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乳房再建術について
概説
乳がんの切除により変形した、あるいは失われた乳房をできる限り取り戻すための手術を乳房再建術といいます。
乳房再建を行うことにより乳房の喪失感が軽減し、下着着用時の補正パットが不要になるなどの日常生活の不都合が減少します。
乳房再建術は手術する時期や手術法が数種類あります。
通常、乳房全摘術(乳頭乳輪温存乳房切除術を含む)の際に乳房再建が考慮されます。
以下に乳房全摘術(乳頭乳輪温存乳房切除術を含む)の際の乳房再建術について解説します。
乳房再建の時期
再建のタイミングによって以下の2つに分けられます。
一次再建 (同時再建、即時再建も同じ意味です)
乳がん切除と同時に乳房の再建手術を行う方法です。
乳がん切除と同時に乳房再建手術に着手するため合計の手術回数を1回減らすことができます。
二次再建
乳がんの手術や化学療法などの治療が一段落した後、乳房の再建手術を行う方法です。
乳房再建の方法
「自分の体の一部(自家組織)を使って再建する方法」と「人工物を使って再建する方法」があります。
自分の体の一部(自家組織)を使って再建する方法
血流を保ったまま組織を採取して移植する方法を皮弁法といいます。自家組織を使って乳房再建する方法では皮弁法を使って乳房を再建します。
移植する組織は乳房以外の体のいろいろな部位から採取します。
以下に下腹部、背部、大腿内側部から採取する方法について解説します。
深下腹壁動脈穿通枝皮弁法
下腹部の皮膚・脂肪を血管をつけて切り離して採取し、手術用顕微鏡を使って胸部の血管と皮弁の血管をつなぎます。血管吻合の際に肋軟骨ははずさずに温存します。これにより、腹部の皮膚・脂肪を血流がある状態で胸部に移植することができ、これを用いて乳房を再建します。おへそと腹部の筋肉(腹直筋)は温存します。
手術時間は6時間から8時間程度です。入院期間は手術後5日から14日程度です。
どのような人に適しているか
- 人工物を使用したくない人。
- 乳房の比較的大きい人。
適さない人
- 腹部から組織を採取したくない人、採取できない人。
- 喫煙している人。
広背筋皮弁法
背中の皮膚・脂肪・広背筋を血管がつながったままの状態で脇の下を通して胸部に移動し、乳房を再建する方法です。
手術時間は5~7時間程度です。入院期間は手術後5日から14日程度です。
どのような人に適しているか
- 人工物を使用したくない人。
- 乳房があまり大きくない人。
- 腹部から組織を採取したくない人。
適さない人
- 腕を使う力仕事をしている人。
- 腕を使うスポーツをしている人。
- 背部から組織を採取したくない人。
- 乳房が大きい人。
- 喫煙している人。
大腿深動脈穿通枝皮弁法
大腿内側の皮膚・脂肪を血管をつけて切り離して採取し、手術用顕微鏡を使って胸部の血管と皮弁の血管をつなぎます。血管吻合の際に肋軟骨ははずさずに温存します。これにより、大腿の皮膚・脂肪を血流がある状態で胸部に移植することができるため、これを用いて乳房を再建します。大腿の筋肉は温存します。
手術時間は6時間から8時間程度です。入院期間は手術後5日から14日程度です。
どのような人に適しているか
- 人工物を使用したくない人。
- 乳房があまり大きくない人。
- 腹部から組織を採取したくない人。
- 大腿内側の組織に余裕がある人。
適さない人
- 大腿部から組織を採取したくない人。
- 乳房が大きい人。
- 喫煙している人。
自家組織の利点
腹部・背部・大腿の皮弁に共通の利点
- 人工物を使用せずに血液の通ったやわらかい乳房を再建できます。
- 一度生着すると人工物と比べて術後のメンテナンスの必要性が少ないです。
- 長期的な満足度は人工物を使った乳房再建に比べて高いと報告されています。
- 感染に強いです。
- 仰向けになったときや動いたときに自然な乳房の移動があります。
- 乳頭・乳輪が温存される手術の場合、自家組織を使った一次乳房再建術では乳頭・乳輪の位置が人工物を使った乳房再建に比べてずれにくいです。
- 胸部に放射線治療歴があっても人工物を使った乳房再建と比べると術後合併症が起こりにくいです。
- シリコン乳房インプラントに関連したリンパ腫やがんの発生を心配する必要がありません。
- 基本的には1回の手術で乳房のおおもとの形態が再建されます(一次一期再建といいます)。
腹部の皮弁の利点
- 背部や大腿と比べて豊富な脂肪組織を利用でき、大きな乳房を再建しやすいです。
- 背部や大腿に比べて皮膚の色や組織のやわらかさが胸部に近似しています。
