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SMARCB1欠損がんにおけるCBP/p300同時阻害剤を用いた合成致死治療法
研究背景と目的
ラブドイド腫瘍や類上皮肉腫は日本における小児がんやAYA世代(Adolescent&Young Adult(思春期・若年成人)の略)のがんの中でも希少ながんであり、予後の悪いがんです。これらのがんは、転写を制御するSMARCB1遺伝子に欠損型の異常が起こることが原因となっています。ラブドイド腫瘍や類上皮肉腫のような欠損型遺伝子異常をもつがんには、合成致死性を利用したがん治療法(合成致死治療法)が有望です。
合成致死性とは、細胞内に2つの遺伝子がある場合に、片方の遺伝子のみが抑制された場合には細胞は死なないが、2つの遺伝子が両方とも抑制された場合に細胞が死滅する現象です。従来の阻害薬の開発は1つの遺伝子異常に対して1つの標的を1つの阻害薬で治療することが一般的です(図1-1)。次世代シークエンサーやCRISPR/Cas9システムなどの最先端の科学技術を利用した1つの標的を探す研究方法は成熟した状況にありました。これから期待される新しい標的を見つける方法として、1つだけではなく、2つの標的を同時に抑制する方法が考えられます(図1-2)。しかし、別々の標的を阻害する場合、それぞれに阻害剤の使用が必要となります。臨床開発の中で新しい2つの阻害剤による試験を検討する必要があるため、阻害剤併用による試験計画の煩雑性や副作用などの問題が生じやすいことが懸念されていました。
そこで私たちは、2つの標的をパラログにすることを思いつきました。パラログというのは、構造が類似したタンパク質のことです。パラログを標的とすれば、タンパク質の構造的な相同性(パラログであること)を利用して2つのタンパク質(パラログペア)を1つの阻害剤で同時に抑制することが可能になります。この方法を “パラログ同時阻害法”と名付けました(図1-3)。
本研究では、SMARCB1欠損がんに有望な治療標的を見つけるために、”パラログ同時阻害法”の理論に基づいて、パラログペアの2つの標的を同時に抑制したときに、SMARCB1欠損型のがん細胞では細胞死が起こるが、正常な細胞では細胞死が起こらない、すなわち、合成致死性を示すパラログペアとなる2つの標的タンパク質を探索しました。
研究成果
SMARCB1欠損型遺伝子異常をもつがんに有望な合成致死標的として、CBPとp300のパラログペアを発見しました。CBP/p300阻害剤は、従来ラブドイド腫瘍や類上皮肉腫に使用されているEZH2阻害薬よりも高い有効性を示し、その作用機序も明らかにしました。SMARCB1欠損型がんに有望な合成致死標的として、CBP/p300パラログペアを発見した
SMARCB1欠損型細胞株モデルを構築し、クロマチン制御遺伝子におけるパラログペアの2つの遺伝子を同時に抑制することで、SMARCB1欠損型細胞では致死となるが、SMARCB1正常型細胞では生存に影響がない、すなわち、合成致死性を示すパラログペア遺伝子を探索しました。その結果として、ヒストンアセチル化酵素をコードするCBP(CREBBP)とp300(EP300)のパラログペア遺伝子を同定しました。SMARCB1欠損型細胞において、CBPあるいはp300を単独で抑制すると、部分的に増殖が抑制されますが、CBPとp300を同時に阻害すると致死性を示すことを発見しました。つまり、SMARCB1欠損型細胞において、CBPとp300CBP/p300阻害剤は、SMARCB1欠損型がん細胞に高い有効性を示す
既存のCBP/p300阻害剤CP-C27を用いて、阻害剤によるSMARCB1欠損型細胞への有効性を確認するために、薬剤感受性試験を検討しました。その結果、SMARCB1欠損型細胞は、SMARCB1正常型細胞に比べて、100倍以上選択性が高い(IC50が低い)ことがわかりました。さらに、CBP/p300阻害剤は、SMARCB1欠損型類上皮肉腫の既存薬よりも高い効果を示すことがわかりました。合成致死性を決定づける下流因子としてKREMEN2遺伝子を発見した
SMARCB1は、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体として、様々な遺伝子の転写を促進したり、抑制したりする働きがあります。一方で、CBP/p300は、ヒストンアセチル化酵素であり、様々な遺伝子の転写を促進する働きがあります。そこで、SMARCB1欠損型細胞において、CBP/p300を同時に阻害すると、どのような作用機序で合成致死性になるかを検討しました。私たちは、RNAシークエンスによる網羅的遺伝子発現解析を用いて、SMARCB1の欠損によって発現が増加する遺伝子の中で、CBP/p300の阻害によってその発現が抑制される遺伝子を探索しました。その結果、KREMEN2遺伝子を同定しました。KREMEN2を抑制すると、SMARCB1正常型細胞では増殖抑制は起こりませんが、SMARCB1欠損型細胞では増殖抑制が起こる、すなわち、合成致死性を示すことがわかりました。また、SMARCB1欠損型細胞におけるCBP/p300同時阻害による細胞死が、KREMEN2遺伝子の発現を補うことで細胞死が回避されることから、KREMEN2は合成致死性の決定因子であることがわかりました。SMARCB1とCBP/p300によるKREMEN2の遺伝子発現制御の分子メカニズムを解明した
KREMEN2の遺伝子発現制御の分子メカニズムを明らかにするために、CUT&RUN-seqによるクロマチン局在解析やATAC-seqによるクロマチン構造解析などのクロマチン解析手法を用いて検討しました。SMARCB1はSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体として、KREMEN2遺伝子座の転写制御領域に局在することで、KREMEN2遺伝子の転写を抑制していました。一方で、SMARCB1が欠損することによって、CBPとp300の両方がKREMEN2遺伝子座の転写制御領域に局在することで、KREMEN2遺伝子の転写が促進されることがわかりました。さらに、CBPとp300を同時阻害すると、KREMEN2遺伝子座の転写制御領域における転写因子の局在が抑制されることで、KREMEN2遺伝子の転写が抑制されることがわかりました。その結果として、合成致死性が誘導されると考えられました。KREMEN2の抑制によって誘導される細胞死経路を特定した
