悪性脳腫瘍に対する日本発放射性治療薬の製剤化に成功 日本で初めて放射性治療薬を第I相臨床試験に製造・供給
2018年7月17日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
発表のポイント
- 悪性脳腫瘍に効果が期待される日本発の放射性治療薬64Cu-ATSM1)の製剤化2)に成功
- 日本で初めて、放射性治療薬を治験用に製造・供給
- 64Cu-ATSMを治療目的で使用する、世界初の第I相臨床試験(治験)3)が開始
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)放射線医学総合研究所(以下「放医研」という。)吉井幸恵主幹研究員らは、日本発の放射性治療薬64Cu-ATSMの製剤化に成功し、国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長 中釜 斉)栗原宏明医長・成田善孝科長らと共同で、64Cu-ATSMを治療目的で、世界で初めて人へ投与するファースト・イン・ヒューマン試験として、悪性脳腫瘍の患者さんを対象に第I相臨床試験を開始しました。
悪性脳腫瘍は、現在有効な治療法が乏しく、新規治療法の開発が強く望まれています。既存の治療が効きづらい原因として、腫瘍内部が低酸素化し、化学療法や放射線治療が効きにくくなることが知られています。これに対し、量研放医研では、低酸素環境にあるがん細胞に高集積し高い治療効果を発揮する放射性治療薬64Cu-ATSMの開発を行い、がん細胞株移植(CDX)モデル4)等を用いた非臨床試験で64Cu-ATSMが低酸素状態にある悪性脳腫瘍の増殖を抑制し、生存率を改善することを示してきました。
こうした背景から、量研放医研と国立がん研究センターは、悪性脳腫瘍に対する新治療薬として日本発の放射性治療薬64Cu-ATSMの臨床試験開始に向けた共同開発を行ってきました。その結果、量研放医研では、治験目的で使用する64Cu-ATSMの製剤化と安定的な製造に成功し、国立がん研究センターで、悪性脳腫瘍の患者さんを対象に、量研放医研で製造した64Cu-ATSM治験薬を使用した第I相臨床試験を実施することとなりました。
本試験は日本で初めて、治験において使用する放射性治療薬を製造・供給するものであり、量研放医研と国立がん研究センターがともに協力して進めます。
本研究の薬剤製造体制強化・製剤化は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業「日本発放射性薬剤64Cu-ATSMによる悪性脳腫瘍の革新的治療法開発-非臨床毒性試験・次相に向けた薬剤製造体制強化」等の支援を受け、日本メジフィジックス株式会社の協力を得て実施しました。臨床試験は、AMED革新的医療シーズ実用化研究事業「日本発放射性薬剤64Cu-ATSMを用いた悪性脳腫瘍に対する革新的治療法の開発研究」等の支援を受け実施しています。
背景
頭蓋内に悪性腫瘍が発生する悪性脳腫瘍には、神経膠腫、中枢神経系悪性リンパ腫、転移性脳腫瘍、悪性髄膜腫などがあります。これらの悪性脳腫瘍の治療において、既存の治療法(外科手術、放射線治療、化学療法等)で十分な効果が得られず再発した場合の有効な治療法は確立していないのが現状です。その原因として、悪性腫瘍は活発に増殖するため血管新生が追い付かず、酸素の供給が乏しい低酸素環境になり、低酸素環境に置かれた悪性腫瘍においては既存治療法の効果が弱まってしまうことが知られています。
これに対し、1997年に藤林康久上席研究員(量研放医研、当時は京都大学)は、低酸素標的放射性薬剤としてCu-ATSMを初めて合成し、その特性を報告しました。その後、国内外で同薬剤の開発が進み、量研放医研では、分子イメージング診断・治療研究部の吉井幸恵主幹研究員、東達也部長らが中心となり、悪性脳腫瘍がん細胞株移植(CDX)モデル等を用いた非臨床試験で64Cu-ATSMが低酸素状態にある悪性脳腫瘍の増殖を抑制し、生存率を改善することを明らかにしてきました。
また、64Cuは、ベータ線5)の他に、がん細胞DNAをより効果的に損傷できるオージェ電子5)も放出するため、64Cu-ATSMはがん細胞に対し高い治療効果を発揮することも明らかになっています。
