中央病院「MASTER KEYプロジェクト」の研究成果によってBRAF V600E遺伝子変異陽性固形腫瘍に対するがん種横断的治療薬が日本で薬事承認
2023年11月24日
国立研究開発法人国立がん研究センター
発表のポイント
- 中央病院「MASTER KEYプロジェクト」の枠組みで、がん種にかかわらず共通の腫瘍特性がある希少がん患者さんを登録する臨床試験が行われ、標準治療のない希少がんであるBRAF V600E遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発固形腫瘍の患者さんに対する分子標的薬のダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法の有効性・安全性が示されました。
- 本研究の結果から、成人におけるBRAF V600E遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発固形腫瘍に対するダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法が、がん種に関わらず臓器横断的に使用できる治療薬として日本で薬事承認されました。
- MASTER KEYプロジェクトでは、大規模な臨床試験の実施が難しい希少がんにおける治療開発の土台となり、日本での希少がんの治療開発を加速させ、希少がんの患者さんに、より早く、より多くの新薬を届けられるよう取り組んでまいります。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、所在地:東京都中央区)中央病院(病院長:島田和明)が行う、希少がんの産学共同プロジェクト「MASTER KEYプロジェクト」の枠組みで実施したがん種にかかわらず共通の腫瘍特性がある希少がん患者さんを登録する臨床試験(Rare Oncology Agnostic Research、以下ROAR試験)の結果から、BRAF V600E遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発固形腫瘍(以下、BRAF V600E固形腫瘍)に対する分子標的薬のダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法の有効性と安全性が示されました。ROAR試験は、MASTER KEYプロジェクトのプラットフォームを活用したノバルティス ファーマ株式会社との協働の元行われ、結果が米国学術雑誌「Nature Medicine」に掲載されています。
また、ROAR試験の結果などから、成人におけるダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法は希少がんに限らないBRAF V600E固形腫瘍の臓器横断的治療薬として2023年11月24日に薬事承認されました。
背景
希少がんとは、人口10万人あたり6例未満の「まれ」な「がん」であり、患者さんの数が著しく少ないために治療薬の開発が難しく臨床試験が進まない領域です。今回対象とした、BRAF V600E(注1)固形腫瘍は全固形腫瘍のわずか1%未満にしか存在しませんが、希少がんに多くみられる変異です。国立がん研究センター中央病院ではこのような アンメットメディカルニーズに対応すべく、製薬企業と協力し、希少がんの研究開発およびゲノム医療を推進するMASTER KEYプロジェクト(注2)で、希少がん領域でのバイオマーカー(遺伝子異常、タンパク発現等)に基づいた、複数の臨床試験を実施してきました。
日本では、バイオマーカーの発現に基づいたがん種に関わらず臓器横断的に使用できる治療薬の開発は進んでおりません。現在では、2018年に承認された高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する進行・再発の固形癌に対する治療薬のキイトルーダ、2019年のNTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形癌に対するエヌトレクチニブ、2021年のNTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形癌に対するラロトレクチニブ硫酸塩と3例のみです。ROAR試験に使用されたダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法(注3)は、日本では成人のBRAF V600E遺伝子変異を有する非小細胞肺がんもしくは悪性黒色腫に薬事承認が限られていましたが、米国では2022年にがん種に関わらず臓器横断的に使用できる治療薬としてFDAに承認されています。そこで中央病院では、日本でも成人のBRAF V600E遺伝子変異を持つ固形腫瘍患者さんへがん種に関わらず臓器横断的に使用できるよう薬事承認を目指し、ノバルティス ファーマ株式会社との協働の元、MASTER KEYプロジェクトの臨床試験第一号として研究を開始しました。
ROAR試験について
