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1 研究プロジェクト

がん治療学研究分野では、がんにおける欠損型遺伝子異常に基づいたがん治療法の開発を目指しています。
これまでに私たちは、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体の構成遺伝子が様々ながんで高頻度に欠損型遺伝子異常があることに着目してきました。SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体は15種類ほどのサブユニットから形成されています。これらのサブユニットをコードする遺伝子は、がん全体の20%以上でいずれかのSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体関連遺伝子の遺伝子異常があることが分かっています。特に、SMARCA4(BRG1)は非小細胞肺がんで10%、ARID1Aは卵巣明細胞がんで50%、胃がんで25%、PBRM1は腎臓明細胞がんで40%、SMARCB1はラブドイド腫瘍、類上皮肉腫のほぼ100%で欠損型遺伝子異常が認められます。これらのSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体関連遺伝子が欠損したがんの多くは、未分化型で悪性度が高い難治性がんです。また、十分な治療法が確立されていないため、有望な治療法の確立が切望されています。
このような背景から、がん治療学研究分野では、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体関連遺伝子の中でも、SMARCA4、ARID1A、PBRM1、SMARCB1遺伝子の欠損したがんに着目しています。特に、SMARCA4欠損型肺がん、ARID1A欠損型卵巣明細胞がん、ARID1A欠損型びまん性胃がん、PBRM1欠損型腎臓明細胞がん、SMARCB1欠損型ラブドイド腫瘍、SMARCB1欠損型類上皮肉腫を対象として、それぞれの欠損型遺伝子に対する合成致死標的を同定し、合成致死性のメカニズムを解明することで、科学的根拠に基づいた合成致死治療法の確立を目指しています。そして、その科学的根拠の裏付けを元に、同定した標的の阻害剤を製薬企業とともに創薬開発していくことで、有望ながん治療法をがん患者さんに届けたいとの思いで日々研究しています。
また、膵臓がん、びまん性胃がん、食道がんは、標準治療薬に抵抗性を示すことが多い難治性がんです。これらのがんに共通して遺伝子異常が多い遺伝子は、転写因子をコードするSMAD4遺伝子です。特に、膵臓がんでは33%、胃がんでは13%、食道がんでは14%と高頻度にSMAD4の欠損型遺伝子異常が認められます。また、ヒストン脱メチル化酵素をコードするKDM6A遺伝子も、食道がんの14%で欠損型の遺伝子が認められます。SMAD4欠損型膵臓がん、びまん性胃がん、食道がんやKDM6A欠損型食道がんに有望な治療法を開発することができれば、これらの難治性がんの治療法につながることが期待されます。そこで、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体関連遺伝子の欠損型のがんに加えて、SMAD4やKDM6Aの欠損型のがんに対する合成致死治療法の開発を目指した研究にも着手しています。
このようにがん治療学研究分野では、がんでの遺伝子異常に着目し、その遺伝子異常に基づいたがん治療法(合成致死治療法)を開発することで、難治性がん、小児がん、若年性がんのアンメットメディカルニーズに貢献したいと考えています。
また、欠損型遺伝子異常のあるがんには、合成致死性に基づいたがん治療法が有望です。これまで、単独因子の阻害による合成致死標的の探索研究は、ゲノム網羅的な標的探索方法が開発されてきており、データベース解析も可能な状況となり、成熟した研究領域となっています。今後期待される合成致死治療法は、複数因子の同時阻害による合成致死標的の探索研究になっていくと考えられます。しかし、複数因子の同時阻害によるゲノム網羅的な標的探索方法は、2つの因子の同時阻害法の構築でさえ技術的に不可能な状況です。この状況を克服する複数因子同時阻害法として、私たちは”パラログ同時阻害法”を考案してきました。そして、パラログ同時阻害法に基づいたゲノム網羅的な標的探索方法を構築しています。さらに、私たちは、様々ながん種のがん患者由来の細胞株パネルを構築しています。これらの独自の細胞株パネルおよび独自の標的探索法を基盤として、これまでの研究では決して発見できなかった独創性の高い有望ながん治療標的の探索に取り組んでいます。

独自のプラットフォームを活かしたがん治療法の開発

がん治療学研究分野では、独自で構築してきた小児がん・若年性がん・難治性がん由来のがん細胞株パネル、および独自で考案した”パラログ同時阻害法”に基づいた創薬標的スクリーニングシステムなどのプラットフォームを駆使して、遺伝子異常に基づいた合成致死治療法の開発を目指しています。
これらの独自で構築してきたプラットフォームを活かして、以下のようながん治療法の開発が可能です。
  • 製薬企業などで開発された臨床薬候補について、様々ながん種由来のがん細胞株パネルを用いて、有望な適応がん種を特定する。
  • 特定のがん種について、がん細胞株パネルおよびスクリーニングシステムを用いて、有望な創薬シーズを同定する。

