中央病院・東病院で本格導入された「がんゲノム医療」がん遺伝子パネル検査で“次の治療薬”を探索
注:本ページは2021年12月時点の情報です。
がんの組織を用いて遺伝子異常の有無を調べ、一人ひとりの患者さんに合った治療法を選択する「がんゲノム医療」が広がってきています。
がんゲノム医療と、保険診療で実施されるようになった「がん遺伝子パネル検査」について、中央病院副院長で先端医療科長の山本昇医師に聞きました。
中央病院先端医療科長
山本 昇(やまもと のぼる)医師
経歴紹介
1991年広島大学医学部卒業。
国立がん研究センター中央病院呼吸器内科・医員などを経て、2013年より同院先端医療科長、19年より臨床研究支援部門長、副院長(研究担当)。
「新薬の開発を促進し、がん遺伝子パネル検査の結果が治療につながる 患者さんを増やしたいです」
次世代シークエンサーで多数の遺伝子異常を同時解析
がんゲノム医療は、手術や生検で採取したがんの組織(腫瘍のかたまり)を用いて、がんの増殖に関わる特徴的な遺伝子異常を調べ、一人ひとりの患者さんに最適な治療法を選択する究極の「個別化医療」です。すでに、肺がんや乳がんなど では、保険適用となっている特定の薬の効果を調べる遺伝子検査(後述するコンパニオン検査)が、日常診療の中で行われています。また、乳がんに多い遺伝子異常が、胃がんや肺がんにも見られるなど、臓器横断的に見つかる場合があることもわかってきました。
2019年6月には、「次世代シークエンサー(NGS)」という高性能の遺伝子解析装置を用いて、多数の遺伝子異常を同時に測定する「がん遺伝子パネル検査」が保険適用になりました。少し専門的になりますが、がん遺伝子パネル検査には、特定の保険適用薬の効果を調べる「コンパニオン検査」と、保険適用薬以外の薬を含めて“次の薬物療法”を探索する「がんゲノムプロファイリング検査」があります。 2021年12月現在、保険収載されているがんゲノムプロファイリング検査は「OncoGuide(オンコガイド)NCCオンコパネル」と「FoundationOne(ファンデーション ワン)CDxがんゲノムプロファイル」と「FoundationOneLiquid(ファンデーション ワン リキッド)CDxがんゲノムプロファイル」の3種があります。
検査名 | 一度に調べられる遺伝子数 |
---|---|
OncoGuide(オンコガイド)NCCオンコパネル | 124個 |
FoundationOne(ファンデーション ワン)CDxがんゲノムプロファイル | 324個 |
FoundationOneLiquid(ファンデーション ワン リキッド)CDxがんゲノムプロファイル | 324個 |
がん遺伝子パネル検査について詳しく
「検査を受ける利点があるか」は担当医と相談を
がん遺伝子パネル検査が受けられるのは、中央病院と東病院を含む「がんゲノム医療中核拠点病院」(以下、中核拠点 病院)12施設と「がんゲノム医療拠点病院」33か所、「がんゲノム医療連携病院」185施設です。他の病院で治療を受けている方が、中央病院や東病院で検査を受ける場合には、紹介状が必要です。 対象になるかどうかは、がん種や全身状態などによっても異なりますので、まずはご自分の担当医に相談してください。(2021年12月1日現在の数です。)
検査に用いるがんの組織は、一般的に、3年以内に採取されたものが適しているとされます。保存されていたものを用いることが多いのですが、組織の量が少ない場合や、古い場合には再度、採取が必要になることがあります。 検査にかかる費用の自己負担額は、1割負担の人で5万6000円、2割負担で11万2000円、3割負担では16万8000円です。 所得によっては、高額療養費制度を使って自己負担額を減らすことができます。
次世代シークエンサーを使った遺伝子の解析は検査会社で行い、その結果はレポートとして中核拠点病院へ返却され ます。中核拠点病院ではエキスパートパネル(専門家会議)が開かれ、解析結果の意義づけや、推奨される治療薬の提案が行われます。検査結果は、新薬開発のための重要なデータベースになるため、 検査を受ける患者さんには、「がんゲノム 情報管理センター(C-CAT)」への登録をお願いしています。
登録に同意された患者さんに関しては、国内の治験情報などを記載した「C-CAT調査報告書」が作成 され、この報告書もエキスパートパネルの参考資料となります。
患者さんへの結果説明は、担当医が行います。検査を受けることに同意してから結果が出るまでには、約4週間かかります。
がん遺伝子パネル検査の流れ
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1.担当医による検査の説明・同意取得
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2.がん組織から検査資料の採取・選択
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3.NCCオンコパネル検査
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4.エキスパートパネルによる解析結果の意義づけ
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5.担当医による結果説明 治療開始
治療につながる患者さんは10から15%とまだ限定的
がん遺伝子パネル検査を100人の患者さんに行った場合、約80人にがんに関係した遺伝子異常が見られます。そのうち、治療につながるかもしれない“意味のある”異常が見つかるのは50人くらいです。ただし、すべての遺伝子異常に対応する薬が揃っているわけではないですし、患者さんの体調によっては薬物療法ができないこともあります。そのため、実際に、治療が行われた患者さんは全体の10から15%と限定的です。
治療につながる異常が見つかった場合の主な選択肢は、1.現在開発中の新薬の治験に入る、2.自分のがんでは保険適用外だが他のがん種では承認されている薬の使用を検討する――の2つです。「治験はあるけれども、その適格基準を満たせないために参加できない」または「保険適用外の薬を使用したい」患者さんについては、「患者申出療養」という制度を2019年10月から開始しました。
先端医療科では、同科で実施中の治験(第1相試験)の中から、患者さんの条件に合うものを探せる検索システムを構築し、ホームページ上に公開しています。「患者さん向け」と「医療関係者向け」 の2つのサイトがあり、がん種、治療状 況、遺伝子異常、年齢などの条件を入力 すると、それに合った治験情報が得られます。是非、ご活用ください。
遺伝子異常に合わせた治療を受けた患者さんの中には、劇的にがんが小さくなる方がいる一方、効果が得られない方もいます。また、治療につながる遺伝子異常が見つからなかったとしても、そこで治療が終わるわけではなく、別の治験や治療法を選択肢の一つとして紹介することも少なくありません。検査結果がすべてではないことも強調しておきたいと思います。
遺伝子パネル検査で見つかる遺伝子異常は、ほとんどが後天的なものですが、生まれつき持っている「家族性腫瘍に関連した遺伝子異常」が見つかることがあります。そのため検査を行う際には、事前に、そういった異常が見つかった場合に伝えてほしいかどうか確認し、必要に応じて「遺伝相談外来」や「遺伝カウセリング」の受診をお勧めしています。
「新薬開発」「遺伝子解析の専門家育成」が課題
前述したように、がん遺伝子パネル検査には「まだ個々の遺伝子異常に対応する薬が揃っておらず、治療につながる患者さんが少ない」という課題があります。 新薬の開発は先端医療科に限らず、当センター全体の使命です。最適な治療薬が 見つかる患者さんを増やすためにも、製薬会社と協力しながら、さらに開発を進めることが重要だと考えています。また、「遺伝子解析の専門家が不足している」 現状を踏まえ、今後は教育にも力を入れ、全国の患者さんが、身近な病院で気 軽にがん遺伝子パネル検査を受けられる環境を整えていきたいです。
参考サイト
がんゲノム医療について紹介しているページを紹介します。