- 筋肉を温存できます。
背部の皮弁の利点
- 腹部から組織を採取できない場合も使用できます。
- 切り離さずに移植できるので皮弁全壊死のリスクが腹部や大腿の皮弁と比べて低いです。
- 背部の皮弁採取部の傷あとは腹部に比べて自分から見えにくいです。
大腿部の皮弁の利点
- 腹部から組織を採取できない場合も使用できます。
- 背部と違って筋肉を温存できます。
- 大腿内側の皮弁採取部の傷あとは腹部に比べて自分から見えにくいです。
自家組織の欠点
腹部・背部・大腿の皮弁に共通の欠点
- 皮弁を採取した部分に大きな傷ができます。
- 人工物を使った再建術に比べて手術時間が長くなります。
- 移植した皮弁が壊死するリスクがあります。小範囲の壊死であれば自然治癒しますが、広範囲の壊死が生じた場合は乳房形態を再建することが困難となります。喫煙している場合はそのリスクがさらに高くなります。
腹部の皮弁の欠点
- 血栓形成による皮弁全壊死を生じるリスクがあります(2-3%)。その場合は緊急で再手術が必要になります。
- 腹部がしばらくつっぱることがあります。
- へその下側に横方向の長い傷ができます。へその周囲にも傷ができます。
- 腹部の傷や凹凸が目立ったり、腹部の弛緩や膨隆、ヘルニア(脱腸)を生じたりする可能性があります。
背部の皮弁の欠点
- 腹部に比べて採取できる組織が少なめです。
- 皮弁を採取した部位の筋力の低下や採取した側の肩関節の機能の低下を感じることがあります。
- 手術後、時間がたつと移植した筋肉が痩せ、再建乳房がやや小さくなる可能性があります。
- 筋肉が移植されているため、再建した乳房がピクピクと動くことがあります。
- 皮弁を採取した側の背部に傷ができ、背中に左右差を生じます。
- 背部に漿液腫(体液の貯留)を生じることがあります。針を刺して貯留した体液を抜くことがあります。
大腿部の皮弁の欠点
- 血栓形成による皮弁全壊死を生じるリスクがあります(2-3%)。その場合は緊急で再手術が必要になります。
- 大腿部がしばらくつっぱったり、むくんだりすることがあります。
- 皮弁を採取した側の大腿内側に傷ができ、大腿に左右差を生じます。
- 大腿部に漿液腫(体液の貯留)を生じることがあります。針を刺して貯留した体液を抜くことがあります。
人工物を使って再建する方法:シリコン乳房インプラントを用いた乳房再建術
1回目の手術で組織拡張器(ティッシュエキスパンダー)を留置し、2回目の手術で人工乳房(シリコン乳房インプラント)に入れ替えて乳房を再建します。そのため2回の手術が必要になります(二期再建といいます)。
一次再建の場合は乳がん切除と同時にティッシュエキスパンダーを留置し、8ヵ月程度経過後に2回目の手術でシリコン乳房インプラントに入れ替えます(一次二期再建といいます)。
シリコン乳房インプラントによる乳房再建の流れ
- 1回目の手術ではティッシュエキスパンダーを大胸筋の下に留置し、傷を閉じます。 再建に要する手術時間は1時間~1時間半程度です。 入院期間は手術後5日~14日程度です。
- ティッシュエキスパンダーは外来で徐々に拡張させ(1~3週に1回程度通院)、皮膚と大胸筋を伸展させます。 1~2か月で組織を十分に伸展させた後、伸展した組織が安定するまで6カ月程度待機していただきます。
- 2回目の手術で同じ傷からティッシュエキスパンダーを取り出し、シリコン乳房インプラントに入れ替えて乳房を再建します。手術時間は1時間~2時間程度です。入院期間は手術後2日~14日程度です。
シリコン乳房インプラントによる乳房再建術の利点
- 乳房以外の体の他の部分に傷をつけなくてすみます。
- 手術時間が短いです。
シリコン乳房インプラントによる乳房再建術の欠点
- 感染や破損、広範囲の皮膚壊死が生じた場合には人工物を取り出す必要があります(約3%)。喫煙している場合はそのリスクがさらに高くなります。
- 1回目の手術でティッシュエキスパンダーを留置し、2回目の手術でシリコン乳房インプラントに入れ替えるため2回の入院と全身麻酔手術が必要になります(二期再建)。
- 手術後に人工物の位置が移動し再手術が必要となることがあります。
- エキスパンダー留置中はMRI検査を受けることができません。
- 乳頭・乳輪が温存される手術の場合、エキスパンダー拡張中に乳輪乳頭の位置が移動することがあります。
- 再建された乳房は使用したインプラントの形の乳房になります。市販されているインプラントの大きさや形が健側乳房と合わないことがあります。組織がうすい人はインプラントの形が表面からわかることがあります。