MASTER KEYプロジェクトの臨床試験として行われ、がん種にかかわらず共通の腫瘍特性がある患者さんを登録するバスケット試験方式で実施されました。多施設共同試験として2014年から13カ国27か所の地域の病院・施設から、BRAF V600E遺伝子変異のある成人の希少がん患者さん215名が登録され、分子標的薬ダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法の有効性と安全性を評価しました。
結果
BRAF V600E遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発固形腫瘍に対する治療薬として、分子標的薬のダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法の有効性と安全性が確認されました。本研究の結果は、米国学術雑誌「Nature Medicine」に掲載されています。
主要評価項目である研究者評価による奏効割合(有効性)の評価結果
甲状腺がん(登録数=36) | 56% |
胆道がん(登録数=43) | 53% |
消化管間質腫瘍(登録数=1) | 0% |
小腸腺がん(登録数=3) | 67% |
低悪性度の神経膠腫(登録数=13) | 54% |
高悪性度の神経膠腫(登録数=45) | 33% |
有毛細胞白血病(登録数=55) | 89% |
多発性骨髄腫(登録数=19) | 50% |
安全性の評価結果
すべてのコホートを通じて、これまでに薬事承認を受けているBRAFV600E遺伝子変異陽性の悪性黒色腫、非小細胞肺癌、および未分化甲状腺がんにおける既知の有害事象の内容と一致していました。最も頻度の高い治療関連の有害事象は、発熱(40.8%)、倦怠感(25.7%)、寒気(25.7%)、悪心(23.8%)、および発疹(20.4%)でした。
また上記の結果から、2023年11月24日に日本での成人におけるBRAF V600E遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発固形腫瘍に対する、がん種に関わらず臓器横断的に使用できる治療薬として、分子標的薬のダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法が薬事承認されました。この際、ROAR試験では検討されなかった希少がん以外のがん種での有効性・安全性については、「遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく複数の分子標的治療に関する患者申出療養(NCCH1901;BELIEVE試験)(注4)」の結果が参考にされ、がん種横断的な承認に至りました。
展望
MASTER KEYプロジェクトが大規模な臨床試験の実施が難しい希少がんにおける治療開発の実現に向けた土台となり、日本における希少がんの治療開発への更なる貢献が期待されます。今後も国立がん研究センター中央病院は、MASTER KEYプロジェクトを基盤として、希少がん患者さんにより早く、より多くの新薬を届けることを目指し、希少がんにおけるゲノム医療の推進、希少がんの新規治療開発の推進に取り組んでまいります。
用語解説
(注1)BRAF遺伝子について
BRAF 遺伝子は、細胞の増殖に関与する遺伝子です。BRAF V600E遺伝子変異は広範ながん種で認められおり、様々な固形腫瘍のがん増殖の促進因子となります。その多くは希少がんで検出され、頻度はがん種によって異なります。BRAF V600Eは最もよくみられる種類のBRAF遺伝子変異であり、BRAF遺伝子変異の最大90%を占めます。
(注2)MASTER KEY(Marker Assisted Selective ThErapy in Rare cancers: Knowledge database Establishing registrY Project)プロジェクト
希少がんは、一つ一つのがんの患者数が少ないため、これまで標準治療が十分に確立されておらず、臨床試験もあまり行われてこなかったため、希少がんの患者さんにとっては新しい薬を受けられる機会が限られていることが問題となってきました。MASTER KEYプロジェクトは、この世界共通の課題に国立がん研究センターと製薬企業が共同で取り組み、希少がんの患者さんに、より早く、より多くの新薬を届けることを目指しています。
MASTER KEYプロジェクトは、大きく二つの取り組みから成ります。一つは、希少がん患者さんの遺伝子情報や診療情報、予後データなどを網羅的に収集し、研究の基礎データとなる大規模なデータベースを構築するレジストリ研究です。このレジストリ研究により、これまで十分に調べられてこなかった希少がんの遺伝学的背景や病理学的特性が明らかになり、バイオマーカー探索や薬剤開発に役立てることが期待されます。レジストリ研究は2017年5月より固形がんで開始し、2018年10月からは血液がんも含め、これまで3,500人以上の患者さんにご登録いただいています。もう一つは、レジストリ研究の情報に基づいて行われる臨床試験(医師主導治験・企業治験)です。これらの治験では、がん種を限定したもの、あるいはがん種によらず特定のバイオマーカー(遺伝子異常、タンパク発現等)を有する患者さんを対象として薬剤の有効性、安全性を検討します。これらの治験を通じて、本プロジェクトに参加いただいた患者さんは自らのがんの特性にあわせた様々な新薬による治療機会を得られることが期待されます。
