国勢調査と人口動態統計の個票データリンケージにより日本人の教育歴ごとの死因別死亡率を初めて推計
2024年3月28日
国立研究開発法人国立がん研究センター
発表のポイント
- 健康格差の実態を明らかにする(以下「モニタリング」という。)ため、国勢調査と人口動態統計を匿名化個票単位で突合した約800万人分の人口データ(全人口の9%)と約33万人分の死亡データから、日本人の教育歴ごとの死因別死亡率を初めて推計しました。
- わが国でも教育歴が短い群で年齢調整死亡率がより高い傾向が明らかになりました。欧米など諸外国からの報告と比較すると日本人の健康格差(教育歴ごとの死亡率の差)は小さい可能性が示唆されました。
- 教育歴ごとの死亡率の差が大きい死因の上位は、脳血管疾患、肺がん、虚血性心疾患、胃がんでした。教育歴が死亡率に直接影響しているわけではなく、喫煙や塩分過多などの既知のリスク要因が社会経済状態(教育歴など)によって異なることが死亡率の差につながっていると推察されます。
- 諸外国では健康格差のモニタリングが政府統計により体系的に行われており、国際共同研究や格差縮小のための取り組みが実施されています。諸外国の事例を参考に、より代表性の高いデータを用いた健康格差のモニタリングと、疾病負荷が大きい集団を含めたすべての国民に届くよう、禁煙や生活習慣の改善などに資する対策の立案が求められます。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策研究所(理事長、所長:中釜 斉、東京都中央区)データサイエンス研究部(部長:片野田 耕太)の研究グループは、国勢調査と人口動態統計(死亡票)の匿名化個票データの突合(以下「データリンケージ」という。)により、日本人の教育歴ごとの死因別死亡率を初めて推計しました。
全人口の9.9%のサンプル人口を対象に地域や婚姻状況など人口分布の偏りを補正し年齢調整死亡率を算出した結果、全死因では男女ともに「大学以上卒業者」と比べて、「高校卒業者」は約1.2倍、「中学卒業者」は約1.4倍死亡率が高いことが明らかになりました。人口分布を考慮した格差指標(Relative index of inequality)は日本では約1.5倍で、欧米など諸外国からの報告(おおよそ2倍前後)と比較すると日本人の健康格差(教育歴ごとの死亡率の差)は小さい可能性が示唆されました。死因別にみると、脳血管疾患、肺がん、虚血性心疾患、胃がんの死亡率の差が特に大きいことから、喫煙に代表されるリスク要因が教育歴などの社会経済状態により異なることで死亡率の差につながっていると推察されます。
諸外国では健康格差のモニタリングが政府統計により体系的に行われており、国際共同研究や格差縮小のための取り組みが実施されています。本研究成果は、わが国の健康格差モニタリングの基礎資料として活用されるとともに、諸外国の事例や取り組みを参考に、より代表性の高いデータを用いた健康格差のモニタリングと、疾病負荷の大きい集団を含めたすべての国民に届く対策につながることが期待されます。本研究成果は、2024年3月28日に国際英文ジャーナル「International Journal of Epidemiology」で公開されました。
背景
健康格差とは、社会経済状態(教育歴・職業・所得など)により集団間で健康状態に系統的な差があることを指します。このような個人の健康に影響を与える社会的要因は「健康の社会的決定要因(social determinants of health)」とよばれ、健康格差の縮小は公衆衛生上の重要な課題です。わが国では健康格差の縮小は2013年の「健康日本21(第二次)」で初めて全体目標に含まれるようになりました。健康格差の実態を明らかにする(モニタリングする)社会経済指標の一つとして、国際的には「教育歴(学歴)」が広く用いられ、政府統計による体系的なモニタリングや国際比較研究などが行われています。一方、わが国では教育歴ごとの死亡率の統計データがなく、健康格差対策を議論するためのモニタリングが十分に行われていません。
政府統計・行政資料データ活用に関して、欧米では個人IDを活用した統計間のデータリンケージが広く行われ、保健医療政策や健康格差対策に活用されています。わが国の保健統計には人口動態調査、国民生活基礎調査、国民健康・栄養調査などがありますが、統計間のデータのデータリンケージは個人IDがないなどの技術的問題のため難しいのが現状です。このため、統計法の改正などで2010年代から公的統計の匿名化個票データの利活用(2次利用)が広がったものの、統計間のデータリンケージは十分に実施されてきませんでした。