これまでの結果から、SMARCB1欠損型細胞において、CBP/p300を同時阻害したとき、KREMEN2の発現が抑制されることで、細胞死が誘導されることを明らかにしました。そこで、KREMEN2の発現抑制によって、どのような分子メカニズムによって細胞死が誘導されるかを検討しました。これまで、KREMEN2は膜タンパク質であり、KREMEN1という別の膜タンパク質と結合することと、KREMEN1タンパク同士が結合することが分かっていました。また、KREMEN2はアポトーシス抑制タンパク質であり、KREMEN1はアポトーシス促進タンパク質であることも分かっていました。しかし、KREMEN2とKREMEN1の相互作用とアポトーシスの制御機構は明らかになっていませんでした。そこで、タンパク質同士の相互作用(結合)を発光シグナルで定量的に検出する実験手法であるNanoBitシステムを応用してKREMEN1同士の結合を定量的かつ簡便に検出できるアッセイ系を構築しました。KREMEN2が増加するとKREMEN1同士の結合を促進することでアポトーシスが抑制されること、KREMEN2が減少(CBP/p300を同時阻害)するとKREMEN1が単量体化することでアポトーシスを促進することを明らかにしました。さらに、SMARCB1欠損型細胞において、CBP/p300を同時阻害したときに、どのような分子経路を経てアポトーシスが誘導されるかを検討するために、CBP/p300の同時阻害およびKREMEN2の抑制で共通して変動する遺伝子とタンパク質について、網羅的遺伝子発現解析に基づいたGSEA(Gene Set Enrichment Analysis)解析およびリン酸化タンパク質抗体アレイ解析を行いました。これらの解析の結果、CBP/p300の同時阻害に伴うKREMEN2の発現抑制によって、IL6-JAK-STAT3経路、TNFα-NFκB経路、PI3K-AKT経路によるアポトーシス抑制が解除された結果として、アポトーシスが誘導されることを明らかにしました。
メカニズムに基づいたCBP/p300阻害剤の有望性を生体モデルで実証した
細胞株モデルを用いて明らかにしてきた以上の現象について、マウス移植腫瘍モデルにおける生体モデルで検証しました。CBP/p300の同時阻害剤の投与によって、SMARCB1正常型細胞由来のマウス移植腫瘍モデルでは、抗腫瘍効果を示しませんでした。一方で、SMARCB1欠損型細胞由来のマウス移植腫瘍モデルでは、抗腫瘍効果を示すことを明らかにしました。このとき、SMARCB1欠損型の腫瘍では、KREMEN2の発現抑制とともに、PI3K-AKT経路の抑制、アポトーシスの誘導が、生体モデルでも確認することができました。研究成果のまとめ
SMARCB1正常型細胞
SMARCB1は、KREMEN2遺伝子の転写制御領域でクロマチン構造を閉じた状態にすることで、KREMEN2遺伝子の発現を抑制しています。このとき、CBP/p300は、KREMEN2遺伝子の転写制御領域に局在することができません。そのため、SMARCB1正常型細胞ではCBP/p300を介したKREMEN2の発現に依存していないため、CBP/p300を同時阻害しても細胞死が誘導されないと考えられました。
SMARCB1欠損型細胞
SMARCB1が欠損すると、KREMEN2遺伝子座の転写制御領域にCBP/p300が局在することでクロマチン構造が開かれることで、KREMEN2遺伝子の発現が促進されます。このとき、KREMEN2は、KREMEN1の単量体化を防止することでアポトーシスを抑制するようになります。このとき、SMARCB1欠損型細胞は、CBP/p300およびKREMEN2の発現に依存した状態になっているため、CBP/p300を同時阻害すると、KREMEN2の発現が抑制されることで、KREMEN1の単量体化が起こります。このとき、アポトーシスの抑制が解除されて、結果としてアポトーシスによる細胞死が誘導されると考えられました。
今後の展望
CBP/p300の同時阻害剤の創薬開発を製薬会社と共同で進めています。今後、CBP/p300同時阻害剤の前臨床試験、臨床試験の実施を目指すともに、最終的にはラブドイド腫瘍、類上皮肉腫などのSMARCB1欠損型の小児がん、AYA世代のがんの治療へ貢献できるように研究を進めていきたいと考えています。また、SMARCB1とは別の因子の遺伝子欠損が肺がんなどの難治性がんで高頻度に見つかっています。このようながんに対してもCBP/p300の同時阻害剤が有望であるかについての研究も進めています。本研究では、新たに考案した“パラログ同時阻害法”によって、有望な創薬標的を発見することができました。本研究では、対象とするパラログペア遺伝子の数を限定して標的探索を行いましたが、現在、対象とするパラログペア遺伝子の数を拡大して、大規模に創薬標的を探索できる方法を構築しています。今後、小児がん、AYA世代のがんなどの希少がんだけでなく、治療法が確立されていない難治性がんにおいて、欠損型遺伝子異常をもつがんに有望な治療法の開発につなげていく研究を進めていきます。
参考文献
Sasaki M, Kato D, Murakami K, Yoshida H, Takase S, Otsubo T, Ogiwara H.
Targeting dependency on a paralog pair of CBP/p300 against de-repression of KREMEN2 in SMARCB1-deficient cancers.
Nat Commun. 2024 15(1):4770.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38839769/