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国立がん研究センター

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個別化治療が進む「乳がんの薬物療法」最適な治療を提供し、多様なニーズにも対応

更新日 : 2025年4月30日

注:本ページは2025年4月時点の情報です。

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乳がんは、女性のがんの中で最も患者数が多く、30代から50代の働き盛り・子育て世代に発症しやすい病気です。東病院では、科学的根拠に基づいた最新の治療を提供しつつ、2018年に開設した「LIFE 支援センター(旧レディースセンター)」において、患者さん一人ひとりのニーズに合わせたきめ細かいサポートをしています。腫瘍内科長の向原徹医師に、乳がんの薬物療法と、多様なニーズを持つ患者さんを支えるLIFE 支援センターのサポート体制について聞きました。

東病院 腫瘍内科長
向原 徹(むこうはら・とおる)医師

経歴紹介

1997年大阪市立大学医学部卒業。東病院化学療法科勤務、神戸大学医学部附属病院腫瘍センター特命准教授、通院治療室長などを経て、2017年より現職。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医・指導医。
「患者さんもチーム医療の一員として参加し、納得のいく治療を受けてください」

「サブタイプ」「再発リスク」「本人の希望」により薬物療法を選択

乳がんは比較的早期の段階から微細な転移が起こり、全身病へと移行すると考えられています。そのため、たとえ目に見えた転移がなく乳房の腫瘍が小さくても、ほとんどの患者さんに「手術」「薬物療法」「放射線療法」を組み合わせた「集学的治療」を行い、治癒率を上げる努力をしています。 

ひとくくりに「乳がん」と言っても、実は、がん細胞の性質や悪性度によって、さまざまな種類があります。少し専門的になりますが、乳がんの性質による分け方を「サブタイプ分類」と呼びます。

サブタイプ分類は、腫瘍において「ホルモン受容体が発現しているか」「『HER2』と呼ばれるタンパク質ががん細胞の表面に過剰に発現しているか」「がん細胞の増殖能力を示す指標『Ki67』の値は高いか」によって、乳がんを5種類に分ける方法です(下表参照)。サブタイプによって、病気の勢いや薬に対する反応性が異なります。乳がんの治療ではこのサブタイプに加えて、「再発リスク」や「患者さん本人の希望」なども考慮し、一人ひとりに合わせて適切な治療法を選択します。

乳がんのサブタイプ分類と薬物療法の内容

サブタイプ分類 ホルモン
受容体
HER2 Ki67 選択される薬物療法
ルミナルA型 陽性 陰性 ホルモン(内分泌)療法
+/- 内服化学療法
ルミナルB型
(HER2陰性)
陽性 陰性 ホルモン療法
+ 点滴化学療法
+/-CDK4/6阻害薬
+/- 内服化学療法
ルミナルB型
(HER2陽性)
陽性 陽性 - 点滴化学療法
+ 抗HER2 療法
+ ホルモン療法
HER2型 陰性 陽性 - 点滴化学療法
+ 抗HER2 療法
トリプル
ネガティブ
陰性 陰性 - 点滴化学療法
+/- 免疫チェックポイント
阻害薬

*個々の患者さんの病状により記載にない薬を用いる場合もあります

「ホルモン療法」「抗HER2療法」「化学療法」「分子標的薬」で再発を予防

薬物療法の目的は、主に、1 手術前または後に行うことで再発リスクを減らすこと(周術期薬物療法)、2治癒が難しい進行がんや再発がんに行うことで生活の質(quality of life, QOL)を保ちながらできるだけ長く過ごせるようにすること(緩和的薬物療法)――の2つです。そのうち周術期薬物療法においては、サブタイプ分類と再発リスクに応じて「ホルモン療法」「抗HER2療法」「(従来からある一般的な抗がん剤による)化学療法」「分子標的薬」の4種類が使い分けられます。

ルミナルタイプの周術期薬物療法

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乳がんの約7割は、女性ホルモンががんの増殖に関与している「ルミナルタイプ」(ルミナルA型・B型)です。このタイプの患者さんの周術期薬物療法としては、ホルモン療法を5年間から10年間行います。ホルモン療法は、女性ホルモンの働きを抑える薬を用いる治療法で、閉経前と閉経後では使う薬の種類が異なります。ホルモン療法は、化学療法に比べて副作用が少ないと言われますが、顔が赤くなったりほてったりするホットフラッシュや、発汗、動悸など更年期障害のような症状が出る人もいます。その場合は症状を抑える薬を使ったり、薬を変更したりすることもあります。

最近、リンパ節転移が多くみられた患者さんの術後ホルモン療法に、CDK04月06日阻害薬である「アベマシクリブ」という分子標的薬を加えることで予後が改善することが明らかになり、用いられるようになりました。

