がん医療水準の「均てん化」を評価する体制構築に向けたがん診療連携拠点病院などの診療の状況を調査(2014年)
2018年8月2日
国立研究開発法人国立がん研究センター
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉、東京都中央区)がん対策情報センター(センター長:若尾文彦)は、がん診療連携拠点病院を中心とする全国424施設で2014年にがんと診断された患者56万人について、主要な5がん(胃・大腸・肺・乳腺・肝臓)と臓器横断の支持療法で選定した標準診療・検査9項目の実施率と標準診療を行わなかった理由について調査を行いました。
本調査は、科学的根拠に基づいた標準診療に対し、各施設で実際に行われた診療を調査することで、がん医療水準の均てん化の評価体制構築へ向けた検討を行うものです。また、標準診療は患者の状態によっては控える判断をすることも必要であることから、未実施理由の妥当性についても調査しました。
測定は2011年症例を対象とした試験的調査に始まり今回で4度目の実施で、選定した標準診療の対象となる症例を院内がん登録データより抽出し、各施設で行われた診療をDPCもしくはレセプトデータで収集、突合し、標準診療実施率の算出を行いました。今回の2014年症例においては、調査対象とする施設を昨年よりさらに拡大し実施しました。
調査結果のポイント
- がん診療連携拠点病院の調査参加率は68%と2013年と比較して横ばい。
- 都道府県推薦病院の参加が大きく増加(18施設から131施設)し、調査対象症例数は11万名増加。
- 標準診療の実施率9項目に関しては2013年と比較して大きな変化はない。
- 未実施理由を加味する(注)と、9項目中6項目で標準診療実施率は90%以上となった
- 最も実施率が上昇した指標は臓器横断指標(制吐剤の使用の有無):74.0%(2013)から76.3%(2014)
注:「未実施理由を加味する」ということは、標準的診療が実施されなかった症例の中で、腎機能障害や肝機能障害などにより抗がん剤が使用できなかった等の臨床的判断や、患者側からの希望といった妥当な理由があったものについては、標準診療が実施されたものとしてカウントし、実施率を再計算したという意味。
今後の課題
現在、測定項目の改定・追加も進行中です。中でも、胃がんに関しては、新たなQI12項目、実態指標6項目の策定がなされ、測定結果は、昨年、胃がん治療ガイドラインの付録として出版されました。実態指標と呼ばれる、医療の質を測るものとしては議論の余地がありつつ、専門家の間で興味関心の高い項目も測定に加えることで、標準診療の確立後にその実施を検討するQIだけでなく、標準診療が確立する前の段階での診療実態を表す指標も設定し、標準診療確立のための議論のたたき台の提供も試みています。現在肺がん、子宮頸がんに関しても検討中です。
重要なこととして、これらの均てん化を評価する指標を通して診療の質の向上を図るためには、まず、このような検証活動に参加していただく事が第一の重要性をもっていること、また、標準診療実施率の結果から施設間格差などに注目するのではなく、未実施の理由を詳細に調査、検討したうえで、適切な治療方針の検討が行われていたかどうかを評価することが重要であることを改めて強調させていただきます。
注意事項:QIの結果を解釈する上で、以下の点に注意が必要です。
- 他施設での診療行為がカバーされない:他院で行った診療を追うことができないため、見かけ上の実施率が低く算出される可能性があります。
- 臨床的判断の過程が不明である:併存症や患者の希望などで標準診療を避けることが望ましい場合がありますが、データからそれを判断することが困難です。この弱点を補うべく、未実施理由の収集を行っています。収集に協力頂いた施設は一部です。
- 「標準」は常に変化する:医学の進歩とともに、新たなエビデンスに基づきいわゆる「標準」とされるものが変化する可能性があります。よって、現在QIとされている「標準診療」がその後も標準であるとは限りません。特に薬の治療は常に進歩しますのでご注意ください。
調査背景
がん医療の均てん化は、がん対策基本法において中心的な施策のひとつであり、がん対策推進基本計画においても各種の取り組みが行われてきました。第3期がん対策推進基本計画においても、第2期がん対策基本計画の目標であったがん死亡率20%減少の未達成を踏まえ、さらなる取り組みの強化が求められています。がん医療の均てん化においては、これまでがん診療連携拠点病院の整備が進められてきましたが、均てん化を評価する体制は未だ確立されたとは言いがたく、全国における診療の質の継続的評価体制の確立が必要とされています。
調査概要
研究参加施設
424施設(がん診療連携拠点病院284施設/都道府県の推薦による院内がん登録実施病院140施設)