がん細胞株パネルを用いた適応がん種の特定

これまでに構築してきたがん細胞株パネルは、様々ながん種由来の複数の細胞株から構築しています。これらの細胞株について、細胞増殖、遺伝子異常、移植腫瘍形成能などの情報を取得しているため、様々な目的に応じて、治療標的の探索、薬剤感受性試験、抗腫瘍効果の検討などが可能です。
これまでに私たちは、特定のがん種における遺伝子異常に基づいた創薬標的を発見してきました。この研究をさらに発展するために、様々ながん種への適応拡大の可能性を検討しています。
また、製薬企業が開発中の臨床薬候補について、様々ながん種に特徴的な遺伝子異常に基づいた薬剤選択性の試験を行い、その臨床薬候補が有望ながん種を特定してきました。さらに、そのがん種の細胞株由来の移植腫瘍モデルを用いて、in vivoモデルでの抗腫瘍効果も検討しています。

独自の標的探索システムを用いた創薬標的の同定

DepMapポータルというデータベースでは、1000種以上の細胞株について、遺伝子異常の情報と、ヒト遺伝子をゲノム網羅的に抑制したときの致死性の情報が公開されています。このデータベースを解析することで、遺伝子異常に基づいた合成致死標的を特定することも可能な状況です。ただし、このデータベースを用いた標的は、既存の細胞株と一つの遺伝子の抑制による標的(遺伝子異常1つに対して標的1つ:1対1対応の合成致死標的)しか見出すことはできません。
がん治療学研究分野では、データベースでは用いられていない希少がんやがん患者由来細胞株からなる細胞株パネルを構築しています。また、データベースで用いられた標的探索法は、1つの遺伝子を抑制することによる標的の探索は可能ですが、がん治療学研究分野で構築した標的探索法は、”パラログ同時阻害法”に基づいた2つの遺伝子を同時に抑制することによる独自性の高い標的の探索が可能です。
したがって、がん治療学研究分野では、独自のがん細胞株パネルおよび独自のスクリーニングシステムによる独自のプラットフォームを駆使することで、公共データベースでは決して見出すことができない独創性の高い創薬標的の探索が可能です。

小児がん・若年性がんの治療法の開発

小児がんや若年性がん(AYA世代がん)は、血液系のがんでは有効な治療法が開発されてきていますが、特に肉腫などの固形がんの治療法の開発はあまり進んでいません。その理由としては、大人のがんに比べて、患者数が少ない希少がんであることから、臨床試験の実施が難しいことが考えられます。特に小児がんに対しては新しい治療薬の臨床試験の実施が難しいことが考えられます。
がん治療学研究分野では、小児がんのラブドイド腫瘍・若年性がんの類上皮肉腫、卵巣明細胞がんを対象とした合成致死治療法の開発を目指しています。

ラブドイド腫瘍・類上皮肉腫の合成致死治療法の開発

ラブドイド腫瘍および類上皮肉腫は、それぞれ日本で年間15名ほどが罹患する希少がんです。SMARCB1遺伝子は、ラブドイド腫瘍・類上皮肉腫のほとんどの患者さんで欠損型遺伝子異常を認める原因遺伝子です。これまでに、SMARCB1欠損型のラブドイド腫瘍および類上皮肉腫に有望な合成致死標的として、CBP/p300のパラログペアを同定してきました。そして、CBP/p300同時阻害剤を製薬会社と創薬開発を進めています。
現在、SMARCB1欠損型ラブドイド腫瘍に有望な治療法をさらに開発するために、”パラログ同時阻害法”に基づいた新規治療標的の探索に取り組んでいます。

卵巣明細胞がんの合成致死治療法の開発

卵巣明細胞がんは、20代から40代の比較的若年世代の女性に多い希少がんです。ARID1Aは、卵巣明細胞がんの約50%で欠損型遺伝子異常が認められるがん抑制遺伝子です。これまでに、ARID1A欠損型の卵巣明細胞がんに有望な合成致死標的として、GCLC阻害剤、GSH阻害剤、核酸代謝阻害剤のゲムシタビンを同定してきました。そして、GCLC阻害剤を製薬企業と創薬開発を進めてきました。
現在、ARID1A欠損型卵巣明細胞がんに有望な治療法をさらに開発するために、”パラログ同時阻害法”に基づいた新規治療標的の探索に取り組んでいます。

難治性がんの治療法の開発

難治性がんは、5年生存率が50%に満たないがんです。難治性がんが難治性たる所以はいくつか考えられますが、一つの理由として、がん遺伝子の異常が一部で、それ以外のほとんどはがん抑制遺伝子の異常であることが考えられます。つまり、がん遺伝子の異常は、活性化型の遺伝子異常であるため、活性化したがん遺伝子由来のタンパク質を阻害剤で阻害することで治療することが可能な状況です。しかし、がん抑制遺伝子の場合は、欠損型の遺伝子異常であるため阻害剤で阻害することはできません。そのため、そのような欠損型遺伝子異常に対する合成致死標的を同定して、さらに阻害剤も開発する必要があるため、治療が進んでいないことも一つの原因である考えられます。
そこで、私たちは、難治性がんの治療法を開発するアプローチとして、難治性がんにおける欠損型遺伝子異常に対する合成致死標的を同定することで、難治性がんの治療法の開発を目指しています。