HER2タイプの周術期薬物療法

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HER2陽性乳がんである「HER2型」と「ルミナルB型(HER2陽性)」は、もともと悪性度が高く、増殖の速いがんとして知られていました。しかし近年、化学療法に抗HER2療法を組み合わせることにより、治療成績が大きく改善しています。HER2陽性乳がんの周術期薬物療法には、基本的には、HER2に対する抗体薬である「トラスツズマブ」を用いますが、リンパ節転移があるなど再発リスクが高い場合には、「ペルツズマブ」という別の抗HER2抗体を加えてより強力な治療を行います。また、トラスツズマブを含む術前薬物療法を受けた患者さんのうち、手術の際にがん細胞が残っていた方には、「トラスツズマブ エムタンシン」というトラスツズマブに抗がん剤を結合させた薬剤(抗体薬物複合体)が用いられます。

トリプルネガティブタイプの周術期薬物療法

ホルモン受容体もHER2もすべて陰性の「トリプルネガティブ」の患者さんは、化学療法で再発を予防します。また、最近では、トリプルネガティブ乳がんの患者さんの術前薬物療法として免疫チェックポイント阻害薬と用いたり、術前化学療法後の手術時にがん細胞が残っていた患者さんに飲み薬の抗がん剤を用いたり、新たな治療が試みられています(飲み薬の抗がん剤は2025年4月時点で保険適応外)。

選択肢が増えている転移・再発乳がんの薬物療法

転移・再発乳がんの治療においても、サブタイプによって薬を選択します。新しい分子標的薬として「CDK04/6阻害薬」「AKT阻害薬」「PARP阻害薬」が選択肢に加わっていますし、抗体薬物複合体と呼ばれる新たな薬剤も複数登場してきました。

CDK4/6阻害薬やAKT阻害薬は、ルミナルタイプの転移・再発乳がん(HER2陽性を除く)に対して、ホルモン療法に加えて用いられます。CDK4/6阻害薬は、本邦では、「アベマシクリブ」と「パルボシクリブ」の2種類があり、それぞれの副作用の特徴などを踏まえ選択されます。AKT阻害薬である「カピバセルチブ」は腫瘍にPIK3CA、AKT1、PTENという遺伝子のいずれかに変異がある場合に選択可能です。

PARP阻害薬は、「BRCA1/2」という遺伝子に変異がある乳がんが転移・再発した場合の治療に有効な薬です。「BRCA1/2」の変異の有無を調べる遺伝子検査は、HER2陰性乳がんが転移・再発した場合、また再発・転移がなくても「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)」の特徴を有する場合は、保険診療で受けられます。

乳がんで用いられる抗体薬物複合体には、HER2に対する「トラスツズマブ デルクステカン」とTROP2に対する「ダトポタマブ デルクステカン」があります。前者は、当初HER2陽性転移・再発乳がんのみ対象としていましたが、最近ではHER2陰性乳がんのうちHER2を一部発現している(HER2 低発現)場合にも効果が示され用いられます。後者は、ルミナルタイプの転移・再発乳がんを対象として用いられます。

治療に伴うさまざまな悩みはレディースセンターでサポート

image03.png東病院では2018年、LIFE 支援センター(旧レディースセンター)を開設し、AYA看護外来を窓口として、さまざまな相談に対応しています。例えば、「私の乳がんは遺伝に関係するのかしら?」と心配されている方も多いのではないでしょうか。遺伝性乳がんは、乳がん全体の約5%から10%を占めています。遺伝学的検査によって遺伝性とわかった場合には、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんのように、発症前に卵巣・卵管や乳房を切除する手術を受ける方法もあります。ご家族にがん患者が多くいるなど遺伝が心配な方は、担当医や、AYA看護外来へご相談ください。

遺伝性がんのこと以外にも、妊孕性(にんようせい:妊娠する力)の相談・対応、脱毛など治療に伴うアピアランス(外見の変化)相談・支援、リンパ浮腫を含むリハビリテーションの必要性評価と対応、治療と仕事や育児との両立、薬の副作用への対処法など、内容は多岐に渡ります。

「子どもに病気のことをどう伝えたらよいのか」といった悩みについても、AYA看護外来の看護師と小児腫瘍科の医師等が連携してサポートします。経済的な問題や就労に関することなども、一人で悩まずAYA看護外来を活用してください(サポーティブケアセンター/がん相談支援センターの専門スタッフへとつなげます)。

薬物療法については、自分に合った方法を選択し、納得して治療に臨んでいただきたいと思います。私たち腫瘍内科の医師は、科学的に有効かつ安全とされている治療法の中から最適なものを提案しますが、不安に思ったり判断に迷ったりしたときは、遠慮なく担当医や看護師などに伝えてください。

患者さんもチーム医療の重要なメンバーです。一人ひとりが生活の質を保ちながら治療を受けられるように、チーム全体でサポートします。ホルモン療法や転移・再発した場合の治療など、乳がんの治療は長期間に渡ることがあります。闘病に伴う悩みや不安は、担当医や外来の看護師、LIFE 支援センターの相談窓口などに気軽に相談し、その都度解消するようにしてください。治療中でも「あなたらしさ」を大切にした生活を続けていただきたいと思います。

東病院LIFE 支援センターの役割

LIFE 支援センターは、患者さんが「その人らしい生活」を送れるよう、最適な医療とサポートを提供するために開設されました。病院棟2階の「AYA看護外来」が総合窓口となり、さまざまな相談に多職種で対応しています。

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