腎細胞がんの新たな放射性医薬品の実用化を目指して-特定臨床研究によりPD-32766のPET診断薬としての可能性を確認、核医学の新たな診断薬ならびに治療薬への期待-
発表のポイント
- 国立がん研究センター東病院で淡明細胞型腎細胞がんの患者さんを対象にした64Cu-PD-32766のPETイメージングについて、人に対する初めての投与となるファースト・イン・ヒューマン試験を実施し、64Cu-PD-32766の診断的有用性を期待できる結果が示されました。
- PET陽性率:64Cu-PD-32766は病変部位に明瞭に集積することを確認できました。病変部位を基準に95%以上という高い集積陽性率を示し、診断的有用性が期待できる結果が得られました。
- 薬物動態: 64Cu-PD-32766は投与後5分までに血中濃度が速やかに減少し、病変部位への集積を示しつつも血中からの良好なクリアランスが確認されました。
- 安全性:64Cu-PD-32766投与による重篤な副作用及び有害事象は観察されず、忍容性は良好でした。
- 治療薬展開への期待:64Cuから治療用核種である225Acに置き換えて病変部位の被ばく線量を試算した場合、治療効果が得られる線量に達することが示唆されました。
- 本特定臨床研究の結果を64Cu-PD-32766によるセラノスティクス実現の可能性を示す成果として、ASCO Genitourinary Cancers Symposium 2025(米国腫瘍学会 泌尿生殖器がんシンポジウム、2025年2月開催)で発表しました。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)東病院(病院長:土井 俊彦、千葉県柏市、以下「国立がん研究センター東病院」)、先端医療開発センター(センター長:土原 一哉、以下「国立がん研究センター先端医療開発センター」)とペプチドリーム株式会社(代表取締役社長:リード・パトリック、本社:神奈川県川崎市)は、2023年11月より国立がん研究センターとペプチドリームで開始したCarbonic Anhydrase IX(CA9)を標的とする放射性医薬品の早期実用化に向けた取り組みのなかで、淡明細胞型腎細胞がん患者さんを対象にCA9を標的とする64Cu標識ペプチドである64Cu-PD-32766を投与する特定臨床研究(以下「本特定臨床研究」)をファースト・イン・ヒューマン試験注1として国立がん研究センター東病院で実施しました。
本特定臨床研究により、64Cu-PD-32766の診断的有用性を期待できる結果が得られました。また、64Cuを治療用核種である225Acに置き換えて計算した場合の病変部位における吸収線量は105.5±55.8 mGy/MBqとなり、これは治療効果を期待できる線量であると考えられます。
本特定臨床研究の結果を2025年2月に実施されたASCO Genitourinary Cancers Symposium 2025(米国臨床腫瘍学会 泌尿生殖器がんシンポジウム)で発表しました(ポスターはこちらのリンク(外部サイトにリンクします)からご覧いただけます)。
背景
腎細胞がんは、予後が非常に不良な疾患であるため、診断法や新規の治療法の確立が求められています。CA9は淡明細胞型腎細胞がんに高発現(95%以上)する細胞表面のがん抗原で、正常細胞ではほとんど発現しないことから、淡明細胞型腎細胞がんの診断・治療における重要な標的として注目されています。ペプチドリームは子会社であるPDRファーマとともにPD-32766を創製・開発しました。
本特定臨床研究はPD-32766を診断用放射性核種である64Cuで標識し、PET画像データを取得することにより、診断的有用性に加えて、貴重な人の薬物動態に関する情報を得ることを目的として実施されました(臨床研究実施計画番号:jRCTs031240046)。
取り組みの詳細
本特定臨床研究では、国立がん研究センター中央病院で培われた64Cu製造技術や国立がん研究センター先端医療開発センターで培われた放射性医薬品の製造技術を活用して製造した64Cu-PD-32766を、国立がん研究センター東病院にて淡明細胞型腎細胞がんの初発例および再発又は再発疑いの5名の患者さんに投与を行い、64Cu-PD-32766によるPET/CT検査の安全性、薬物動態および被ばく線量を評価しました。
64Cu-PD-32766投与による全身への実効線量は0.102±0.0361mSv/MBqであり、重篤な副作用及び有害事象は観察されませんでした。
また、64Cu-PD-32766の病変部位への集積は投与5分後からPET画像により確認でき、CT画像で判定した病変に対して、病変部位を基準にした場合は95%以上が64Cu-PD-32766を用いたPETイメージングでも確認され、高い集積陽性率を示しました。加えて、投与後5分から24時間まで、明瞭なPET画像が得られました。64Cu-PD-32766の血中濃度は投与後5分までに速やかに減少し、良好なクリアランス注2を確認することができました。
