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miRNAの機能多様性制御メカニズムの発がんにおける役割
近年、miRNA deep sequencing解析によって、細胞内では成熟型miRNAの構造アイソフォームが発現していることが明らかになっており、これらはIsomiRsと呼ばれています。isomiRは2つのRNAプロセシング酵素DroshaとDicerによる切断部位のゆらぎや、末端部位への塩基の酵素的付加、RNA編集などによって生じます。
細胞内のmiRNAの約半数はisomiRであり、この構造多様性がmiRNAの制御や機能の複雑性を作り出す要因の一つで、それらがどのような生物学的意義を有するかはよくわかっていません。そこで、本研究では、miRNAの構造多様性とがん病態誘発との関連を明らかにすることを試みました。
1.がん組織中の特定miRNA構造を定量化することで早期肺腺がんの再発リスクが評価できる
miR-21-5pはがん促進的なmiRNAとして知られていますが、癌細胞や非癌細胞において構造アイソフォームmiR-21-5p+Cが高発現していることが報告されています。しかしその生物学的意義や産生メカニズムについて全容は未解明だったため、miR-21-5pとmiR-21-5p+Cについて検討しました。定量的PCR法を用いて、国立がん研究センター中央病院で外科的切除された肺腺がん症例のmiR-21-5p, miR-21-5p+Cの発現量を定量したところ、がん部は非がん部に比べてmiR-21-5p+C/miR-21-5pの比が高く、がんでは生合成異常が顕著であることが判りました。そこで、miR-21-5p+Cの合成優位性をD-scoreとして数値化し、臨床病理学的特徴との相関について解析を行いました。その結果、D-scoreの高い肺腺がん、特に早期ステージ(ステージIとII期)、は再発リスクが極めて高いことが判りました。さらに、秋田大学医学部附属病院で手術された早期の肺腺がん手術症例を用いて、同様の解析をしたところ、やはり、D-scoreが高い症例は、再発リスクが極めて高いことが示されました。
2.D-scoreは肺腺がんの遺伝子発現様式と強く連携する
次に、D-scoreは肺腺がんのどのような特徴を反映しているのかを明らかにするために、ゲノム解析により、遺伝子変異との関連を調べました。その結果、D-scoreは肺腺がんのドライバー遺伝子変異とは相関せず、ゲノム変異では既定されないことが判りました。さらに、RNAシークエンス解析を実施しました。GSEA解析の結果、細胞周期、上皮間葉転換(EMT)、免疫応答の遺伝子セットが有意に濃縮されていることが判りました。そこで、細胞周期、EMT、免疫応答関連遺伝子の発現量とD-scoreとの相関やパスウェイ解析等を行いました。
D-scoreの高いがんは、細胞周期(DNA複製や染色体分配)が亢進していること、EMT圧力を腫瘍微小環境から持続的に受けていること、免疫回避の腫瘍微小環境を有することが判りました。再発リスクの把握は、EMT圧力による微小転移の誘発に起因すると考えられました。これらの結果から、miR-21-5p+Cの優位性は、がんの悪性形質を反映していることが示されました。
3.IGF2BP3が制御するmiRNA構造多様性は細胞内ネットワークを制御する
次に、D-scoreを制御する因子の探索をおこないました。RNA制御因子の発現とD-scoreとの相関を検討し、IGF2BP3を同定しました。IGF2BP3は多機能なRNA結合タンパク質で、oncofeatalな発現パターンを示す遺伝子として知られていおり、その機能ががん細胞の悪性形質と連携する可能性が報告されています。肺がん細胞株で IGF2BP3をノックダウン法で抑制すると、miR-21-5p+C/miR-21-5pの比が有意に減少し、miR-21-5p+Cの発現が選択的に抑制されていることが示唆されました。そこでIGF2BP3のmiRNAのプロセッシング経路への関与を検討し、IGF2BP3は細胞の核内でmiRNAのプロセッシング因子であるDroshaとRNA非依存的に複合体を形成していることを見いたしました。興味深いことに、IGF2BP3はmicroprocessorの構成因子DGCR8とは複合体を形成しないことから、典型的なmiRNAのプロセッシングとは異なる経路でmiRNAの合成に関与することが示唆されました。
さらに詳細な解析を実施し、miR-425-5p、miR-454-3p、Let-7ファミリーの構造アイソフォームがIGF2BP3によって制御されていること、D-scoreの高い肺腺がんでそれらの発現異常が観察されることを見出しました。これらのmiRNAがD-scoreの高い肺腺がんの特徴である、細胞周期の亢進、転移誘発能の獲得と免疫関連の細胞内ネットワークを制御する因子であることを見出しました。
これらのことから、D-scoreはがん細胞内で生じているmiRNAの構造多様性を強く反映する指標であり、腫瘍特性と強く連携することが判ります。この原理が、早期ステージ肺腺がんの術後再発の予測を可能としていると考えられます。また、miRNAの機能異常とは、それらの発現異常のみならず、構造多様化のパターンが変化することが大切であることを明らかにしました。