“痛み”ががん病態に関与する可能性を報告–痛みを伝える“知覚神経”から放出される物質が乳がんの進行を促す仕組みを解明–
星薬科大学
国立研究開発法人国立がん研究センター
発表のポイント
- 乳がん患者さんにおいて、痛みの強さと病状の進行が相関している可能性があることを後ろ向きの観察研究で確認しました。
- 痛みを感じる神経から放出される物質である CGRPおよびサブスタンスPの血中濃度は疼痛スコアと正の相関を示し、全生存期間と負の相関を示しました。
- ヒト iPS 細胞由来知覚神経を光刺激で活性化すると、知覚神経と共存する乳がん細胞の増殖・転移能・薬剤耐性が顕著に増強されました。
- 動物モデルでは、CGRP受容体および NK1 受容体遮断により、知覚神経活性化に伴う腫瘍進行が抑制されました。
- 一方で、知覚神経由来で痛みを抑える物質ダイノルフィンはκオピオイド受容体を介して腫瘍進行を抑制しました。
- 今後は知覚神経ペプチド遮断あるいはκ オピオイド受容体作動薬に既存の抗がん剤や鎮痛薬を適切に組み合わせることで、腫瘍抑制と疼痛管理を同時に最適化する新たながん治療・がん支持療法につながることが期待されます。
概要
星薬科大学 薬理学研究室の成田年教授 (責任著者)、葛巻直子准教授 (共責任著者) らは、国立がん研究センター研究所 がん患者病態生理研究ユニットの南雲康行ユニット長、同研究所 先端バイオイメージング研究分野の鈴木健一分野長および笠井倫志ユニット長、国立がん研究センター中央病院 緩和医療科の里見絵理子科長らとの共同研究により、腫瘍周囲の知覚神経から放出される物質である神経ペプチドを介して、痛みのシグナルが腫瘍微小環境に作用し、腫瘍進行に関与し得る「神経–腫瘍相互作用」という病態がある可能性を明らかにしました。
がん関連疼痛(がんが引き起こす痛み)は患者さんの生活の質を著しく低下させる主要な症状として知られていますが、腫瘍進行を駆動する病態としては十分に理解されていませんでした。本研究では、疼痛自体が腫瘍の進行と関連するという新しい視点が提示されました。
乳がん患者さんを対象とした観察研究では、専門的緩和ケア介入後も疼痛が持続する患者さんでは、神経伝達物質であるカルシトニン遺伝子関連ペプチド (calcitonin gene-related peptide: CGRP) およびサブスタンス P の血中濃度が高く、血中濃度が高いと生存期間は短くなっていました。すなわち、疼痛の強度と神経ペプチド濃度は、患者さんの生存期間と関係する可能性が明らかになりました。
その仕組みを解明するために、ヒト iPS 細胞から分化誘導した知覚神経に光を当てることでその活動を制御できるようにしたモデルを構築しました。このモデルにより、光を当てて痛みを感じる神経を活動させると、CGRPおよびサブスタンスPが大量に放出されました。これらの神経から放出された物質を含む培養液を乳がん細胞にかけると、がん細胞を増殖させるPI3K–Akt シグナルが活性化し、細胞増殖、遊走能、抗がん剤抵抗性が著しく増強されました。
動物モデルにおいても、知覚神経が光で活動するようにしました。腫瘍周囲の知覚神経を光で刺激すると腫瘍増殖が加速し、この効果は CGRP受容体拮抗薬および NK1 受容体 (サブスタンス P 受容体) 拮抗薬の併用により完全に抑制されました。さらに患者さんの状態をよく反映する患者由来腫瘍移植 (PDX) モデルにおいても同様の傾向が確認されました。
興味深いことに、本研究では知覚神経が腫瘍促進因子だけでなく、腫瘍抑制因子も同時に放出していることが明らかになりました。知覚神経由来で痛みを抑えるダイノルフィンは κ オピオイド受容体 (KOR) を介して PI3K–Akt 活性化を抑制し、腫瘍進行を減弱させました。さらに、末梢選択的 KOR 作動薬によって腫瘍増殖が抑制されることも示され、神経系は腫瘍に対してアクセルとブレーキの両方を内在している可能性を示しました (研究概要図参照)。
本成果は、2026年2月9日に国際学術誌 (Elsevier 刊行) 『Pharmacological Research』 にオンライン公開されました。
論文情報
雑誌名
Pharmacological Research
タイトル
Pain signaling via sensory neurons drives breast cancer progression through neuropeptide release and κ-opioid counter-regulation
著者
Hitoshi Makabe (筆頭著者), Michiko Narita, Yasuyuki Nagumo, Masanori Fujiwara, Yusuke Hamada, Jion Takise, Takumi Yoshizawa, Sakura Sano, Shin Iizuka, Eri Asaba, Yukari Suda, Tomohisa Mori, Tsuyoshi Saitoh, Hiroshi Nagase, Vivianne L. Tawfik, Shigehiro Yagishita, Akinobu Hamada, Kan Yonemori, Shin Takayama, Masayuki Yoshida, Ryo Yoshizawa, Kenichi GN Suzuki, Rinshi S Kasai, Naoko Kuzumaki (共責任著者), Eriko Satomi (共責任著者), Minoru Narita (星薬科大学:責任著者)
DOI
https://doi.org/10.1016/j.phrs.2026.108113(外部サイトにリンクします)
詳細
詳細は星薬科大学のホームぺ―ジ(外部サイトにリンクします)をご覧ください。
お問い合わせ先
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
電話番号:03-3542-2511(代表)
Eメール: ncc-admin●ncc.go.jp
