ドイツ ケルン大学主導の国際プロジェクト研究成果Nature誌に発表 新規治療診断法の開発に期待肺小細胞がんの全ゲノム解読
2015年7月16日
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:堀田知光、所在地:東京都中央区、略称:国がん)は、愛知県がんセンター(総長:木下平、所在地:愛知県名古屋市)の研究グループとともに、ドイツのケルン大学が主導する16か国の研究機関からなる国際共同プロジェクトに参画し、難治性の高い肺がんである肺小細胞がん110例の全ゲノム解読を行いました。研究成果に関する論文は、英国科学誌「Nature」に発表されました。
- Comprehensive genomic profiles of small cell lung cancer(外部サイトにリンクします)
肺がんはがん死因第一位であり、本邦では年間に8万人弱の死をもたらす難治がんです。肺がんの約15%を占める肺小細胞がんは特に難治性であり、効果の高い治療法の開発が求められています。しかし、肺小細胞がんは、ほとんどが進行がんとして発見されるため、ゲノム解析に適する手術摘出試料は稀です。そこで、これまでに各国研究機関が集積してきた肺小細胞がん試料を集結して解析することにより、肺小細胞がんがどのようなゲノムの異常を蓄積し、発生するのかを明らかにしました。
国立がん研究センターでは、中央病院(東京都中央区)・東病院(千葉県柏市)を受診された患者さんを対象に、検査に使用した血液や組織、手術などで摘出された組織の診療後の残りと、それらに付随する診療情報、診療後の経過の情報の提供・研究への利用をお願いしています。ご提供いただいたこれらの試料と情報は、バイオバンクに整理して保管し、がん等の医学研究に使わせていただいております。本研究においては、肺小細胞がん患者さんの検体をゲノム解析に使用させて頂きました。
今後、この解析結果をもとに、新たな肺小細胞がんの治療・診断法の開発に取り組んで参ります。また、この場を借りまして、バイオバンクにご協力・ご賛同して下さった患者・家族の方々に深く御礼を申し上げます。
背景
肺がんはがん死因第一位(がん情報サービスへリンクします)であり、本邦では年間7万人以上もの方に死をもたらす難治がんです。肺小細胞がんは進行がんで発見されることが多く、難治性が高い肺がんとして知られています。これまでに、PI3K経路の遺伝子の異常などが一部の症例で見られることが、当センター等の研究で明らかにされ、治療法の開発が進められています(J Thorac Oncol. 9: 1324-31,2014)。しかしながら、肺小細胞がんがどのようなゲノムの異常を蓄積して発生するのかその全貌は明らかではありませんでした。そこで、国立がん研究センター(研究所ゲノム生物学研究分野 河野隆志分野長)、愛知県がんセンター(中央病院 遺伝子病理診断部 谷田部恭部長)の研究グループはドイツケルン大学が主導する国際共同プロジェクトに参画し、難治性の高い肺がんである肺小細胞がん110例の全ゲノム解読を行いました。
研究成果の概要
- これまでの研究で、肺小細胞がんでは、点変異により、TP53,RB1,CREBBPがん抑制遺伝子が不活性化していることは明らかになっていましたが、全ゲノムシークエンス解析により、点変異以外のゲノム再構成によっても、これらの遺伝子が不活性化されていることを明らかにしました。異常の頻度は、TP53(100%),RB1(93%),CREBBP(15%)でした。ゲノムの再構成の検出には、ゲノム全域に亘るシークエンス解析が必要です。本研究の成果は、がんの本態解明にこのような全ゲノム解析が有効であることを示しています。
- TP73遺伝子では、スプライシング異常により、発がん推進型タンパク質が発現していることが知られていましたが、その原因がイントロン領域のゲノム再構成によりことが明らかにされました。TP73遺伝子の異常は13%の症例で認められました。
- NOTCH1-3遺伝子の不活性化変異が25%の症例で生じていることが明らかになりました。NOTCH遺伝子群は、肺小細胞がん発生に対して、がん抑制的に機能していると考えられます。
- 既存の分子標的薬の標的となるキナーゼ遺伝子、BRAF,KIT,PIK3CA遺伝子の活性化変異が数%に存在することが再確認されました。
今後の展望
ゲノム解析に適する手術試料が得られにくい肺小細胞がんに対し、16か国の研究チームからなる国際共同研究により、110例の解析が可能となりました。本研究は、各国のバイオバンク事業の有用性を示しています。
本研究で得られたデータは、難治がんである肺小細胞がんの新たな治療・診断法の開発の基盤情報となるものです。特に、肺小細胞がんで高頻度に不活性化している遺伝子群が同定されたことから、合成致死の理論(注1)に基づいた治療法の開発が期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名
