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臨床検体と大型蛍光二次元電気泳動法を用いた大腸がんのプロテオーム解析
武藤 太和
目的
大腸がんの発生・進展に関わるタンパク質を同定し、個別化医療のためのバイオマーカーや治療標的の候補を探索する目的でプロテオーム解析を実施した。
方法
国立がん研究センター中央病院で手術を受けた大腸がん59症例の手術検体を使用した。正常粘膜上皮組織および腫瘍組織を液体窒素存在下で粉末状に破砕し、高濃度のウレアを含むタンパク質可溶化液によってタンパク質を抽出した。抽出したタンパク質を蛍光二次元電気泳動法(Two-dimensional difference gel electrophoresis、2D-DIGE)によって調べた。まず、すべてのタンパク質サンプルを少量・等量ずつ混合し、内部標準サンプルを作成した。次に、作成した内部標準サンプルと個別サンプルをそれぞれCy3およびCy5蛍光色素(CyDye DIGE Fluor saturation dye, GEヘルスケア・ジャパン社)にて標識した。標識後のサンプルを混合し、大型の蛍光二次元電気泳動ゲルで分離した。一次元目の分離はIPG DryStrip(24センチメートル、pI4-7またはpI6-9、GEヘルスケア・ジャパン社)とMultiphor II(GEヘルスケア・ジャパン社)で行った。サンプルの添加法は、膨潤法を用いた。ゲル一枚あたりのタンパク質量は内部標準サンプル、個別サンプルともに1.5マイクログラムとした。二次元目の分離はオリジナルな冷却式大型二次元電気泳動装置(分離距離33センチメートル)を用いた。すべてのサンプルをトリプリケイトのゲルで泳動した。泳動後のゲルは大型レーザースキャナー(Typhoon Trio、GEヘルスケア・ジャパン社)でスキャンし、得られた二次元電気泳動画像はProgenesis SameSpots(Non-linear Dynamics社)で解析した。データマイニングソフト(Expressionist、GeneData社)にて特定された興味深いタンパク質スポットに対応するタンパク質を同定する目的では100アイグログラム;gのタンパク質サンプルをCy5で標識して泳動して分取ゲルを作成し、解析ゲル(上記)と分取ゲルの画像を画像解析ソフトでマッチさせ、分取ゲルから目的のタンパク質スポットを特注の自動スポット回収装置で96穴プレートに回収した。回収したタンパク質スポットに含まれるタンパク質をin-gel digestion法を用いてペプチド化し、回収した。回収したペプチドを質量分析装置(Finnigan LTQ lonear ion trap mass spectrometer、サーモフィニガン社)を使って調べてタンパク質を同定した。同定されたタンパク質の発現レベルを特異抗体を用いたウェスタンブロッティングにて確認した。
結果と考察
大型二次元電気泳動装置を用いた2D-DIGE法によって、等電点幅4から7のゲルでは3453タンパク質スポット、等電点幅6から9のゲルでは1,687スポットを一枚のゲルで観察した(いずれもマスターイメージのスポット数。合計5145スポット)。大型のゲルを2枚使うことによって分離能を向上させることで網羅性を向上させた。同一検体を3回泳動したときの再現性を調べると、すべてのタンパク質スポットについて相関係数は0.9より大きく、98.9%のタンパク質スポットの濃度が2倍以内のばらつきにおさまった。内部標準によるゲル間の補正が有効だったと考えられる。階層的クラスター解析をすべてのスポットの濃度とサンプルについて行うと、タンパク質サンプルは正常組織サンプルと腫瘍組織サンプルとに明瞭に分離された。このことから、プロテオームの全体像は発がんの段階で大きく変わることが分かる。正常組織サンプルと腫瘍組織サンプルの間で濃度差(Wilcoxon検体p値1E07以下、群間平均値の差が2.5倍以上)を示すタンパク質スポットは等電点4から7の間で110個、等電点6から9の間で101個、合計で211個あった。質量分析によって電点4から7の範囲のスポットについては同定を終了した。同定されたタンパク質の中には、転写因子やアポトーシス関連タンパク質を含む、大腸がんでは異常が報告されていないものが存在した。同定されたタンパク質の発現レベルの違いを特異抗体を用いてウェスタンブロッティングで確認した。蛍光二次元電気泳動法によるタンパク質スポットの濃度、および同定されたタンパク質の情報のうち等電点4から7の範囲のデータについては、公開プロテオームデータベース(Genome Medicine Database of Japan、GeMDBJ Proteomics)にて公開した。
考察
大腸がんの手術検体を用いたプロテオーム解析によって大腸がんの発生・進展に関わるタンパク質を多数同定した。これらのタンパク質が細胞外に放出され血清腫瘍マーカーとして使用されるような状況にあるかどうか、個々の症例の術後の再発や生存のどのように関係しているかを臨床検体を用いて調べることが今後の課題である。治療標的となる可能性については培養細胞を用いた実験を計画している。また、等電点6-9のタンパク質については質量分析を実施中である。
関連論文
- Muto T, Taniguchi H, Kushima R, Tsuda H, Yonemori H, Chen C, Sugihara Y, Sakamoto K, Kobori Y, Palmer H, Nakamura Y, Tomonaga T, Tanaka H, Mizushima H, Fujita S, Kondo T. Global expression study in colorectal cancer on proteins with alkaline isoelectric point by two-dimensional difference gel electrophoresis. J Proteomics. 2011;74(6):858-73. [PubMed](外部リンク)
- 武藤太和「ヤングスポッツ:日本電気泳動学会奨励賞を受賞して」(PDF:1250KB)日本電気泳動学会 学会通信 No.3 July 25, 2011