詳細は以下のホームページをご覧ください。
https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/masterkeyproject/index.html
(注3)ダブラフェニブ・トラメチニブ
ダブラフェニブ(商品名:タフィンラー®)とトラメチニブ(商品名:メキニスト®)の併用は、BRAF V600遺伝子変異を有する腫瘍の増殖に関与するMAPKシグナル伝達経路の2つの作用点で、細胞増殖シグナルを阻害することにより、ダブラフェニブ単剤に比べ、腫瘍増殖を阻害又は遅延させると考えられています。ダブラフェニブは、MAPKシグナルのBRAF変異型(V600E、V600KおよびV600D)のキナーゼ活性を阻害し、腫瘍増殖を抑制します。トラメチニブは、MEK1およびMEK2の活性化並びにキナーゼ活性を阻害することで細胞増殖シグナルがBRAF 変異型のキナーゼ活性を介さない迂回経路で無秩序に細胞増殖や腫瘍増殖が生じるのを抑制すると考えられています。すでに承認を取得しているBRAF 遺伝子変異を有する悪性黒色腫および非小細胞肺がんと同様に、その他の腫瘍においてもダブラフェニブ・トラメチニブ併用により、強力かつ持続的な腫瘍増殖抑制効果が認められており、併用療法により予後を改善することが期待されます。
(注4)遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく複数の分子標的治療に関する患者申出療養(NCCH1901;BELIEVE試験)
日本では、遺伝子パネル検査後の治療選択肢は十分ではなく、治療薬へのアクセスの改善が課題になっていました。BELIEVE試験では、治療選択肢を増やすため、がん遺伝子パネル検査結果によりがんの発育との関連があって治療薬が効きそうな見込みがある遺伝子異常を有する患者を対象に、それぞれの遺伝子異常に対応する適応外薬を添付文書に基づいて投与し、治療経過についてのデータを収集しています。複数の分子標的薬を1つのプロトコール内で行うマスタープロトコールを作成し、全てのがんゲノム医療中核拠点病院で実施する特定臨床研究です。患者さんが医師や関連病院に申出することで、先進的な医療について受けられる患者申出療養とは異なり、治療効果の散逸を避け、有効性と安全性の情報を蓄積し、本試験結果を参考に、治験“立案“につながることが期待されています。
詳細は以下のホームページをご覧ください。
https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/genome/90/index.html
参考
ノバルティス ファーマ株式会社プレスリリース
「ノバルティス、「タフィンラー®」「メキニスト®」併用療法のBRAF遺伝子変異陽性の固形腫瘍および有毛細胞白血病に係る効能又は効果と小児用法及び用量追加の承認取得」(2023年11月24日)
論文情報
Dabrafenib plus trametinib in BRAFV600E-mutated rare cancers: the phase 2 ROAR trial. Nat Med 29, 1103–1112 (2023).
Subbiah V, Kreitman RJ, Wainberg ZA, Gazzah A, Lassen U, Stein A, Wen PY, Dietrich S, de Jonge MJA, Blay JY, Italiano A, Yonemori K, Cho DC, de Vos FYFL, Moreau P, Fernandez EE, Schellens JHM, Zielinski CC, Redhu S, Boran A, Passos VQ, Ilankumaran P, Bang YJ..
https://doi.org/10.1038/s41591-023-02321-8(外部サイトにリンクします)
問い合わせ先
MASTER KEYプロジェクトに関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院
臨床研究支援部門 研究企画推進部 臨床研究支援室
MASTER KEY プロジェクト調整事務局
E-mail:NCCH1612_office●ml.res.ncc.go.jp
NCCH1901(BELIEVE)試験に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院
臨床研究支援部門 研究企画推進部 臨床研究支援室
NCCH1901調整事務局
E-mail:NCCH1901_office●ml.res.ncc.go.jp
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