こうした背景から、開発した64Cu-ATSMが現在有効な治療法のない悪性脳腫瘍に対する新たな治療薬となることが期待され、国立がん研究センターと量研放医研は、64Cu-ATSM治療の臨床試験の準備をしてまいりました。
成果
量研放医研では、標識薬剤開発部の鈴木寿主任研究員、橋本裕輝薬剤師、河村和紀チームリーダー、張明栄部長、および信頼性保証監査室の脇厚生室長らが中心となり、64Cu-ATSMを治療目的の治験で使用するために適した薬剤組成・安定的な製造方法・品質試験方法等を詳細に検討し、放射性治療薬として、64Cu-ATSMを製剤化し、安定的に供給することに成功しました。
また、国立がん研究センター中央病院の栗原宏明医長・成田善孝科長らのグループは、量研放医研にて製造・供給された64Cu-ATSM治験薬を用い、標準治療終了後に再発した悪性脳腫瘍(膠芽腫、原発性中枢神経系悪性リンパ腫、転移性脳腫瘍、悪性髄膜腫)患者さんを対象とした第I相臨床試験を開始しました。本試験は、64Cu-ATSMを治療目的で、世界で初めて人へ投与するファースト・イン・ヒューマン試験となります。
これまでに、日本で治験用に放射性治療薬を製造・供給した事例はなく、今回が初となるとともに、日本初の国産放射性治療薬を用いた治験の実施となります。
今後の展開
64Cu-ATSM治療は、放射性治療薬を投与して体内から低酸素化した治療抵抗性腫瘍を攻撃する、新しいメカニズムの治療法です。今回始まった第I相臨床試験並びに今後行われる臨床試験を踏まえ、64Cu-ATSMの安全性・有効性が示されれば、現在有効な治療法のない悪性脳腫瘍の患者さんに対し、新たな治療の選択肢を提供できる可能性があるとして期待されます。
用語解説
- 放射性治療薬64Cu-ATSM
64Cu-diacetyl-bis (N4-methylthiosemicarbazone)の略。Cu-ATSMは藤林康久上席研究員(量研放医研)(当時、京都大学)により、初めて合成された日本発の放射性薬剤である。Cu-ATSMは、キレートであるATSMに放射性Cuが配位した構造をとる低分子化合物であり、過還元状態を呈する腫瘍低酸素環境に高集積することが明らかになっている。64Cu-ATSMは、放射性核種64Cuを使用したCu-ATSMである。放射性核種64Cu(物理学的半減期12.7時間)は、既存の放射性治療薬(131Iや90Y)で放出されるベータ線の他に、がん細胞DNAを効果的に損傷できるオージェ電子を放出するため、がん細胞に対し高い殺傷効果が期待できる。64Cu-ATSMは腫瘍低酸素環境に高集積し,低酸素環境下で治療抵抗性を有する腫瘍に対し高い治療効果を発揮する。 - 製剤化
製剤化とは一般に、薬剤を製造する上で、有効性、安全性、安定性、使用性等の点で適した薬剤組成・形状にする技術をいう。本検討では、治験用放射性治療薬に適した64Cu-ATSMの製剤化を行った。 - 治験、第I相臨床試験
治験とは、新薬について国の承認を得ることを目的として行う臨床試験である。治験には、その開発段階に応じ、第I相臨床試験(薬の安全性と投与量を調べることを目的とする試験)、第II相臨床試験(第I相で決定された投与量を用いて薬の有効性と安全性を確認する試験)、第III相臨床試験(第I相、第II相の結果を踏まえ、より多くの患者さんに参加していただく大規模試験)がある。 - CDX (cell-line derived xenograft)モデル
がん細胞株を免疫不全マウスに移植した実験動物モデル。がん領域の創薬研究における薬効評価のモデルとして多く用いられている。 - ベータ線、オージェ電子
ベータ線は、一般に最大飛程がミリメートルオーダーで従来の放射性治療薬に使用される。オージェ電子は、一般に最大飛程がナノメートルオーダーと短いため薬剤の近傍に高いエネルギーを付与することができ、治療効果が高いと言われる。64Cuでは、ベータ線、オージェ電子が放出される。
本件に関する問い合わせ先
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