する研究では、薬剤のがん細胞外への排出機序をはじめとして、耐性化に関わる分子自体を解明する研究が多く行われてきました。その一方で、「なぜ耐性化が誘導されるのか」は、十分に明らかにされていませんでした。
また、近年、高い腫瘍形成能をもち、また抗がん剤耐性を示す細胞集団としてがん幹細胞(注3)が存在することが複数のがん種で報告されており、がん幹細胞の形成機序の解明や特異的表面マーカーの同定も新たな課題となりつつあります。
研究成果の概要
これまでに乳がんの細胞株を用いた研究からドセタキセルという抗がん剤の耐性化に伴い複数のマイクロRNAに発現低下あるいは欠損が生じることを発見し、報告しました(Yamamoto et al., Mol Cancer. 2011)。
本研究では、上記のマイクロRNA群の中で、多くの乳がんにおいて染色体異常が報告されている第9番染色体に位置するmiR-27bというマイクロRNAに注目して解析を行いました。その結果、乳がん細胞においてmiR-27bの発現低下あるいは欠損によりドセタキセル耐性が誘導されることを世界ではじめて明らかにしました。miR-27bの発現が低下した乳がん細胞では、ドセタキセルなどの薬剤を細胞外に排出する分子(トランスポーター)の発現が亢進し、抗がん剤耐性が獲得されることが判明しました。さらに、miR-27bの標的分子であり抗がん剤耐性を誘導する分子として、糖尿病に関連する因子であるENPP1(Ectonucleotide pyrophosphatase/ phosphodiesterase1)(注4)を同定し、乳がんの悪性度を亢進させる可能性があることも明らかにしました。実際、術後の乳がん組織においてもmiR-27bの発現低下とともにENPP1発現の亢進が認められました。
また、動物実験においてmiR-27bの発現が低下している細胞集団においてはドセタキセル耐性だけでなく、腫瘍形成能の維持よび亢進を認めました。このことからmiR-27b発現が低下している細胞集団が乳がんの幹細胞集団の形成にも大きく関与していると考えられました。
図:マイクロRNAの発現低下に伴う抗がん剤耐性化機構の解明
ほとんどの乳がん細胞は細胞外への薬剤排出能をもたないため、細胞内に取り込まれたドセタキセルにより細胞死が誘導される(図の上段)。一方で、ドセタキセル投与下でも、ごく一部の乳がん細胞では自身のマイクロRNA(miR-27b)の発現量を低下させることで、薬剤排出能を獲得する(図の下段)。miR-27bの発現低下に伴い、その標的分子であるENPP1の発現が亢進する。ENPP1は薬剤排出能を持つトランスポーター(ABCG2トランスポーター)を細胞表面に提示させることで、乳がん細胞に薬剤排出能を獲得させる。
今後の展望
本研究の成果から、miR-27bの発現を調べることによりドセタキセルに対する感受性の変化を予測しながら治療を行えることが可能になるかもしれません。さらには、miR-27bのミミック(内在性のマイクロRNAを模倣した機能性核酸)とドセタキセルを併用した新規治療法を検討することで、薬剤耐性の克服にも期待がもたれます。また、miR-27bの発現制御機構をより詳細に検討することで、がん幹細胞集団が形成される分子メカニズムの解明にもつながると考えられます。
本研究への期待
中央病院 乳腺・腫瘍内科長 田村研治 医師のコメント
本研究の共同著者でもある国立がん研究センター 中央病院 乳腺・腫瘍内科 田村研治 医師は以下のように述べています。
進行乳がんのさらなる治療成績の向上には、抗がん剤の耐性機構(同じ抗がん剤を繰り返し使用しているうちに効果が得られなくなる現象)の解明と克服が突破口となります。又、乳がんの中でも「トリプルネガティブ」というサブタイプは、がん幹細胞が豊富で、非常に悪性度が高く難治がんの一つです。本研究では、特定のマイクロRNAが低下することが、抗がん剤をがん細胞の外に排出するしくみを促進し耐性になること、又、がん幹細胞や悪性度にも関連することを示しています。さらに興味深いのは、II型糖尿病の関連分子であるENPP1がこのマイクロRNA標的であったことです。「乳がん」と「糖尿病」の2つの疾患における関連分子には共通なものが多くみられることが、最近の研究で明らかとなってきました。ENPP1は乳がんにおいて発現量が高く、悪性度や骨転移などにも関連しています。また、糖尿病治療薬の1つであり、本研究でマイクロRNAを介してENPP1の発現を抑制する作用があることが明らかにされたメトフォルミンのがん治療への応用が期待されます。今回の発見は、抗がん剤の耐性克服や、がん幹細胞を標的とした創薬においても重要であるだけでなく、このようなマイクロRNA研究が、疾患を超えて、治療開発に重要な標的分子を明らかにするのに有用である可能性を感じます。
発表雑誌
- 雑誌名:Nature Communications(外部サイトにリンクします)
- 論文タイトル:Loss of microRNA-27b contributes to breast cancer stem cell generation by activating ENPP1
- 著者:Ryou-u Takahashi, Hiroaki Miyazaki, Fumitaka Takeshita, Yusuke Yamamoto, Kaho Minoura, Makiko Ono, Makoto Kodaira, Kenji Tamura, Masaki Mori & Takahiro Ochiya(責任者)
- DOI番号:10.1038/ncomms8318
- URL:http://www.nature.com/ncomms/2015/150612/ncomms8318/full/ncomms8318.html(外部サイトにリンクします)
用語解説
- 注1 マイクロRNA
タンパク質の発現を抑制する機能を持つ、小さなRNA。細胞内には、多種類のマイクロRNAが存在し、様々なタンパク質の発現量を調節している。 - 注2 エクソソーム
細胞が分泌する100ナノメートル程度の小胞顆粒。 - 注3 がん幹細胞
腫瘍組織が不均一ながん細胞集団によって形成されていることが明らかになり、そのような細胞集団の中で、抗がん剤などの既存の治療法に抵抗性を示し、かつ、腫瘍形成能を示すがん細胞のことをがん幹細胞として定義されるようになった。 - 注4 ENPP1
生体内のエネルギー源であるアデノシン三リン酸を分解する機能を持つタンパク質。また、インスリン受容体と結合してインスリン耐性を誘導したり、肥満や2型糖尿病との発症にも関与することが報告されている。
プレスリリース
- 乳がんの抗がん剤耐性メカニズムにマイクロRNAが関与
関連ファイルをご覧ください。
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