トップページ > 研究所について > OUR RESEARCH FOCUS > 国際共同研究による腎臓がん全ゲノム解析
キーワード:腎臓がん、ゲノム解析、変異シグネチャー国際共同研究による腎臓がん全ゲノム解析
がんは様々な要因によって正常細胞のゲノムに異常が蓄積して発症することが分かっています。近年の大規模ながんゲノム解析から、突然変異の起こり方には約70種類のパターンがあることが明らかになってきました。こうしたパターンは変異シグネチャーと呼ばれ、喫煙や紫外線曝露といった様々な発がん要因と密接に関連しています。変異シグネチャー解析は、例えて言うならば、がんゲノムという絵を見て、その絵がどういった絵の具で書かれているのかを数学的に分解する手法です。絵の具一つ一つが発がん要因と連結しており、この手法によってがんゲノムデータからその発がん過程を推定できるのですが、約3分の1のパターンはまだ原因不明です。またゲノム全体の変異を見る必要があり、全ゲノム解析が必須です。
世界の色々な地域で発症頻度が異なるがんにおいて、変異シグネチャー解析からその要因を解明し新たな予防法につなげる国際共同研究Mutographsは、英国CancerResearch UKと米国National Cancer Instituteが設立したCancer Grand Challengesに2017年から採択され、日本からは国立がん研究センターが協力機関として参加しています。
今回の研究対象である淡明細胞型腎細胞がんは腎細胞がん全体の60~75%程度を占めます。その発症頻度は地域ごとに大きく異なることがWHOから報告されていますが、日本においてもその罹患率は増加傾向にあります。発症の危険因子として喫煙、肥満、高血圧、糖尿病が知られていますが、地域ごとの腎細胞がんの発生頻度の違いは十分説明できていませんでした。今回の研究では、発症頻度の異なる11か国から962症例のサンプルを収集し、全ゲノム解析を行い、そのデータから変異シグネチャーを抽出し発生頻度や様々な危険因子との相関について検討を行いました。その結果、驚くことに日本人の腎細胞がんの7割に他国にはほとんど見られないSBS12という原因不明の変異シグネチャーが見られました。
この結果は、日本人に特徴的な未知の発がん要因が存在することを強く示唆しています。また全症例に共通してSBS40という同じく原因不明の変異シグネチャーが見られ、これは日本人以外の症例ではその量と発症頻度に正の相関が見られました。また肥満・高血圧・糖尿病といった生活習慣病は、変異シグネチャーと相関を認めず、遺伝子変異を直接的に誘発していないと考えられました。もしかしたらエピゲノムのような突然変異とは異なる異常に関与しているかもしれません。
本研究は全ゲノム解析を用いた国際的な大規模がん疫学研究であり、各国の発がん分子機構の共通点と相違点が明らかになり、疫学研究における全ゲノム解析の有用性を改めて示しました。特に日本人症例で発見されたSBS12については、原因となる物質は現在のところ分かっていませんが、その原因解明、国内並びにアジアにおける分布調査についてWHOとも協力しながら研究計画を進めています。今後その原因やこの変異シグネチャーによって誘発されるドライバー異常が明らかになれば、日本における淡明細胞型腎細胞がんの新たな予防法や治療法の開発が期待されます。本研究成果は英国専門誌「Nature」に2024年5月1日付で発表されました。
プレスリリース・NEWS
研究者について
がんゲノミクス研究分野 分野長 柴田龍弘
キーワード
腎臓がん、腎細胞がん、ゲノム解析、変異シグネチャー