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国立がん研究センター

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「ロボット手術・開発センター」で低侵襲手術の開発を推進

注:本ページは2024年4月時点の情報です。

近年、手術支援ロボットを用いた体への負担が少ない低侵襲手術が注目され、その手術件数は年々増加しています。中央病院では2024年1月に、ロボット手術・開発センターを開設しました。
同センターは、ロボット手術を実施する診療科が連携して運営する組織です。新たにセンターを開設した目的と今後の方向性、ロボット手術の利点について、同センター長で大腸外科医長の塚本俊輔医師が解説します。

塚本医師



中央病院ロボット手術・開発センター長/大腸外科医長

塚本 俊輔(つかもと しゅんすけ)医師

2001年山形大学医学部卒業。静岡県立静岡がんセンター大腸外科副医長などを経て、2013年より中央病院大腸外科医員。
2020年11月より同科医長。2024年1月ロボット手術・開発センター長兼任。

各科が連携して質の高いロボット手術を提供

ロボット手術は、手術支援ロボットを用いた、患者さんへの体の負担が少ない低侵襲手術です。
中央病院がロボット手術・開発センターを開設した目的の一つは、ロボット手術を実施している診療科が一致団結し、質の高いロボット手術を提供するためです。

ロボット手術・開発センター

組織図

現在、保険診療でロボット手術を行っている診療科は、頭頸部外科、食道外科、胃外科、大腸外科、肝胆膵外科、泌尿器・後腹膜腫瘍科、婦人腫瘍科と多岐にわたります。これまでは総合的にまとめる部門がなかったのですが、センター化によって各診療科がビジョンを共有し、臨床的に新しいことを実現したいと考えています。

中央病院では、これまでダビンチ(da Vinci)Xiという手術支援ロボット2台を用いてロボット手術を実施してきました。手術件数も年々増え(下画像:中央病院のロボット手術件数参照)、このほど3台目として、最新鋭の手術支援ロボット「ダビンチSP」を新たに導入することになったことも、当センターを開設した理由の一つです。

当院のロボット手術実績

ダビンチXiには4つのアームがあり、患者さんの胸部や腹部に5~6個の孔(あな)を開けて、そこからカメラと鉗子を挿入して手術を実施する機器ですが、最新のダビンチSPのアームは1本なので、手術の傷は1~2個で済みます。当センターでは、この超低侵襲手術が、従来の手術と同じように質の高いレベルで安全にできるような術式を確立し、各地域の病院で実施できるように標準化していくことを目指しています。

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(ダビンチSPのアームの先端部分)アーム同士がぶつかることがなく、先端部分は人間の手のように柔軟に動くため、より感覚的な操作が可能。口からロボットを挿入できる咽頭・喉頭がんなどの手術で特に効果を発揮するとみられる。

次世代をけん引するリーダーの育成にも注力

また、ロボット手術・開発センターを開設したもう一つの目的は、日本のロボット手術をけん引するリーダーとなる人材を育成するためです。

ロボット手術の利点は、手術器具のついた鉗子の先端に複数の関節があって、執刀医の指や手の動き通りに操作でき、従来の腹腔鏡手術よりも繊細で正確な手術操作が可能であることです。従来の腹腔鏡手術の鉗子には関節がないため、長いピンセットを操って手術を進めるようなもので、術者の技術の熟練には時間がかかりました。しかし、手術支援ロボットを使えば、指導医の監督の下、経験の浅い外科医でも比較的短期間で、患者さんに質の高い手術を提供できます。

手術支援ロボットには術者の手の震えが取り除かれる機能がついているので、手振れの心配がなく、3Dの拡大画像で確認しながら繊細な操作が可能であることも利点と言えます。手術は基本的に、外科医が立って行うのが常識でしたが、ロボット手術ではコンソールと呼ばれる操作台に座り、画面を見ながら手術を進めます。術者にとっても負担やストレスが少ない手術法です。

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(ダビンチSPの術者の様子)術者は、患者とは離れた場所に設置された操作台に座り、3D画像を見ながら手術を進める。

世界的にも歴史の浅い手術法なので、長期的な成績はまだ出ていませんが、出血量が少なく術後の回復が早いなど短期的な利点は明らかであり、今後さらに、当院でもロボット手術の症例数が増え、活用の場も広がると考えています。

ただし、ロボットが手術をするわけではなく、手術を進めるのはあくまで外科医です。当院は、がんの専門病院なので、ほかの病院では治療が難しいがんに対する手術の経験が豊富な外科医が揃っています。

