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国立がん研究センター

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がん細胞が自らの異常なミトコンドリアで免疫系を乗っ取り、生き残りをはかっている

2025年1月23日

岡山大学
千葉県がんセンター
千葉大学
山梨大学
国立がん研究センター
近畿大学
埼玉医科大学
信州大学
東京大学

発表のポイント

  • がん免疫療法は多くの種類のがんで使われている治療法ですが、効果が全くないこともあり、その理由はまだよくわかっていません。
  • ミトコンドリアは細胞の中でエネルギーを作る役割を持つ小さな器官ですが、がん細胞ではこのミトコンドリアがよく異常を起こすことが知られています。
  • 私たちは、そのような異常なミトコンドリアが周りの免疫細胞に移っていき、正常な免疫細胞の働きを邪魔し、その結果、がん免疫療法の効果が弱まることを発見しました。

 概要

2018年にノーベル賞を受賞した「免疫チェックポイント阻害薬」などのがん免疫療法は、新しいがん治療の一つとして注目されています。この治療では、薬ががん細胞の周りにいる免疫細胞に働きかけて、それによって活性化した免疫細胞ががん細胞を攻撃し、効果を発揮します。非常に良い効果が出る場合もありますが、半分以上のケースでは効果がなく、その理由はまだよくわかっていません。

ミトコンドリアは細胞の中でエネルギーを作る小さな器官で、独自のDNA(mtDNA)を持っています。がん細胞では、このmtDNAに変異などの異常があり、また、がん細胞の周りの免疫細胞にもミトコンドリアの異常があることが知られています。

岡山大学学術研究院医歯薬学域(医)の冨樫庸介教授による研究チームは、千葉県がんセンターをはじめ、千葉大学、山梨大学、国立がん研究センター、近畿大学、埼玉医科大学、信州大学、東京大学の研究チームとの共同研究により、がん細胞の周りにいる免疫細胞にもがん細胞と同じmtDNA変異があることを発見し、それががん細胞からミトコンドリアが免疫細胞に移ってきた結果であることを、世界で初めて明らかにしました。この異常なミトコンドリアが原因で免疫細胞の働きが悪くなり、そのためにがん免疫療法が効きにくくなることも証明しました。

本研究結果は、1月23日に「Nature」誌に掲載されました。この発見は、がん細胞が生き残るための新しい仕組みを解明したもので、今後は新しい治療法の開発や、がん免疫療法が効くかどうかを見分けるマーカーとして活用できる可能性があります。

背景

免疫チェックポイント阻害薬などのがん免疫療法は、新しいがん治療の一つとして注目されています。この治療では、薬ががん細胞の周りにいる免疫細胞、特にTリンパ球と呼ばれる細胞(TIL)に働きかけ、活性化したTILががん細胞を攻撃することで効果を発揮します。非常によく効いて長期間がんが治ったように見える場合もありますが、実際には半数以上のケースで効果がないと言われています。ミトコンドリアは細胞の中でエネルギーを作る小さな器官で、独自のmtDNAを持っています。がん細胞では、このミトコンドリアに異常があり、TILでもミトコンドリアが損傷を受け、その結果、がん免疫療法が効きにくくなることが知られていましたが、その詳しい理由はわかっていませんでした。

研究結果

研究チームは、TILのミトコンドリアの損傷原因を解明するために、mtDNAの配列を調べたところ、約40%の症例でがん細胞と同じ変異が見つかりました(図1A)。そこで、がん細胞からTILへのミトコンドリアの移動を疑い、がん細胞のミトコンドリアを赤、TILのミトコンドリアを緑に色付けして観察したところ、がん細胞からTILにミトコンドリアが移動し、入れ替わるものがあることがわかりました(図1B)。その結果、がん細胞のmtDNA変異がTILにも現れるようになりました。その原因として、活性酸素(ROS)が関与していると考え、ROSを取り除く薬を使うと、ミトコンドリアの入れ替わりが抑えられました。また、変異したTILではエネルギーを作る機能が低下し、その働きも弱くなりました。T細胞のミトコンドリアが損傷したマウスでは、がん免疫療法が効きにくくなり、特にいったん免疫チェックポイント阻害薬で治療した後に、腫瘍が再びできやすくなることが示されました(図2)。さらに、腫瘍でmtDNA変異が見つかる患者さんでは、がん免疫療法の効果が長続きせず、生存率も悪化することがわかりました(図3A)。これらの結果から、がん細胞が異常なミトコンドリアをTILに送り込み乗っ取ってしまうことでTILの働きを妨げ、免疫システムから逃れようとしていることが明らかになり、このことががん免疫療法の効果を弱める一因となっていることがわかりました(図3B)。