以上の点から、64Cu-PD-32766の診断的有用性を期待できる結果が得られました。
また、64Cuを治療用核種である225Acに置き換えて計算した場合の病変部位における吸収線量は105.5±55.8 mGy/MBqとなり、これは治療効果を期待できる線量であると考えられます。
展望
本特定臨床研究により、64Cu-PD-32766の診断的有用性に加え、安全性、薬物動態及び全身被曝線量を評価することにより診断的有用性を期待させる結果を得ることができました。本結果は225Acなどの治療用放射性核種を使った治療用放射性医薬品への展開、診断薬および治療薬の同時開発(セラノスティクス注3)を期待させるものでした。本特定臨床研究において、ごく少量の薬剤を患者さんに投与して得られた薬物動態や標的とする腫瘍への集積を評価することで、その後の臨床開発を大幅に加速することができることが期待できます。
国立がん研究センター東病院 病院長 土井 俊彦 コメント
「本特定臨床研究において、淡明細胞型腎細胞がんの患者さんへ64Cu-PD-32766が投与され、ごく少量の薬剤のがんへの到達が患者さんの体内で画像化できたことは、有効性や安全性を早期の段階で正確に予測できる可能性が広がり、大きな意味を持ちます。我々のミッションは、世界における主要ながん拠点として、患者さんに革新的な治療を提供し、日本の医療を改善していくことです。今般の結果を受け、がんを標的としたペプチドと診断・治療に活用できる放射性核種を組み合わせることで、淡明細胞型腎細胞がんだけでなく多くの患者さんに非常に有望な、新たな診断・治療法を届けることができる可能性があると期待しています。」
国立がん研究センター先端医療開発センター センター長 土原 一哉 コメント
「先端医療開発センターで培われた放射性医薬品の製造技術が、64Cu-PD-32766のファースト・イン・ヒューマン試験に貢献できたことを大変うれしく思っています。我々は新規医療技術を早期臨床試験へ橋渡しを行い、患者さんに革新的な治療を提供することを目的としています。引き続き、新しい放射性医薬品の研究開発の加速に貢献していきたいと考えています。」
ペプチドリーム株式会社 代表取締役社長CEO リード・パトリック コメント
「ペプチドリームで創製されたCA9を標的とするPD-32766の国立がん研究センターでのファースト・イン・ヒューマン試験において、このような素晴らしい結果が得られたことを大変喜ばしく思います。この薬剤は、環状ペプチドとして同定されたPD-32766を64Cu等の放射性核種で標識し、淡明細胞型腎細胞がんの患者さんの診断や治療に活用することを目指しています。これは当社グループが一丸となって取り組んできた成果であり、また国立がん研究センターとの協働においても重要な進捗と考えています。当社グループは、引き続きPD-32766を用いた放射性医薬品の開発を推進し、がん患者さんの治療のあり方に大きなインパクトを提供していきたいと考えています。」
腎細胞がんについて
腎細胞がんは米国におけるがん患者数で9番目に多く、全世界のがん患者さんの2%を占めます。2020年において全世界で約43万人の患者さんが腎臓がんと診断され、そのうち約9割が腎細胞がんと推計されています。また、進行腎細胞がんの5年生存率が17%と、予後の悪いがんとしても知られており、既存の手術や薬物療法に加え新たな治療法の開発が望まれています。主に3つのタイプ(淡明細胞型腎細胞がん・多房嚢胞性腎細胞がん・乳頭状腎細胞がん)があることが知られており、淡明細胞型腎細胞がんが約7割を占めています。
CA9とPD-32766について
CA9は淡明細胞型腎細胞がんに高発現(95%以上)する細胞表面のがん抗原で、正常細胞ではほとんど発現しないことから、淡明細胞型腎細胞がんの診断・治療における重要な標的として注目されています。ペプチドリーム株式会社は独自の創薬開発プラットフォームであるPDPS®(Peptide Discovery Platform System)を活用するとともに子会社であるPDRファーマ株式会社においてin vivoイメージング注4および薬効試験を実施し、PD-32766を創製しました。
参考資料
- First-in-human phase 0 safety, imaging, pharmacokinetics, and dosimetry study of 64Cu-PD-32766, a carbonic anhydrase IX (CAIX)-targeting peptide, in patients with clear cell renal cell carcinoma (ccRCC). (The 2025 ASCO Genitourinary Cancers Symposium)