標準診療未実施の理由は、研究参加施設の中から協力の得られた69施設からの回答を集計
集計対象症例
2014年にがんと診断され、診断されたがんに対しQIの対象となる診療を行った症例(565,503名)
集計方法
各がん種と支持療法について代表的な標準診療を選定、対象となる症例を院内がん登録データより抽出し、各施設で現実に行われた診療をDPCもしくはレセプトデータで捉え、標準診療の実施状況を調査した。また、未実施理由については大まかな選択肢を提示し、該当しない場合は未実施となった理由の記述を依頼した。
表1.解析対象患者数(全体):565,503名
2013年症例 | 2014年症例 | ||
---|---|---|---|
全がん | 全がん | 5がんのみ | |
N | 453,660 | 565,503 | 230,875 |
平均年齢 (SD) | 66.5 (14.3) | 67.1 (14.2) | 68.5 (12.1) |
性別, 男性 (%) | 203,124 (44.8) | 314,073 (55.5) | 123,757 (53.6) |
ステージ, n (%) | |||
0 | 40,478 (8.9) | 52,027 (9.2) | 22,964 (9.9) |
I | 140,301 (30.9) | 172,326 (30.5) | 88,518 (38.3) |
II | 66,882 (14.7) | 83,084 (14.7) | 40,452 (17.5) |
III | 58,751 (13.0) | 72,918 (12.9) | 35,449 (15.4) |
IV | 77,436 (17.1) | 97,295 (17.2) | 40,769 (17.7) |
不明 | 69,812 (15.4) | 87,853 (15.5) | 2,723 (1.2) |
表2.解析対象患者数(がん種、ステージ別)
胃がん | 大腸がん | 肝がん | 肺がん | 乳がん | その他 | |
---|---|---|---|---|---|---|
N | 55,814 | 69,026 | 13,629 | 50,265 | 42,141 | 334,628 |
年齢 平均(SD) |
71.2 (10.6) |
69.4 (11.5) |
71.6 (10.0) |
71.0 (10.0) |
59.7 (13.8) |
64.1 (15.4) |
性別 男性(%) |
38,922 (69.7) |
40,760 (59.1) |
9,616 (70.6) |
34,197 (68.0) |
263 (0.6) |
190,280 (56.9) |
0 | 0 (0) |
17,776 (25.7) |
0 (0) |
154 (0.3) |
5,029 (11.9) |
29,063 (8.7) |
I | 34,435 (61.7) |
12,918 (18.7) |
6,111 (44.8) |
18,523 (36.9) |
16,531 (39.2) |
83,808 (25.1) |
II | 5,114 (9.2) |
13,474 (19.5) |
3,874 (28.4) |
4,393 (8.7) |
13,597 (32.3) |
42,632 (12.7) |
III | 5,976 (10.7) |
13,733 (19.9) |
2,317 (17.0) |
8,835 (17.6) |
4,588 (10.9) |
37,469 (11.2) |
IV | 9,525 (17.1) |
10,415 (15.1) |
1,014 (7.4) |
17,586 (35.0) |
2,229 (5.3) |
56,526 (16.9) |
不明 | 764 (1.4) |
710 (1.0) |
313 (2.3) |
774 (1.5) |
167 (0.4) |
85,130 (25.4) |
注:ステージは病理ステージを主として、それが無い場合に治療前ステージを使用
注:上皮性のがんのみ対象
表3.解析した標準診療と対象患者一覧
対象臓器 | 対象患者(分母となる患者数) | 解析した標準診療(分子となる患者数) |
---|---|---|
胃 | 胃がんに対して根治手術を受け組織学的に取り扱い規約ステージII、III(pT1, pT3N0を除く)の進行がんと診断され6 週以内に退院した患者数 | S-1またはCapeOXによる術後化学療法が施行された患者数 |
大腸 | 組織学的ステージIIIと診断された大腸がん患者数 | 術後8週間以内に標準的補助化学療法が施行された患者数 |
肺(1) | 臨床ステージI~IIの非小細胞がんと診断された患者数 | 外科治療、または定位放射線治療が行われた患者数 |
肺(2) | 術後ステージII、IIIAの非小細胞がんで完全切除された患者数 | プラチナ製剤を含む術後化学療法が行われた患者数 |
乳腺(1) | 乳房温存術を受けた70歳以下の乳がん患者数 | 術後全乳房照射が行われた患者数 |
乳腺(2) | 乳房切除術が行われ、再発ハイリスク(T3以上でN0を除く、または4個以上リンパ節転)の患者数 | 術後照射がなされた患者数 |
肝 | 初回の肝切除術を受けた肝細胞がん患者数 | ICG15分停滞率が治療開始前に測定された患者数 |
横断 | 催吐高リスクの抗がん剤が処方された患者数 | 同時に予防的制吐剤(セロトニン阻害剤+デキサメタゾン+アプレピタント)が使用された患者数 |
横断 | 外来で麻薬が開始された患者数 | 同時あるいはそれ以前1ヶ月以内に緩下剤の処方がなされた患者数 |
調査結果概要
結果としては、ほとんどの項目で2013年と2014年の標準診療の実施率に大きな変化はない一方、項目により施設間での差がみられました。実施率が上昇した例としては、昨年と同様、当初より実施率の低さが課題とされていた臓器横断指標(制吐剤の使用の有無)があげられます。こちらの項目は、未実施理由を加味しない値で、昨年の時点で、74.0%の実施率であったの対し、本年度は76.3%まで上昇しています。がん診療拠点病院の参加率68%も昨年とほぼ変わらず、全9項目中6項目の実施率は去年とほぼ同一か、多少の上昇がみられました。実施率が90%以上の肝臓がん、大腸がん、乳がん(2)を除き、2013年から継続的に参加した施設において、わずかではありますが実施率に上昇が見られました。解析結果に全身状態などの患者要因により実施しなかったものを加味すると、9項目中6項目で適切な診療の実施率として90%以上の結果となりました。一方、乳がんに対する乳房切除術での再発高リスク症例に対する術後放射線療法の実施率は昨年より低く、適切な診療を加味しても66.6%、催吐高リスク化学療法前の予防制吐剤投与の実施率は多少の上昇はあったものの78.4%にとどまりました。標準診療を実施するか否かは、ステージや全身状態だけではなく様々な要素により判断されます。そのため、これらの結果についての解釈には注意を払う必要があります。
表4.未実施理由を加味させた場合の実施率の変化
調査した標準診療 | 未実施理由の 加味なし | 未実施理由の 加味あり(参考値) | ||
---|---|---|---|---|
実施率 | 実施率 | |||
2013年 症例 | 2014年 症例 | 2013年 症例 | 2014年 症例 | |
胃がん ステージII、IIIに対する術後化学療法 | 67.2% | 68.0% | 97.6% | 98.1% |
大腸がん ステージIIIに対する術後化学療法 | 55.5% | 54.2% | 94.4% | 93.6% |
肺がん(1) ステージI - IIの非小細胞肺がんへの手術 または定位放射線治療 | 88.6% | 88.7% | 99.1% | 99.5% |
肺がん(2) ステージII、IIIA非小細胞がんに対する術後化学療法 | 43.8% | 44.1% | 92.3% | 92.7% |
乳がん(1) 乳房温存術後の全乳房照射 | 73.9% | 74.5% | 92.3% | 91.6% |
乳がん(2) 乳房切除後の腋窩リンパ節転移に対する術後照射 | 36.9% | 35.7% | 71.1% | 66.6% |
肝がん 肝切除前のICG15分停滞率の測定 | 92.3% | 90.9% | 95.3% | 95.2% |
臓器横断 催吐高リスク化学療法前の予防制吐剤投与 | 74.0% | 76.3% | 76.9% | 78.4% |
臓器横断 外来麻薬処方時の便通対策 | 64.2% | 64.7% | 82.3% | 84.1% |
注1:2013年の数値は2014年の計算方法に合わせて再計算されています。
注2:2013年と2014年では、対象施設数が異なっています。
参考
- 添付資料
スライド(QI紹介編、QI結果編) - 報告書
国立がん研究センターのホームページに掲載しています。
がん対策情報センター がん臨床情報部
プロジェクト:がん診療評価指標(Quality Indicator)の開発と計測システムの構築
「がん登録部会Quality Indicator研究 2014年症例解析結果 報告書」
URL:https://www.ncc.go.jp/jp/cis/divisions/health_s/health_s/010/index.html
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