図1

図2

図3

今後の展望

本研究は、がん細胞が生き残るための新しい仕組みを解明したものです。今後、ミトコンドリアをターゲットにした新しい治療法や、がん免疫療法の効果を判断するためのマーカーとして活用できる可能性が期待されています。

発表論文

雑誌名

Nature

タイトル

Immune evasion through mitochondrial transfer in the tumour microenvironment

著者

Hideki Ikeda, Katsushige Kawase, Tatsuya Nishi, Tomofumi Watanabe, Keizo Takenaga, Takashi Inozume, Takamasa Ishino, Sho Aki, Jason Lin, Shusuke Kawashima, Joji Nagasaki, Youki Ueda, Shinichiro Suzuki, Hideki Makinoshima, Makiko Itami, Yuki Nakamura, Yasutoshi Tatsumi, Yusuke Suenaga, Takao Morinaga, Akiko Honobe-Tabuchi, Takehiro Ohnuma, Tatsuyoshi Kawamura, Yoshiyasu Umeda, Yasuhiro Nakamura, Yukiko Kiniwa, Eiki Ichihara, Hidetoshi Hayashi, Jun-ichiro Ikeda, Toyoyuki Hanazawa, Shinichi Toyooka, Hiroyuki Mano, Takuji Suzuki, Tsuyoshi Osawa, Masahito Kawazu, Yosuke Togashi

掲載日

2025年1月22日付

DOI

10.1038/s41586-024-08439-0

URL

https://www.nature.com/articles/s41586-024-08439-0(外部サイトにリンクします)

研究支援

本研究は日本学術振興会(JSPS)海外連携研究 JP 23KK0149 基盤B JP 24K02549 挑戦的萌芽 JP 22K1945904・JP 24K22071、AMED次世代がん医療加速化研究事業 JP 21cm0106383, JP 23ama221325, JP 23ama221427、革新的がん医療実用化研究事業 JP 22ck0106723, JP 22ck0106775、革新的先端研究開発支援事業CREST  JP 22gm1810002、肝炎等克服実用化研究事業  JP 24fk0210518、科学技術振興機構(JST) No. JPMJFR2049, ACT-X no. JPMJAX232、国立がん研究センター研究開発費No. 2023-A-05、千葉県研究助成金、内藤記念科学振興財団、持田記念医学薬学振興財団、MSD生命科学財団、GSKジャパン研究助成、高松宮妃癌研究基金、興和生命科学振興財団、加藤記念財団、稲盛財団、アステラス病態代謝研究会、鈴木謙三記念医科学応用財団、SGH財団、住友財団、テルモ生命科学振興財団、中外創薬科学財団、武田科学振興財団研究助成金、小野薬品がん・免疫・神経研究財団、小林がん学術振興会の支援を受けて実施しました。

また、本論文のオープンアクセス化は、文部科学省「オープンアクセス加速化事業」の取り組みの一環で実施している「インパクトの高い国際的な学術誌へのAPC支援」による支援を受けています。

冨樫庸介教授のコメント
呼吸器内科医として薬が非常によく効く人もいれば、まったく効かない人もいて、その違いに疑問を感じたのが私の研究の原点です。本研究は2020 年頃に着想し、最初はミトコンドリアについて素人同然でしたが、大学院生含めて色々な方々にご協力いただきながら結果をまとめ、無事公表にまでこぎつけました。研究費を含めてサポートいただいた多くの方々にこの場を借りて深く御礼申し上げます。

問い合わせ先

研究について

岡山大学学術研究院医歯薬学域(医)
教授 冨樫 庸介
電話番号:086-235-7390
Eメール:ytogashi●okayama-u.ac.jp

機関窓口

国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室 
電話番号:03-3542-2511(代表) 
Eメール:ncc-admin●ncc.go.jp

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