そこで、本研究では国勢調査と人口動態統計(死亡票)が共通してもつ情報を用いてデータリンケージする方法を採用し、教育歴と死亡率の関連を死因ごとに分析し、わが国の健康格差の実態を明らかにすることを目的としました。
研究方法
本研究では、総務省の国勢調査と厚生労働省の人口動態調査(死亡票)について、統計的研究を目的として統計法第33条に基づく利用申請を行い、匿名化個票データをそれぞれ取得しました。「性、生年月、居住市区町村、婚姻状況、配偶者の年齢(既婚のみ)」の組み合わせをリンケージキーとし、この組み合わせが他の人と重複しない日本人を抽出しサンプル人口としました。日本人(30-79歳)の男性3,992,202人、女性3,992,249人(全人口の9.9%)がサンプル人口として分析対象となり、死亡データと国勢調査の人口データがリンケージされたのは男性で224,538人、女性で101,286人でした(図1)。
地域や婚姻状況など人口分布が全人口と近似するように補正し、教育歴別年齢調整死亡率(注1)と死亡率比を算出しました。また、教育歴の人口分布を考慮した格差指標(Relative Index of Inequality: RIIとSlope Index of Inequality: SII、(注2))を算出しました。2010年国勢調査の教育歴の選択肢は、『小学・中学』、『高校・旧制中学』、『短大・高専』、『大学・大学院』の4区分で、本研究では『小学・中学』を「中学卒業者」、『高校・旧制中学』を「高校卒業者」、『短大・高専』および『大学・大学院』を「大学以上卒業者」と分類し、「不詳」を加えて4区分としました(以下、「不詳」を除く)。
全死因では「大学以上卒業者」に比べて、「高校卒業者」は男性で1.16倍、女性で1.23倍、「中学卒業者」は男性で1.36倍、女性で1.46倍、年齢調整死亡率が高い結果でした(図2)。
図2. 推定された教育歴別年齢調整死亡率(30-79歳、2010-2015年、横軸は人口割合を示す)
全死因のRelative Index of Inequality(RII:人口分布を考慮し、社会全体でどのくらい教育歴による死亡率格差があるか。1を超えると教育歴が短い群で死亡率が高いことを表す)は男性で1.48倍(95%信頼区間:1.45–1.51)、女性で1.47倍(95%信頼区間:1.43-1.51)でした。これらの格差指標の大きさは、欧米など諸外国からの報告や文献をもとに比較し考察すると、日本人の健康格差(教育歴ごとの死亡率の差)が小さい可能性を示唆するものと考えられます(例:欧州では教育歴による全死因死亡率格差(RII:35-79歳、2005-2009年データ)は男性で1.8倍(スコットランド)や2.2倍(フランス)、女性で1.6倍(イタリア)や2.2倍(フィンランド)、米国のがん年齢調整死亡率(25-64歳男女計、2020年データ)は「高校卒業者」が「大学以上卒業者」の2.3倍と報告されています)。わが国において死亡率の健康格差が小さい背景として、安全な水や食糧など衛生水準の高さ、社会・経済的な安定性に加えて、国民皆保険制度による医療・保健サービスへのアクセス充実が寄与している可能性が考えられます。
死因別では、ほとんどの死因で教育歴が短い群で死亡率がより高い(RIIが1より大きい、かつ、SIIが0より大きく統計学的に有意である)という関連がみられ(図3)、死亡率の教育歴による健康格差が大きな死因は、脳血管疾患、肺がん、虚血性心疾患、胃がんなどでした(表1)。
図3. 死因別教育歴別年齢調整死亡率(30-79歳、2010-2015年、死因抜粋)
わが国でも教育歴により喫煙率が大きく異なることが報告されており(教育歴が短い群で喫煙率が高い)、欧米など諸外国と同様に、喫煙や塩分過多などの既知のリスク要因の分布が社会経済状態により異なることで、死亡率の差につながっている可能性が示されました。一方、女性の乳がんでは「大学以上卒業者」の方が死亡率が高い(RIIが1より小さい)傾向がありました。乳がんのリスク要因として妊娠・出産歴が少ないなどの生殖関連要因がこれまでの疫学研究により明らかになっており、教育歴が長い女性の方がこのリスク要因に当てはまる場合が多いことで死亡率が高くなっている可能性が考えられます。わが国では公衆衛生と医療技術の向上により、戦後長きにわたって年齢調整死亡率は減少を続けてきましたが、ほとんどの死因で社会経済状態により死亡率に差があることが明らかになりました。
解釈と限界