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(ダビンチSP手術中の様子)この日は大腸外科の手術が行われている。

難しい手術もロボットを用いて実施することによって、今までロボット手術の恩恵を得ることができなかった高難度症例や再発の患者さんにも、より体への負担が少ない低侵襲手術を提供できる可能性があります。難しい症例に対する手術経験が豊富な外科医が多いのは当院の強みですし、幅広い症例にロボット手術で対応できる次世代のリーダーの育成にも力を入れていきたいです。

超低侵襲の新術式を開発しその標準化も目指す

ロボット手術・開発センターでは、手術支援ロボットを用いた新たな術式や最新鋭の機器の開発を進めることも目的としています。先駆的な高度医療の開発は、国立がん研究センターの使命ですから、当センターとして最も力を入れていきたい分野です。

まずは、ロボット手術が保険診療になっているがん種に関して、どのような手術をすればロボット手術の効果を最大限に出せるのか検証し、その術式を標準化して、全国の医療機関へ広げたいと考えています。

なかでも当センターとして注力していきたいのが、ダビンチSPを用いた咽頭がんや喉頭がんの超低侵襲手術の標準化です。ダビンチSPを使えば、体に孔を開けずに、口から手術支援ロボットのアームに装着された鉗子を挿入して喉にある病変を切除できますから、従来のロボット手術よりも、さらに患者さんの体への負担を軽減できるのではないでしょうか。

2024年4月15日にプレスリリースの通り、「ダビンチSP」を用いたがん手術の当院での第一例目として高難度症例である頭頸部の手術(中咽頭がん手術)を実施しました。
手術支援ロボット「ダビンチSP」を用いたがん手術を実施
新たな「ロボット手術・開発センター」から高難度症例に対する低侵襲治療の開発・拡大を目指す

私の専門分野である大腸がんなどの手術でも、ダビンチSPを用いれば、小さな孔を1~2個開けるだけで済むので、患者さんの術後の痛みや体への負担のさらなる軽減が期待されます。腫瘍はしっかり切除して残せる神経や血管は温存し、ダビンチSPの利点を最大限に生かせる術式を確立し、質の高いロボット手術が全国で受けられるようにしていきたいと考えています。

一方で、まだロボット手術が保険適用になっていないがん種もあります。例えば、乳がんは体の表面に近いところに病変があるので、これまでロボット手術を用いる利点が少ないと考えられていました。そのためか、ダビンチを乳房の病変の切除に使うこと自体がまだ薬事承認されていないのが実情です。

しかし、ダビンチSPを用いれば、わきの下などに小さな孔を1~2個開けるだけで乳がんの手術ができるので、美容面での利点は大きいのではないでしょうか。ハリウッド俳優のアンジェリーナ・ジョリーさんが受けた乳房の予防切除などに対しても、ダビンチSPを使う利点は大きいとみられ、ロボット手術の活用の可能性を広げる研究も行っていきたいです。

現在の課題を克服した未来型ロボット機器開発も

がんの外科手術の目的は病気を治すことで、それが最優先されますが、手術による体への負担は最小限にし、できるだけQOL(生活の質)を落とさないようにすることが重要です。手術支援ロボットを用いることで、従来の腹腔鏡手術よりも安全かつ正確に、術後の痛みや負担の少ない超低侵襲手術が提供できるようになっています。開胸手術や開腹手術の方が適しているケースもありますが、ロボット手術を希望する場合には、ぜひ、担当医に相談してみてください。

ただ、ロボット手術にもデメリットがあります。最大のデメリットは、機器の価格や維持費が高額であることです。手術支援ロボットのダビンチは米国の企業が開発した機器で、一社独占であることも機器や維持費が高額になっている要因です。

こういった課題を克服し、さらに患者さんに負担が少ない手術を提供するためにも、当センターでは、国内の医療機器メーカーと一緒に、独自の手術支援ロボットの開発も進めていく予定です。さまざまな機能を持つ複数の手術支援ロボットが保険診療で使えるようになれば、ロボット手術の恩恵を受けられる患者さんがもっと増えるのではないでしょうか。

中央病院では、手術創、体への負担、医療コストなど、今の治療の課題を解決する未来型低侵襲治療機器の開発を目指した「MIRAIプロジェクト」を2023年に開始しました。新たな手術支援ロボットの開発は、MIRAIプロジェクトの一環でもあります。外科医だけではなく、医療機器に詳しい臨床工学技士や企業との協働によって、現在不可能と思われていることを可能にし、患者さんにメリットの多い機器の開発を進めていきたいです。

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