Nature - 論文タイトル
Comprehensive genomic profiles of small cell lung cancer(外部サイトにリンクします) - 著者
Julie George, Jing Shan Lim, Se Jin Jang , Yupeng Cun, Luka Ozretic,Gu Kong, Frauke Leenders, Xin Lu, Lynnette Fernández-Cuesta, Graziella Bosco,Christian Müller, Ilona Dahmen, Nadine S. Jahchan, Kwon-Sik Park, Dian Yang,Anthony N. Karnezis, Dedeepya Vaka, Angela Torres, Maia Segura Wang, Jan O.Korbel, Roopika Menon, Sung-Min Chun, Deokhoon Kim, Matt Wilkerson, Neil Hayes, David Engelmann, Brigitte Pützer, Marc Bos, Sebastian Michels,Ignacija Vlasic, Danila Seidel, Berit Pinther, Philipp Schaub, Christian Becker,Janine Altmüller, Jun Yokota, Takashi Kohno, Reika Iwakawa, Koji Tsuta,Masayuki Noguchi, Thomas Muley, Hans Hoffmann, Philipp A.Schnabel Iver Petersen, Yuan Chen, Alex Soltermann, Verena Tischler, Chang-min Choi, Yong-Hee Kim, Pierre P. Massion, Yong Zou, Dragana Jovanovic, Milica Kontic, Gavin M. Wright, Prudence A. Russell, Benjamin Solomon, Ina Koch, Michael Lindner, Lucia A. Muscarella, Annamaria la Torre, John K. Field, Marko Jakopovic , Jelena Knezevic, Esmeralda Castaños-Vélez, Luca Roz, Ugo Pastorino, Odd-Terje Brustugun, Marius Lund-Iversen, Erik Thunnissen, Jens Köhler, Martin Schuler, Johan Botling, Martin Sandelin, Montserrat Sanchez-Cespedes, Helga B. Salvesen, Viktor Achter,Ulrich Lang, Magdalena Bogus, Peter M. Schneider, Thomas Zander,Sascha Ansén, Michael Hallek , Jürgen Wolf, Martin Vingron, Yasushi Yatabe, William D. Travis, Peter Nürnberg, Christian Reinhardt,Sven Perner, Lukas Heukamp, Reinhard Büttner, Stefan A. Haas, Elisabeth Brambilla, Martin Peifer, Julien Sage, Roman K. Thomas - DOI番号
DOI: 10.1038/nature14664
用語解説
- 注1 合成致死の理論に基づいた治療法
ある遺伝子変異を持つがん細胞が、変異を持たない細胞に比べて、別の遺伝子の機能阻害に感受性となることを利用した治療法です。BRCA1,BRCA2遺伝子の不活性化変異を持つ乳がん・卵巣がんにおいて、PARP1タンパク質の阻害薬が治療効果を示すことが代表的な事例です。
プレスリリース
- 肺小細胞がんの全ゲノム解読
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研究所 ゲノム生物学研究分野 分野長 河野隆志(こうの たかし)
電話番号:03-3542-2511
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