国立がん研究センターからの見解と提案(平成23年6月7日)
前回(3月28日)の見解から2ヶ月以上が経過し、福島第一原子力発電所の事故の様相も大きく変化しました。例えば、放射性物質の放散レベルがレベル4や5からレベル7に上げられ、メルトダウンが当初より発生していた等の事実も明らかになりました。このような状況の変化を踏まえ、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故による放射性物質の影響に対し、被災された住民の方々の健康を守るため、以下の提案をさせていただきます。また、この中で、国立がん研究センターができる事物についても述べさせていただきます。
住民の方々の実際の被ばく量を測定するよう国に求めていきます
放射性物質による健康への影響について住民の方々は多大な不安を抱いておられます。中でも、多くの情報が錯綜し、実際に住民の方々が受けておられる放射線被ばく量が測定されていないことが、不安を助長する大きな要因になっていると考えられます。被ばくには、飲食物などに含まれる放射性物質を摂取することで体内に蓄積される内部被ばくと、周囲の環境より浴びることによる外部被ばくとがありますが、外部被ばくは簡単に測定することが可能です。実際の数値を測定することにより、少なくとも、判らないことによる不安を大幅に軽減できることが期待されます。
よって、現在放射線被ばく量が高いとされている地域の住民の方々、特に20歳未満の子供や農業等の屋外作業に従事する方々を対象に、個人の被ばく放射線量測定装置(ガラスバッジ)により月単位の被ばく量測定を直ちに開始することを提案します。
高線量の放射線被ばくの可能性がある職場環境で作業する方々への自己の末梢血幹細胞の保存を提案します
自己の末梢血幹細胞を用いた移植治療はがん治療の一環として開発され、すでに標準的に行われている治療法の一つです。国立がん研究センターは、これまで一貫して、職場環境における被ばく線量が250ミリシーベルトを超えるような事態が生じる可能性が皆無でない厳しい環境下で原発事故に対処してくださっている方々の命を守るため、万一に備え、これらの方々がご自分の末梢血幹細胞をあらかじめ保存しておくことを提案してきました。現実には、福島第1原子力発電所で作業をした方々が250ミリシーベルトを超えて被ばくしたという報道もあります。もちろん、末梢血幹細胞移植にも限界がありますが、日本のためにこの厳しい環境で作業をしておられる方々を支援するため、国立がん研究センターは私たちの技術を提供したいと考えています。
放射線の健康影響を評価するための疫学調査とがん登録について
放射線の健康影響を評価するための疫学調査は、参加者の健康管理に資するべきであります。そのうえで、同時に科学的で正確なデータが収集される研究計画である必要があります。なぜならば、低線量の長期被ばくの健康影響のうち、特に発がんリスクを知る目的で行われる研究は、相当に大規模で長期の追跡を綿密に行わないと、リスクを見落としたり、誤った結果をもたらしたりする可能性があるからです。
リスクを見極めるために必要な綿密さは、初期調査と追跡調査の両方に求められます。初期調査では、被ばくした住民の方々すべての名簿を作成し、被ばくに関する情報に加えて、発がんに関わる基礎的な情報(生活習慣や生活環境、がん関連ウイルスや細菌への感染状況、さらに心理・社会的要因)の調査も必要となります。また、追跡調査では、全員の方々について正確にもれなく発がん情報を記録するがん登録のシステムが不可欠です。
最優先すべき調査協力者の利益のために、国立がん研究センターは、がんの予防・早期発見に努めるとともに、がんにかかられたとしても安心してがんの治療を受けることができるよう体制を整えるなどの取り組みを行いつつ、疫学調査やがん登録に積極的に協力をしてまいります。
医学的公開討論会を実施します
新聞やテレビなどさまざまなメディアにおいて、現在の放射線の影響に関して、「安全という立場」と「危険という立場」で、異なる立場で意見が述べられており、多くの国民にとっては、どの意見を信じればよいのかわからず、不安をより一層強める原因の一つとなっています。
放射線の影響について正しく理解し、また今後も蓄積される放射線の影響を最小限にするために、これまでに医学的に明らかにされてきた放射線の影響について、エビデンスに基づいた医学的公開討論会の実施する準備を進めます。この結果に基づき、20年後、30年後のことを予想し、放射線の影響を少なくし住民の方々の健康を守るための提言をまとめます。
住民の方々へ放射線被ばくについての説明会を開催します
原子力発電所の事故による放射能の影響が続いている地域の住民の方々には、不要の不安感を減らしていただくとともに、現在の状況に正しく対処していただくため、放射線に対する正しい知識を持っていただく必要があります。
国立がん研究センターは、原子力発電所の周辺で生活する住民の方々に、放射線に対する正しい知識を持っていただき、さらに、現在の環境の中で被ばくを少なくするための適切な行動について知っていただくための説明会を開催してまいります。
(平成23年6月7日)