マルチ・プローブによる数百ミクロンレベルでの⽣体組織分⼦イメージング技術を開発
2023 年 12⽉25⽇
東京⼤学国際⾼等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)
国立研究開発法人国立がん研究センター
1. 発表概要
東京⼤学国際⾼等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 特任助教であり国⽴がん研究センター先端医療開発センター外来研究員を兼ねる 柳下 淳 (やぎした あつし)⽒と武⽥ 伸⼀郎 (たけだ しんいちろう) ⽒をはじめとする Kavli IPMU や国⽴がん研究センター先端医療開発センター、慶應義塾⼤学医学部の研究者からなる研究グループは、Kavli IPMUの研究者らが中⼼となって開発した超⾼分解能⼩動物⽤ SPECT 装置 (図1) のイメージング技術を⽤いることで、数百ミクロンレベルで⽣体組織を複数の放射性核種プローブを同時に⽤いて詳細にイメージングできることを今回実証しました。この技術は、⼩動物⽣体組織の微細構造の可視化やがん細胞の微細な転移病変の観察を可能とすることから、医学研究の様々な分野での応⽤が期待されます。
本研究成果は、世界的な学術雑誌出版社 Springer Nature が発⾏する Scientific Reports誌に 2023 年 11 ⽉ 9 ⽇付で掲載されました。
2. 発表内容
動物⽣体内の分⼦イメージングでは、組織を透過しやすい放射線を発する放射性核種をプローブに⽤いたイメージングが⾏われます。放射線によるイメージングには主にポジトロン断層法(PET)と単⼀光⼦放射断層撮影(SPECT)があり、SPECT では複数の放射性核種のプローブを⽤いることが可能です。今回、武⽥伸⼀郎 Kavli IPMU 特任助教をはじめ Kavli IPMU の研究者らは、宇宙観測⽤に⽤いられていたテルル化カドミウム (CdTe, 注 1)半導体検出器を搭載した⼩動物⽣体内イメージング⽤の SPECT 装置を完成させました。この装置は、菅原寛孝 (すがわら ひろたか) ⾼エネルギー加速器研究機構名誉教授、武⽥伸⼀郎 Kavli IPMU 特任助教、織⽥忠 (おりた ただし) Kavli IPMU 特任助教らが沖縄科学技術⼤学院⼤学 (OIST) 在籍時に開発に着⼿し、研究を進めてきたものです。さらに、天体観測データの解析で⽤いられるスペクトル解析⽅法を応⽤することで、従来は困難であった複数の放射性核種プローブを同時に⽤いて、それぞれの⾼空間分解能の画像を得ることに成功しています (Takeda et al., IEEE TRPMS 2023 を参照)。(外部サイトにリンクします)
研究グループは、完成させた SPECT 装置と前述の解析⼿法を⽤いて、従来よりさらに⾼精度マルチ・プローブ分⼦イメージングの研究を⾏いました。本研究では、ヨウ素-125(125I) を吸着させた数百ミクロンサイズのスフェロイド (マウスの腫瘍細胞を培養して作成した塊) やビーズを⽤いたイメージング実験を⾏い、ガンマカウンターで測定した放射活性と⼀致する結果が得られました。特に、テクネチウム-99m (99mTc) の溶液の中に 125I を吸収させたビーズを⼊れて 2 核種を含むサンプルのイメージングを⾏った結果、ビーズを明瞭に識別することができ、装置の⾼い精度でのイメージング能⼒と放射線量の定量的な評価が確認されました。
さらに、この技術実証のため、研究グループはがん転移モデルマウスでも実験を⾏いました (図 2) 。4T1-mNIS がん細胞のリンパ節への数百ミクロン⼤の微⼩転移を含むイメージングを⾏い、99m Tc-フィチン酸 (リンパ流路・リンパ節のトレーサー) と 125I -NaI (腫瘍のトレーサー) の 2 つの放射性核種プローブを使⽤してイメージングを⾏ったところ、リンパ流路と転移性腫瘍の両⽅を同時に捉えることができ、組織を使⽤した弱拡⼤のマルチ・プローブ蛍光免疫染⾊法 (注 2) に⼀致する画像を再現しました。
今回、複数の放射線核種プローブを⽤いて数百ミクロンレベルで⾼空間分解能の画像を得られたことは極めて重要な意義を持ちます。⼩動物⽣体組織の微細構造の可視化や複数分⼦の局在・相互作⽤などを明らかにすることが可能であり、⽣物学研究、薬学研究、医学研究など様々な分野での応⽤が期待されます。
注:補⾜
本研究は、Kavli IPMU に発⾜し 2018 年 4 ⽉ 1 ⽇に本格的に活動を開始した「硬 X 線・ γ 線イメージング連携拠点」及び⽂部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究 (2018 ‒ 2022)「宇宙観測検出器と量⼦ビームの出会い。新たな応⽤への架け橋。(領域代表 ⾼橋忠幸)」に参画する研究者の連携のもと⽣み出された成果です。この研究グループは、宇宙観測