本研究では教育歴により年齢調整死亡率が異なることが観察されましたが、教育歴が死亡率に直接影響しているわけではなく、死亡率と関係する生活習慣や健康行動などを反映する代替指標となっている可能性が考えられます。本研究は性、年齢、教育歴以外の人口属性・社会経済状態(職業や所得など)、喫煙などの生活習慣、健康行動、既往歴など、死亡率に影響する可能性がある特性すべてを考慮して分析したわけではありません。したがって、本研究の結果は個人それぞれの教育歴そのものが、その人の死亡率に影響する因果関係を推定したものではありません。教育歴の違いが生活習慣など死亡率に影響するリスク要因や健康行動と関連しており、それが死亡率の違いにつながっていると考えられます。実際、死亡率に影響するリスク要因や検診受診率などの健康行動が社会経済状態と関連することが報告されています。死亡率を含めた様々な指標で健康格差のモニタリングを行うことにより、疾病負荷の高い(喫煙や塩分過多などの既知のリスク要因が多く、死亡率や罹患率が高い)集団を同定し、すべての国民に届くよう、禁煙や生活習慣の改善に関する対策の立案につなげることが求められます。
本研究では以下の通りいくつかの限界があるため、解釈には注意が必要です。
- 女性では分析に用いたサンプル人口で推定した死亡率が全人口の死亡率より高いことから、死亡率および格差指標を過大推計している可能性があります。
- リンケージキーの組み合わせが他の人と重複しない人のみをサンプル人口として抽出しているため、人口の多い市区町村に住む人がサンプル人口に含まれる可能性が低くなります。分析の際には地域分布を補正していますが、人口の多い市区町村の特徴を十分に結果に反映できていない可能性があります。
- 国勢調査では教育歴が「不詳」の人が約12%含まれていましたが、分析では除外しました。統計学的にこの欠損値を補完した分析を行った結果、ほぼ同じ結果となることが確認されています。
国際的な取り組みと今後の展望
健康格差の縮小は、がん対策を含む保健医療政策における世界的な課題です。世界保健機関(WHO)、国際がん研究機関(IARC)などの国際機関は、健康格差を優先課題の一つと位置付け、モニタリングと社会的決定要因への対処を推進しています(資料1~2)。米国、英国、オーストラリア、カナダなど、諸外国の保健医療計画およびがん対策計画では、健康格差の縮小と公平性の確保が全体目標や重要な要素の一つに掲げられています(資料3~7)。いずれの国でも公的統計を用いた健康格差のモニタリングが実施されており、例えば米国の「Healthy People 2030」 (資料3)では、それぞれの目標の健康指標について人口全体のトレンド推移とともに、地域、教育歴、婚姻状況、人種などのグループごとの結果が示されるだけでなく、死亡率比などの健康格差指標についても参照が可能です。また、欧州連合(EU)も域内の健康格差の縮小を目標としており、そのポータルサイト(資料8)では健康格差指標と対策事例を紹介しています。2023年5月に発足し国立がん研究センターも参加する国際的ながん協力の枠組み「G7 Cancer」においても、格差の是正が重点分野の一つに掲げられています(資料9)。健康格差縮小のための対策としては、保健医療サービスへのアクセスの改善、経済的補助やインセンティブ、地域コミュニティの活用など、社会環境の整備による対策が推奨されています。実際、海外ではたばこの値上げやがん検診受診のナビゲーターを育成する取り組みが健康格差の縮小につながったことが報告されています。
今後の展望として、2020年国勢調査と人口動態統計の分析では、より小地域単位の分析によりデータリンケージの精度を高め、代表性が高い健康格差の指標を算出し、国際的な枠組みの中で、健康格差の縮小につながる研究や提言を行っていく予定です。
論文情報
雑誌名
International Journal of Epidemiology
タイトル
Educational inequalities in all-cause and cause-specific mortality in Japan: national census-linked mortality data for 2010-2015
著者
Hirokazu Tanaka, Kota Katanoda, Kayo Togawa, Yasuki Kobayashi
DOI
https://doi.org/10.1093/ije/dyae031(外部サイトにリンクします)
掲載日
2024年3月28日午前0時(日本時間)
URL
https://academic.oup.com/ije(外部サイトにリンクします)
研究費
研究費名(支援先):独立行政法人日本学術振興会 科学研究費助成事業
研究事業名:若手研究
研究課題名:公的統計と医療ビッグデータを活用したわが国の健康格差分析と対策のための包括的研究(23K16341)
研究代表者名:田中 宏和
資料(国際的な健康格差の取り組み、諸外国の事例など)