- A novel Carbonic Anhydrase IX targeting radiopeptide, 64Cu-PD-32766 and 177Lu-PD32766, exhibit promising theranostic potential in ccRCC tumors. (American Association for Cancer Research (AACR) Annual Meeting 2024)
用語解説
注1 ファースト・イン・ヒューマン試験
人に対する投与が初めてとなる試験を「ファースト・イン・ヒューマン試験」と呼びます。
注2 クリアランス
血中の薬剤が体外に排出されるための腎臓などによる排泄能力を示す指標です。
注3 セラノスティクス
ペプチド等の同一薬剤をベースに、診断に使用される核種と治療に使用される核種を使い分けることで、治療と診断の両方を一体的に行う医療アプローチを指しています。セラノスティクスにより、がんの診断と治療を一体的に行うことが可能となり、治療が有効である可能性の高い患者さんの効果的な選定や、治療効果を随時把握することが可能になる等のメリットが期待されています。
注4 in vivoイメージング
放射性核種やその他の方法で標識した化合物を投与し、体内での挙動を観察することを指します。例えば、in vivoイメージング技術を用いることで、薬剤を投与した際に体内にどのように分布し、代謝・排泄されるか等の情報を視覚的に得ることができます。
国立がん研究センター東病院について
国立がん研究センター東病院は、1992年に設立され、年間11,000人を超える新患の方が訪れるがん専門病院です。世界レベルのがん医療の提供と新しいがん医療の創出をビジョンに掲げ、国の「特定機能病院」、「臨床研究中核病院」、「がんゲノム医療中核拠点病院」などに選定されています。数多くのアカデミア、企業が進出し産学連携の医療開発拠点として発展が進む千葉県柏市柏の葉地区に位置し、併設する先端医療開発センター(NCC-EPOC)とともに、国際的なネットワークを基盤とした研究開発の拠点として、先進的ながん治療薬・医療機器開発やゲノム医療をはじめとした個別化治療を推進し、多数の実績を上げています。
URL:https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/index.html
国立がん研究センター先端医療開発センターについて
国立がん研究センター先端医療開発センターの使命は、研究開発を推進することです。オープンイノベーションなど、医薬品、医療機器開発を取り巻く環境はめまぐるしく変化しています。我々は国立がん研究センターの各部門や、国内外の研究機関と協働しながら、こうした変化に即応できる組織を目指しており、再生・細胞医療、核医学治療、AI、ロボットなど、ゲームチェンジャーと期待される技術を特に注力すべき領域と定めています。
URL: https://www.ncc.go.jp/jp/epoc/index.html
ペプチドリームについて
ペプチドリーム株式会社(東証プライム市場 証券コード4587)は、特殊環状ペプチドから新たな革新的医薬品を産み出すことで、アンメット・メディカル・ニーズに応え、世界中の人々の生活の質を向上させることを目指しています。放射性医薬品(RI)領域において、完全子会社であるPDRファーマを通じて日本で放射性医薬品の販売を行っています。また、独自の創薬開発プラットフォームであるPDPS® (Peptide Discovery Platform System)技術を活用し、革新的な放射性治療薬や放射性診断薬を創製し、自社または提携プログラムとして開発しています。Non-RI領域においては、PDPS®を活用したペプチド医薬品、ペプチド-薬物複合体(PDC)および多機能ペプチド複合体(MPC)による治療薬・診断薬への展開を共同研究開発パートナーによる広範囲なグローバル・ネットワークを構築し、幅広く進めております。ペプチドリームの本社の所在地は川崎市です。当社や当社技術、パイプラインについての詳細については、https://www.peptidream.com(外部サイトにリンクします)をご覧ください。
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ/患者さんからのお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター
東病院 放射線診断科/先端医療開発センター 機能診断開発分野 稲木 杏吏
電話番号:04-7133-1111(代表)
Eメール:ainaki●east.ncc.go.jp
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室(柏キャンパス)
電話番号:04-7133-1111(代表)
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp
ペプチドリーム株式会社
IR広報部 沖本
電話番号:044-223-6612