⽤に開発された硬 X 線・γ 線検出器である CdTe 検出器の異分野への応⽤や研究課題解決に活⽤すべく活動してきました。なお、「硬 X 線・γ 線イメージング連携拠点」は、慶應義塾⼤学医学部の協⼒のもと Kavli IPMU と JAXA 宇宙科学研究所の連携により、硬 X線・γ 線イメージング技術の核医学、特にがん研究への加速的応⽤を⾏うことを⽬標に⽴ち上げられた拠点です。前述の連携拠点及び新学術領域研究のプロジェクトは昨年度終了しましたが、引き続き現在でも様々な他機関の医学や薬学の研究者も連携して共に研究を⾏なっています。
「硬 X 線・ガンマ線イメージング連携拠点」⽴ち上げ時のプレスリリースについては、2018年 3 ⽉ 26 ⽇ <基礎科学は役に⽴つ -「JAXA - Kavli IPMU/東京⼤学 硬X 線・ガンマ線イ メージング連携拠点」 本格始動 -> の Kavli IPMU の記事を参照(外部サイトにリンクします)
新学術領域研究 (研究領域提案型)「宇宙観測検出器と量⼦ビームの出会い。新たな応⽤への架け橋。」は下記リンクを参照
https://member.ipmu.jp/SpaceTech_to_QuantumBeam/index.html(外部サイトにリンクします)
3. ⽤語解説
(注 1) テルル化カドミウム (CdTe) 半導体検出器
カドミウム(Cd)とテルル(Te)からなる化合物半導体を⽤いた検出器。硬 X 線と呼ばれる⾼いエネルギーの X 線や、γ 線を吸収し、⾼い感度で検出できるという性質を持つ。 1990 年代に沖縄にあるアクロラド社が⼤⾯積のカドテル結晶の製造に成功。本研究グループに参加する Kavli IPMU の⾼橋忠幸 教授が JAXA 宇宙科学研究所に所属していた当時、学⽣だった渡辺伸⽒ (現 JAXA 宇宙科学研究所准教授, Kavli IPMU 連携研究員)らと同社との共同研究により CdTe 検出器 の実⽤化に先鞭をつけた。
(注 2) マルチ・プローブ蛍光免疫染⾊法
蛍光抗体などの蛍光標識をした分⼦プローブ(トレーサー)を⽤いて分⼦の局在を可視化する⼿法で主に摘出された組織の染⾊に⽤いられる。トレーサーの種類に応じて各トレーサーにそれぞれ⼀⾊ずつ⾊を割り当てることで複数種類の分⼦の局在をマルチカラー画像として認識できる。
4. 論⽂情報
論⽂ 1
雑誌名: Scientific Reports
論⽂タイトル: Dual-radionuclide in vivo imaging of micro-metastasis and lymph tract with submillimetre resolution
著 者 : Atsushi Yagishita (1)*, Shinʼichiro Takeda (1), Kazunobu Ohnuki (2), Miho Katsuragawa (1), Oltea Sampetrean (3,4), Hirofumi Fujii (2) & Tadayuki Takahashi (1,5)
著者所属:
- Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (Kavli IPMU, WPI), The University of Tokyo, 5-1-5 Kashiwanoha, Kashiwa, Chiba, 277-8583, Japan
- Exploratory Oncology Research and Clinical Trial Center, National Cancer Center, 6-5-1 Kashiwanoha, Kashiwa, 277-8577, Japan
- Department of Molecular Biology, Keio University School of Medicine, 35 Shinanomachi,Shinjuku, Tokyo, 160-8582, Japan
- Human Biology-Microbiome-Quantum Research Center (WPI-Bio2Q), Keio University, 2-15-45 Mita, Minato, Tokyo, 108-8345, Japan
- Department of Physics, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo, Tokyo, 113-0033, Japan
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-023-46907-1 (2023 年 11 ⽉ 9 ⽇掲載)論⽂のアブストラクト (Scientific Reports のページ) https://www.nature.com/articles/s41598-023-46907-1
論⽂ 2
雑誌名: IEEE Transactions on Radiation and Plasma Medical Sciences
論⽂タイトル: CdTe-DSD SPECT-I: An Ultrahigh-Resolution Multi-Isotope Tomographic Imager for Mice
著 者 : Shinʼichiro Takeda (1,2), Tadashi Orita (1,2), Atsushi Yagishita (1,2), Miho Katsuragawa (1), Goro Yabu (3), Ryota Tomaru (3), Fumiki Moriyama (4), Hirotaka
Sugawara (5), Shin Watanabe (6), Hiroshi Mizuma (7), Yousuke Kanayama (7), Kazunobu
Ohnuki (8), Hirofumi Fujii (8), Lars R. Furenlid (9), Tadayuki Takahashi (1)
著者所属:
- Kavli IPMU, The University of Tokyo, Kashiwa, Japan
- iMAGINE-X Inc., Tokyo, Japan
- Department of Physics, The University of Tokyo, Tokyo, Japan
- Occupational Health and Safety Section, Okinawa Institute of Science and Technology Graduate University, Onna, Japan
- High Energy Accelerator Research Organization, Tsukuba, Japan
- Institute of Space and Astronautical Science, Japan Aerospace Exploration Agency,Sagamihara, Japan
- Laboratory for Pathophysiological and Health Science, RIKEN Center for Biosystems Dynamics Research, Kobe, Japan
- Division of Functional Imaging, National Cancer Center, Kashiwa, Japan
- Department of Medical Imaging and College of Optical Sciences, University of Arizona, Tucson, AZ, USA
DOI: https://doi.org/10.1109/TRPMS.2023.3291756 (2023 年 7 ⽉ 4 ⽇掲載)
論⽂のアブストラクト (IEEE TRPMS のページ)
https://ieeexplore.ieee.org/document/10172284(外部サイトにリンクします)
5. 問い合わせ先
(報道に関する連絡先)
東京⼤学国際⾼等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 ⼩森 真⾥奈
E-mail:press●ipmu.jp(●を@に置き換えてください)
TEL: 04-7136-5977
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
E-mail:ncc-admin●ncc.go.jp(●を@に置き換えてください)
TEL:03-3542-2511(代表)
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図 1. 本研究で使⽤した超⾼分解能⼩動物⽤ SPECT 装置。Kavli IPMU の研究者らが中⼼となって開発した。(Credit:Kavli IPMU)
図 2. 本研究で実施した動物実験の概要図。(Credit:Yagishita et al.)
<上段左> ⾜底に移植した 4T1-mNIS がん細胞が膝窩リンパ節に転移したと予想される 4 週間後に SPECT イメージングを⾏なった。⾚破線で⽰す円は SPECT の視野 (FOV) を⽰す。99m Tc-フィチン酸 (リンパ流路・リンパ節のトレーサー) を⾜底の腫瘍付近に局所投与し、125I -NaI (腫瘍のトレーサー) は経静脈的に投与した。
<下段> 左側の写真は、リンパ節周囲の SPECT/CT スライス画像。125I からの光⼦ (25- 30keV)は⾚⾊、99mTc からの光⼦(138-142keV)は緑⾊で⽰している。右側の写真は、SPECT投影画像で、99mTc-フィチン酸が⽰す緑⾊の管状構造はリンパ管を⽰しており、リンパ管に接するように存在する⾚⾊ (125I -NaI) の⼩スポットは転移腫瘍を⽰している。
<上段右> 蛍光免疫染⾊法による免疫蛍光画像。リンパ節内に 1 ミリ以下の NIS 陽性 (⻩⾊) 転移腫瘍を認める。この位置は、下段左側の写真の SPECT/CT 画像 で⽰す腫瘍の位置と⼀致する。