がん細胞の増殖に必要な遺伝子を発見
がん抑制の新たな分子標的として期待
2016年1月13日
国立研究開発法人国立がん研究センター
本研究成果のポイント
- がん細胞の増殖に必要とされる遺伝子IER5を発見した。
- がんで過剰発現したIER5は、HSF1と結合することでヒートショックプロテインを誘導し、ストレスからがん細胞を保護することによりがん細胞の増殖に寄与するというメカニズムを解明した。
- IER5の機能を阻害することで、がんを抑制できる可能性を示唆した。
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:堀田知光、東京都中央区、略称:国がん)は、これまでがん化との関連が解明されていなかったIER5遺伝子が、がん細胞の増殖に関与していることを世界に先駆け発見しました。また、IER5遺伝子は、腎がん、大腸がん、膵がんなど様々ながんで発現上昇することも示され、IER5を分子標的として阻害することで、がんを抑制できる可能性が示唆されました。
本研究成果は、国立がん研究センター研究所(所長:中釜斉)希少がん研究分野主任研究員 大木理恵子の研究グループが行ったもので、英科学誌ネイチャー(Nature)系オンライン科学誌「サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)」に1月12日19時(英国時間同日10時)付けで掲載されました。
背景
正常細胞では、HSF1(Heat Shock Factor 1)という転写活性化因子(注1)の活性が低く保たれていますが、HSF1は熱ストレスなどにより活性化し、ヒートショックプロテイン(Heat shock protein: HSP)(注2)を誘導することで、ストレスから回復することが分かっています。近年、HSF1は、がんの発生や悪性化にも関わっていることが報告されましたが、そのメカニズムは明らかとなっていませんでした。
図1:がん細胞はIER5遺伝子によりHSF1を活性化しがん細胞をストレスから保護し増殖する
研究成果の概要
本研究では、これまでがん化との関連が解明されていなかったIER5遺伝子が、腎がん、大腸がん、膵がんなど様々ながんで発現上昇し、HSF1と結合してHSF1を活性化しヒートショックプロテインを誘導し、ストレスを回避することでがん細胞の増殖に寄与することが示されました。
IER5の発現を抑制するとがん細胞の増殖が抑制されること、さらにはHSF1と結合できないIER5はHSF1を活性化できないことが示され、これらのことから、IER5とHSF1の結合を阻害する化合物の探索によって、がん治療薬の開発につながることが示唆されました。
がん細胞は常に低酸素や栄養不足といったストレスに晒されており、ストレス下のがん細胞を保護するIER5遺伝子の機能はがん細胞の増殖や生存に重要であると考えられます。
図2:様々な組織のIER5発現量を解析したところ、正常組織に比べがん組織ではIER5の発現が上昇していた。
図3:ヒト肺がん由来細胞株H1299とヒト胎児腎臓由来細胞株293TにIER5を過剰発現させた後、21時間後と27時間後に細胞を回収し、マイクロアレイ発現解析(注3)によって発現が変化する遺伝子を網羅的に探索した。表の数値は、IER5発現なしの場合と比較しIER5発現ありの場合で発現が何倍に変化したかを示している。ヒートショックプロテインには複数のファミリーが存在している。IER5発現によって様々なヒートショックプロテインの発現増加が認められた。
図4(左図):ストレス下にある(浮遊状態)がん細胞株でIER5の発現を抑制した結果、増殖が強く抑制された。
図5(右図):IER5とHSF1の結合を阻害する化合物が、がん治療薬となり得る。
図6:膀胱がん患者の予後解析を行った結果、IER5遺伝子高発現では予後不良であった。IER5によって最も強く誘導されるHSPA6の高発現も予後不良であり、IER5発現とHSPA6発現には正の相関が認められた。
今後の展望
現在、ヒートショックプロテイン阻害剤をがん治療薬にする開発が進んでいますが、本研究成果を応用した、その上流にあるIER5を阻害する化合物の開発により、より効果の高いがん治療薬の創出に繋がることが期待されます。
また、膀胱がん、脳腫瘍などでは、IER5およびヒートショックプロテイン高発現の患者で予後不良であり、IER5・ヒートショックプロテインの発現を調べたところ、正の相関が認められたことから、IER5-HSF1-ヒートショックプロテインという経路ががんの悪性化や転移に寄与する可能性が示唆されました。今後、動物モデルを使った研究により、IER5ががんの浸潤転移にどのように関わるかを明らかにする予定です。
発表論文
- 雑誌名:Scientific Reports
- タイトル:IER5 generates a novel hypo-phosphorylated active form of HSF1 and contributes to tumorigenesis
- 著者:Yoshinori Asano, Tatsuya Kawase, Atsushi Okabe, Shuichi Tsutsumi, Hitoshi Ichikawa, Satoko Tatebe, Issay Kitabayashi, Fumio Tashiro, Hideo Namiki, Tadashi Kondo, Kentaro Semba, Hiroyuki Aburatani, Yoichi Taya, Hitoshi Nakagama and Rieko Ohki(責任著者)
- Doi:10.1038/srep19174
- URL:http://www.nature.com/articles/srep19174
研究費
文部科学省・基盤研究(C)、AMED革新的がん医療実用化研究事業、AMED次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム など
用語解説
- 注1 転写活性化因子:
DNA上の特定の塩基配列に結合し、他の遺伝子の発現を強めるタンパク質 - 注2 ヒートショックプロテイン:
熱ストレスなどによって構造が壊れた他のタンパク質を修復するタンパク質 - 注3 マイクロアレイ発現解析:
基板に配置された多数のDNA断片とサンプルを反応させることによって、細胞内の遺伝子発現量を網羅的に解析する手法
プレスリリース
- がん細胞の増殖に必要な遺伝子を発見
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- 国立研究開発法人 国立がん研究センター
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研究所 希少がん研究分野 主任研究員 大木理恵子
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