- World Health Organization (WHO) Health Inequality Monitor (https://www.who.int/data/inequality-monitor)(外部サイトにリンクします)
- International Agency for Research on Cancer (IARC) Cancer Inequalities (https://cancer-inequalities.iarc.who.int/)(外部サイトにリンクします)
- 米国Health People 2030. Objectives and Data (https://health.gov/healthypeople/objectives-and-data)(外部サイトにリンクします)
- 米国Centers for Disease Control and Prevention (CDC) Health Equity in Cancer (https://www.cdc.gov/cancer/health-equity/index.htm)(外部サイトにリンクします)
- 英国 NHS Long Term Plan. Chapter 2: More NHS action on prevention and health inequalities (https://www.longtermplan.nhs.uk/online-version/chapter-2-more-nhs-action-on-prevention-and-health-inequalities/)(外部サイトにリンクします)
- カナダCanadian Partnership Against Cancer. Towards health equity(https://www.partnershipagainstcancer.ca/)(外部サイトにリンクします)
- オーストラリア Australia Cancer Plan. Achieving Equity (https://www.australiancancerplan.gov.au/populations)(外部サイトにリンクします)
- EU Understand health inequalities and act on them (https://health-inequalities.eu/)(外部サイトにリンクします)
- 国立がん研究センター G7 Cancerが始動しました(https://www.ncc.go.jp/jp/topics/2023/0524/index.html)
用語解説
(注1)年齢調整死亡率
一般的に加齢により高齢者で死亡リスクが大きくなるため、異なる集団の死亡率の比較または死亡率の経年変化の分析では人口構成をそろえて死亡率を計算する必要があります。比べるそれぞれの集団が同じ人口分布(基準人口分布)だったと仮定して死亡率を計算されたものを年齢調整死亡率といいます。本研究では「平成27年(2015年)モデル人口」を基準人口として用いました。
(注2)Relative Index of InequalityとSlope Index of Inequality
Relative Index of Inequality(RII)とSlope Index of Inequality(SII)はそれぞれ相対的な格差、絶対的な格差の指標として用いられ、RIIが1、SIIが0よりそれぞれ大きく、値が大きくなるほど格差が大きいと解釈されます(図4)。2つの集団の比や差の計算ではそれらの集団の間にある集団の値やそれぞれの集団の大きさが考慮されませんが(例:「中学卒業者」群と「大学以上卒業者」群の比較では、「高校卒業者」群の結果やそれぞれの教育歴の人口構成が考慮されない)、RIIとSIIは全ての集団を含み人口構成も考慮した指標であるため、より総合的にその集団の格差を示す指標とされます。
図4. Relative Index of InequalityとSlope Index of Inequality
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター
がん対策研究所 データサイエンス研究部
田中 宏和
電話番号:03-3547-5201(ダイヤルイン1630、3354)
Eメール:hitanak●ncc.go.jp
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
電話番号:03-3547-5201(ダイヤルイン3548)
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp