CIRCULATE-Japan GALAXY、リキッドバイオプシーによる大腸がんの再発リスクと術後治療効果の予測に有効性を確認―Nature Medicine誌で発表―
発表のポイント
- 国内外152施設が参加する研究プロジェクトCIRCULATE-Japan(サーキュレートジャパン)*1のGALAXY試験*2で、手術を受けた2,240名の大腸がん患者さんのリキッドバイオプシー*3の結果と再発のリスクを調べました。
- 血液循環腫瘍DNA*4(circulating tumor DNA [ctDNA])が見つかった患者さんは、そうでない患者さんに比べて、がんが再発する可能性が高く、生存期間も短いことが分かりました。
- ctDNAは、バイオマーカー*5に関係なく、再発のリスクを予測できていました。
- 手術後にctDNAが見つかった患者さんでも、術後補助化学療法*6を受けてctDNAが消えた場合は、再発する可能性が下がることが分かりました。
- この研究結果により、ctDNA検査によって大腸がん患者さんの術後経過をより精密に予測し、術後治療の個別化を実現することで、より多くの大腸がん患者さんの治療成績が改善することが期待されます。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)東病院(病院長:土井 俊彦、千葉県柏市)の吉野 孝之 副院長、中村 能章 国際研究推進室長、国立大学法人九州大学(総長:石橋 達朗、福岡県福岡市)の沖 英次 准教授らの研究グループは、CIRCULATE-JapanのGALAXY試験に参加した2,240名の大腸がん患者さんを対象に、リキッドバイオプシーの結果とがんの再発リスクや生存期間を調査しました。
その結果、手術後の血液検査でctDNAが見つかった患者さんは、そうでない患者さんに比べて、がんが再発する可能性が高く、生存期間も短いことが分かりました。また、ctDNAが見つかった患者さんでも術後補助化学療法を受けてctDNAが消えた場合は、再発する可能性が下がることが明らかになりました。
この研究結果により、ctDNAを調べることが大腸がんの再発リスクや生存期間を予測し、治療方針の決定に役立つことが科学的に示されました。本研究成果は、「Nature Medicine」(ロンドン時間2024年9月16日10時付)に掲載されました。
背景
がん治療の世界では、血液検査でctDNAを調べるリキッドバイオプシーが注目されています。進行がん患者さんの遺伝子を調べるリキッドバイオプシーは、既に日本でも実際の診療で使われています。また、手術を受けた患者さんのctDNAを調べることで、がんの再発リスクが分かることも知られていました。しかし、ctDNAと患者さんの生存期間との関係や術後補助化学療法の効果との関係については、まだ十分な証拠がありませんでした。
そこで、国立がん研究センター東病院が中心となり、2020年からCIRCULATE-Japanという大規模な研究プロジェクトを始めました。このプロジェクトでは、ctDNA検査を使って、手術を受ける大腸がん患者さんに適切な治療を届けることを目指しています。CIRCULATE-Japanの一部であるGALAXY試験は、手術を受ける大腸がん患者さんの血液を調べてctDNAがあるかどうかを確認します。
今回の研究では、GALAXY試験に参加された患者さんのデータを使って、ctDNAの検査結果ががんの再発リスクや生存期間とどのように関係しているかを詳しく調べました。また、ctDNAの変化が術後の補助化学療法の効果とどう関連しているかも確認しました。
研究の方法・成果
CIRCULATE-JapanのGALAXY試験に参加した2,240名の大腸がん患者さんを対象に、ctDNA検査の結果とがんの再発リスクや生存期間を調査しました。
GALAXY試験では、患者さんから採取した血液サンプルを用いてctDNAの有無を調べました。ctDNA検査には、米国Natera社が開発したSignatera(シグナテラ)という最新の技術を用いました。ctDNAの変化を詳しく見るために、手術前と手術後4週間目から定期的に血液を採取しました。
研究の結果、術後2~10週間で測定したctDNAが陽性だった患者さんは、陰性の患者さんと比べて、がんが再発するリスクが約12倍高くなることがわかりました。また、2年後にがんが再発していない割合は、ctDNA陽性の患者さんで20.6%、陰性の患者さんで85.1%と大きな差がありました。全体の生存率についても、2年後にctDNA陽性の患者さんで83.7%、陰性の患者さんで98.5%と差が見られました(図1)。さらに興味深いことに、がんが再発した患者さんの中でも、ctDNA陽性の患者さんと陰性の患者さんの間で生存期間に差がありました(図2)。これらの結果は、手術後のctDNA検査が、大腸がん患者さんの再発リスクや生存期間を予測するのに非常に役立つことを示しています。
図1: 術後ctDNAとがんの再発・生存期間との関係
図2: 再発患者さんにおける術後ctDNAと生存期間との関係
また、大腸がんではがんの遺伝子情報(バイオマーカー)によって特徴が異なることが最近わかっています。そこで、大腸がんで特に重要とされるバイオマーカーごとに、ctDNA検査の結果と再発リスクの関係を調べました。調べたバイオマーカーには、TP53 Y220C変異、高遺伝子変異量(TMB high)、RAS/BRAF遺伝子変異野生型(RAS/BRAF WT)、高マイクロサテライト不安定性(MSI high)、KRAS G12C変異、ERBB2遺伝子増幅(ERBB2 amplification)、BRAF V600E変異などがあります。研究の結果、どのバイオマーカーを持っている患者さんでも、ctDNA陽性の患者さんは陰性の患者さんと比べて再発リスクが高いことが明らかになりました(図3)。この発見は、ctDNA検査は、がんの遺伝子特性に関わらず、再発リスクを予測する強力なツールになり得ることを意味しています。この結果は、個々の患者さんの遺伝子特性に基づいた治療方針の決定にctDNA検査が役立つ可能性を示唆しています。
図3: 各バイオマーカーごとの術後ctDNAとがんの再発
最後に、ctDNAが陽性の患者さんが術後補助化学療法を受けた場合のctDNAの変化について調べました。以前のGALAXY試験の報告では、ctDNAが陽性の患者さんでは術後補助化学療法が効果的である一方、陰性の患者さんではその効果がはっきりしないことがわかっていました。今回の研究では、さらに詳しい分析を行い、術後補助化学療法によるctDNAの変化とその影響について調べました。その結果、ctDNAが陽性の患者さんの中でも、術後補助化学療法を受けると、術後3か月または6か月の時点でctDNAが消失(検出されなくなる)している患者さんがいることがわかりました(図4)。重要なのは、このようにctDNAが消失した患者さんでは、その後の再発リスクが低く、生存期間も長くなる傾向があることが明らかになったことです。この発見は、術後補助化学療法の効果を早い段階で評価できる可能性を示しています。つまり、ctDNA検査を定期的に行うことで、治療が効果的に働いているかどうかを判断し、必要に応じて治療方針を調整できる可能性があります。
図4: 術後3か月・6か月時点のctDNA消失とがんの再発・生存期間との関係
これらの結果は、ctDNA検査が大腸がん患者さんの術後補助化学療法の効果予測や、個々の患者さんに合わせた治療方針の決定に大きく役立つ可能性を示しています。今後のがん治療の個別化に向けて、重要な一歩となる研究成果だと言えるでしょう。
展望
本研究の成果は、大腸がん治療の個別化に向けた重要な一歩となる可能性があります。
まず、ctDNA検査を用いることで、大腸がんの再発リスクをより正確に予測できる可能性が示されたことにより、患者さん一人ひとりの状況に合わせた、より適切な治療方針を立てられるようになるかもしれません。
また、ctDNA検査を定期的に行うことで、治療の効果を早い段階で判断できる可能性も示されたことにより、新しい治療法の効果を早期に評価する上でも有用かもしれません。治療効果が早期に分かれば、効果のない治療を早めに中止したり、別の治療に切り替えたりすることができるかもしれません。
今後、このような検査が承認されれば、広く臨床現場で使用されるようになることが期待されます。そうなれば、多くの大腸がん患者さんがこの技術の恩恵を受けられるようになるでしょう。
さらに、CIRCULATE-Japanでは本研究結果を検証するために、重要な臨床試験(ALTAIR試験、VEGA試験)が進行中です。ALTAIR試験(JapicCTI-2053)はctDNA陽性の患者さんを対象としたランダム化比較第3相試験であり、VEGA試験(jRCT1031200006)は術後4週時点でのctDNA陰性の患者さんを対象としたランダム化比較第3相試験です。これらの試験の結果が、ctDNA検査の臨床的有用性をさらに確認し、将来的な承認や普及につながることが期待されます。
CIRCULATE-Japanで得られた知見を大腸がん以外のがん患者さんにも広げるため、新たな大規模研究「SCRUM-Japan MONSTAR-SCREEN-3」を開始しました。この研究では、対象を大腸がんの患者さんだけでなく、固形がんの患者さんや血液腫瘍(血液がん)の患者さんにも広げ、リキッドバイオプシーを含めた最先端のマルチオミックス解析*7を行う予定です。今後も世界最先端の解析を活用し、世界中のがん患者さんとそのご家族に有効な治療法を届けられるよう、がん個別化医療の発展に全力で取り組んでまいります。
論文情報
雑誌名
Nature Medicine
タイトル
ctDNA-based molecular residual disease and survival in resectable colorectal cancer
著者
Yoshiaki Nakamura†, Jun Watanabe†, Naoya Akazawa, Keiji Hirata, Kozo Kataoka, Mitsuru Yokota, Kentaro Kato, Masahito Kotaka, Yoshinori Kagawa, Kun-Huei Yeh, Saori Mishima, Hiroki Yukami, Koji Ando, Masaaki Miyo, Toshihiro Misumi, Kentaro Yamazaki, Hiromichi Ebi, Kenji Okita, Atsushi Hamabe, Hiroki Sokuoka, Satoshi Kobayashi, George Laliotis, Vasily N. Aushev, Shruti Sharma, Adham Jurdi, Minetta C. Liu, Alexey Aleshin, Matthew Rabinowitz, Hideaki Bando, Hiroya Taniguchi, Ichiro Takemasa, Takeshi Kato, Daisuke Kotani, Masaki Mori, Takayuki Yoshino*, Eiji Oki*
(†第一著者と同等の寄与, *責任著者)
DOI
10.1038/s41591-024-03254-6
掲載日
2024年9月16日10時(ロンドン時間)
URL
https://www.nature.com/articles/s41591-024-03254-6(外部サイトにリンクします)
研究費
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
研究事業名:革新的がん医療実用化研究事業
研究課題名:SCRUM-Japanの基盤を活用した血液循環腫瘍DNAスクリーニングに基づくFGFR遺伝子異常を有する難治性の治癒切除不能な進行・再発固形がんに対するTAS-120のバスケット型医師主導治験
研究代表者名:吉野 孝之
用語解説
*1 CIRCULATE-Japan(サーキュレートジャパン)
大腸がんの外科治療を受ける患者さんの術後再発リスクを最新のリキッドバイオプシー解析技術を用いて高精度に推定し、より適切な医療を提供することを目的としたプロジェクト。国内外152施設(うち海外1施設を含む)が参加する。大規模な医師主導国際共同臨床試験(GALAXY、VEGA、ALTAIR)から構成され、GALAXY試験は基幹となる試験となります。
◆参考プレスリリース
・2020年6月10日「リキッドバイオプシーによるがん個別化医療の実現を目指す新プロジェクト「CIRCULATE-Japan」始動-見えないがんを対象にした世界最大規模の医師主導国際共同臨床試験を開始-」
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2020/0610/index.html
*2 GALAXY試験
CIRCULATE-Japanプロジェクトの3つの医師主導国際共同臨床試験のうち基幹となる試験で、大腸がん手術前後に経時的にctDNAを解析し、再発や生存期間との関連を調べます。
◆参考プレスリリース
・2023年1月24日「リキッドバイオプシーが大腸がん術後の再発リスク測定に有用であることを確認
-世界最大規模の前向き研究により術後補助化学療法の個別化を目指す-」
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/0124/index.html
*3 リキッドバイオプシー
患者さんの血液を用いてがんのゲノム異常を検出する検査。血液検査で繰り返し測定可能であるため、身体に負担が少なく、がんの再発をより早期に発見できることが期待されます。
*4 血中循環腫瘍DNA
血液中にごく微量に存在するがん由来のDNA。
*5 バイオマーカー
体内の生物学的変化を客観的に測定し評価できる指標。がん診療では、がんの遺伝子情報やタンパク質の量などが、がんの診断や治療の効果を予測するのに用いられます。
*6 術後補助化学療法
がんの手術後に行う抗がん剤治療。手術後にも残っている可能性がある目に見えない小さながん細胞をなくし、再発の可能性を減らすために行います。
*7 マルチオミックス解析
遺伝子解析(ゲノミクス: Genomics)、RNA解析(トランスクリプトミクス: Transcriptomics)、蛋白質解析(プロテオミクス: Proteomics)、代謝物質解析(メタボロミクス: Metabolomics)等をすべて一括して分析する手法で、“ミクス (-omics)”は総合的解析を意味します。
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター東病院
SCRUM-Japan事務局
電話番号:04-7133-1111(代表)
Eメール:scrum_office●east.ncc.go.jp
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室(柏キャンパス)
電話番号:04-7133-1111(代表)
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp
国立大学法人九州大学
広報課
電話番号:092-802-2130
FAX:092-802-2139
Eメール:koho●jimu.kyushu-u.ac.jp