コンテンツにジャンプ

トップページ > 研究組織一覧 > 分野・独立ユニットグループ > がん治療学研究分野 > 研究成果の概要 > BRG1欠損がんにおけるBRMを標的とした合成致死治療法

BRG1欠損がんにおけるBRMを標的とした合成致死治療法

pj030_01.png

研究背景と目的

BRG1(SMARCA4)遺伝子は、非小細胞肺がんの約10%で欠損型の遺伝子異常が認められます。BRG1は、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体に含まれるサブユニットの一つであり、複合体の機能に必須な因子です。また、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体は、BRG1を含む複合体とBRM(SMARCA2)を含む複合体の2種類に大別されます。つまり、BRG1欠損型のがん細胞では、BRMを含む複合体のみが存在する状態になっていると考えられます。
そこで本研究では、BRG1欠損型のがん細胞では、BRMの機能に依存しているのではないかと仮説を立てました。この仮説を検証するために、BRG1欠損型細胞において、BRMを抑制すると細胞が致死となり、BRG1正常型細胞において、BRMを抑制しても細胞の生存には影響がない、すなわち、BRMが合成致死性標的であるかを検討しました。

研究成果

BRG1正常型非小細胞肺がん細胞株にBRMを抑制しても細胞増殖への影響が認められませんでした。一方で、BRG1欠損型非小細胞肺がん細胞にBRMを抑制すると、細胞増殖が抑制されることが分かりました。さらに、マウス移植腫瘍モデルにおいて、腫瘍内でBRMを抑制するとBRG1欠損型移植腫瘍の増殖が抑えられました。また、BRG1正常型がん細胞だけでなく、正常細胞にBRMを抑制しても細胞増殖には影響がないことから、BRM阻害剤は副作用が少ない可能性が示唆されました。

研究成果のまとめ

SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体は、BRG1を含む複合体と、BRMを含む複合体の2種類の複合体に分類されます。BRG1欠損がんでは、BRMを含む複合体がBRG1含む複合体の機能を補っていることが考えられます。このとき、さらにBRMを抑制することによって、BRG1を含む複合体とBRMを含む複合体の両方の複合体が機能できなくなると考えられます。このようにBRG1欠損がんにおいてBRMを抑制するとSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体全体が機能できなくなることで合成致死性が誘導されることが考えられました。

今後の展望

103例の非小細胞肺がん患者検体を用いてBRG1の発現を調べたところ、約10%の非小細胞肺がんにおいてBRG1の発現が消失・減少していることがわかりました。さらにBRG1欠損型の非小細胞肺がんでは、EGFR変異やALK融合などのがん遺伝子の異常が認められません。つまり、BRG1欠損型非小細胞肺がんの治療は確立されていない状況です。本研究の成果から、BRG1欠損型の非小細胞肺がんにおいて、BRM阻害剤を用いた治療法が有望であると考えられました。。本研究の成果を元に、BRM阻害剤の創薬開発を製薬企業と共同で進めてきました。また、他の製薬企業からもBRMの酵素阻害剤やタンパク質分解が進められています。将来的に、BRG1欠損型非小細胞肺がんを対象としたBRM阻害剤を用いた治療法の臨床応用を目指しています。

参考文献

Oike T, Ogiwara H, Tominaga Y, Ito K, Ando O, Tsuta K, Mizukami T, Shimada Y, Isomura H, Komachi M, Furuta K, Watanabe S, Nakano T, Yokota J, Kohno T.

A synthetic lethality-based strategy to treat cancers harboring a genetic deficiency in the chromatin remodeling factor BRG1.

Cancer Research. 2013 73:5508-5518.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23872584