非小細胞肺がんの合成致死治療法の開発

難治性がんの中で、特にがんゲノム医療が進んでいるのは非小細胞肺がんです。非小細胞肺がんの約70%ほどでは、EGFR活性化異常、ALK融合異常、RET融合異常などのがん抑制遺伝子の活性化型遺伝子異常が認められます。これらのがん遺伝子に異常のある患者さんは、がん遺伝子異常の対する阻害剤が多く開発されているため、治療が可能な状況です。しかし、残りの30%では、がん遺伝子の異常が認められないために、遺伝子異常に基づいた治療法がない状況にあります。このがん遺伝子異常のない30%の患者群のなかには、SMARCA4遺伝子の欠損型遺伝子異常が10%ほど存在します。したがって、SMARCA4欠損型非小細胞肺がんは、がん遺伝子の異常がないため治療法がないアンメットメディカルニーズの患者さんです。
私たちは、これまでに、私たちはSMARCA4欠損型非小細胞肺がんを対象とした合成致死標的として、SMARCA4のパラログであるSMARCA2を同定しました。そしてSMARCA2阻害剤を製薬企業と創薬開発を進めてきました。
現在、SMARCA4欠損型非小細胞肺がんに有望な治療法をさらに開発するために、パラログ同時阻害法に基づいた新規治療標的の探索に取り組んでいます。

びまん性胃がんの合成致死治療法の開発

びまん性胃がんは、胃がん中で4割を占める未分化型の胃がんで、腹膜播種を伴う悪性度の高い難治性の胃がんです。また、びまん性胃がんの4割を占めるスキルス胃がんは、膵臓がんにも匹敵する難治性の胃がんです。びまん性胃がんは、胃がんの標準治療薬である5-FU、オキサリプラチン、ドセタキセルなどに抵抗性を示すため、新規の治療法の開発が切望されています。最近の研究で、びまん性胃がんの3割では、受容体チロシンキナーゼ等のがん遺伝子の活性化型遺伝子異常があり、これらの遺伝子異常に基づいた治療が期待されています。一方で、びまん性胃がんの残りの7割では、がん遺伝子の異常が認められないのに加えて、標準治療法に抵抗性であるため、有望な治療法が確立されていない状況です。しかし、これらの患者群の4割(びまん性胃がんの25%)では、ARID1A遺伝子の欠損型遺伝子異常が認められます。したがって、ARID1A欠損型のびまん性胃がんに対する合成致死標的を同定することで、難治性のびまん性胃がん、さらにはスキルス胃がんの治療法の確立につながることが期待できます。
現在、ARID1A欠損型びまん性胃がんに有望な治療法をさらに開発するために、びまん性胃がん由来の患者由来細胞株パネルを用いて、パラログ同時阻害法に基づいた新規治療標的の探索に取り組んでいます。

膵臓がんの合成致死治療法の開発

膵臓がんは、5年生存率が10%に満たないがんの中でも特に難治性のがんです。ほとんどの膵臓がん(95%)では、KRAS遺伝子の異常が認められています。KRASはがん遺伝子であり、これまで阻害剤の開発が困難とされていましたが、最近では、KRAS G12C変異に特異的な阻害剤が開発されています。しかし、膵臓がんにおけるKRAS変異のほとんどは、KRAS G12C以外の変異であるため、現在開発されているKRAS阻害剤を用いた治療ができない状況です。KRAS遺伝子以外の遺伝子異常として、膵臓がんの33%ではSMAD4遺伝子の欠損型遺伝子異常が認められます。SMAD4は、増殖抑制を制御するTGF-β経路に関与する転写因子です。SMAD4欠損型の膵臓がんに対する合成致死標的を同定することで、難治性の膵臓がんの治療法の確立につながることが期待できます。
現在、SMAD4欠損型膵臓がんに有望な治療法をさらに開発するために、膵臓がん由来の患者由来細胞株パネルを用いて、パラログ同時阻害法に基づいた新規治療標的の探索に取り組んでいます。

食道がんの合成致死治療法の開発

食道がんは世界で年間約57万人が罹患し、約51万人が死亡する難治性がんであり、有望な治療法の開発が切望されています。食道がんの遺伝子異常の特徴として、がん遺伝子の活性化型遺伝子異常がほとんど認められない。つまり、ほとんどの遺伝子異常ががん抑制遺伝子の欠損型遺伝子異常である。食道がんの14%では、ヒストン脱メチル化酵素遺伝子であるKDM6Aの欠損型遺伝子異常が認められる。KDM6A欠損型の食道がんに対する合成致死標的を同定することで、難治性の食道がんの治療法の確立につながることが期待できます。
現在、KDM6A欠損型膵臓がんに有望な治療法をさらに開発するために、パラログ同時阻害法に基づいた新規治療標的の探索に取り組んでいます。