- シリコン乳房インプラントが入った部分しか膨らまないため、インプラントが入らない胸部頭側の(decollte)と呼ばれる部分の陥凹が目立つことがあります。
- 仰向けになったときや動いたときに乳房の自然な移動がありません。
- 再建乳房の形は変わらないので年とともに健側乳房が下垂すると左右差が生じます。
- やや硬さのある乳房になります。
- 下垂した乳房の再現が困難です。
- 被膜拘縮が出現して硬くなったり変形したりすることがあります。
- 被膜拘縮や変形、インプラントの破損、露出、経年劣化により、将来的に入れ替えの必要があります。
- 稀ですが、シリコン乳房インプラントに関連する未分化型大細胞リンパ腫や扁平上皮癌の発生が報告されています。
- 破損や劣化、リンパ腫やがんの発生がないかを評価するために、シリコン乳房インプラントを留置している間は1~2年に1回の超音波検査などの画像検査が継続的に必要になります。
どのような人に適しているか
- 乳房以外の体の他の部分に傷をつけたくない人。
- 乳がん手術で大胸筋や乳房の皮膚がしっかり残っている人。
- 乳房の下垂がない人。
- シリコン乳房インプラント留置中の継続的なメンテナンスを受け入れられる人。
適さない人
- 人工物を体内に留置することに抵抗のある人。
- シリコン乳房インプラント留置中の継続的なメンテナンスを避けたい人。
- 再建部位に放射線治療歴がある人。
- 喫煙している人。
- シリコン乳房インプラントに関連する未分化型大細胞リンパ腫や扁平上皮癌について心配のある人。
手術後の経過
いずれの方法を選択しても乳房形態の左右差はある程度生じます。
形態の左右差や傷あとの修正手術が必要となることがあります。
乳輪乳頭再建は乳房再建後6カ月以上経過してから行います。
乳頭・乳輪の再建
乳頭・乳輪を温存できなかった場合、乳房再建の最後の仕上げとして乳輪・乳頭の再建を行います。他に追加の手術がない場合は局所麻酔による通院日帰り手術が可能です。
再建方法
健側乳頭からの移植
健側の乳頭を半切して患側に移植して乳頭を再建します。乳輪は、移植した乳頭の周囲にアートメイクや皮膚移植を行って再建します。皮膚移植は大腿内側基部の色素沈着した皮膚や健側乳輪の一部を使用します。
どのような人に適しているか
- 健側の乳頭・乳輪のサイズが大きい人。
- 健側の乳頭・乳輪の縮小を希望する人。
適さない人
- 将来授乳の可能性がある人(授乳ができる方法もあります)。
- 健側を傷つけたくない人。
- 放射線治療などで移植する部位の状態が良くない人。
- 乳頭・乳輪を採取する側にも乳がんの既往がある人。
健側乳頭からの移植による乳頭再建の利点
- 質感、色調の対称性が得やすい。
- 採取した側の乳頭・乳輪の縮小ができる。
健側乳頭からの移植による乳頭再建の欠点
- 完全に生着しないことがあります。その場合、色素沈着、色素脱出、瘢痕などの原因になります。
- 採取した側に傷あとが残ります。採取された側の乳頭が採取した分小さくなります。
- 大きな組織は移植できません。そのため乳頭の大きさに左右差が残ります。
局所皮弁による再建
再建した側の乳房の皮膚に皮下脂肪をつけた組織(皮弁)を立ち上げて乳頭の突出を作ります。その周りに乳輪を作ります。大きく分けて2つの方法があります。
- スター皮弁
突出の小さな乳頭の再建となります。 - スケート皮弁
突出の大きな乳頭の再建となります。乳輪部に植皮が必要であるため、他部位から皮膚を採取する必要があります。
スター皮弁
スケート皮弁
どのような人に適しているか
- 健側の乳頭が小さい人。
- 両側乳癌で乳頭乳輪が両側ともない人。
- 将来授乳の可能性がある人。
適さない人
- 患側皮膚に放射線治療を行われている人(放射線治療後、十分な時間が経過していれば可能です)。
局所皮弁による再建の利点
- 健側の乳頭を傷つけない。
局所皮弁による再建の欠点
- 長期的に見ると、皮弁はやわらかい組織で支持組織がないため再建した乳頭が平らになります。
- スケート皮弁は皮膚採取をした部位に傷が残ります。
後療法
抜糸などが終了したら、乳頭がつぶれないよう2~3カ月程度乳頭・乳輪を保護します。
色の再建
アートメイク
乳頭・乳輪の再建手術が終了して3カ月以上経過した後、乳頭や乳輪部にアートメイクで色をいれます。乳頭を移植した場合や色素のある皮膚を植皮した部分以外は、アートメイクで色を入れないと肌色のままとなります。 施術に伴う感染やアレルギー反応といった合併症はまれです。
この方法の利点
- 皮膚の採取をしないため他の部位を傷つけません。
この方法の欠点
- 一回の施術で十分な色を出すことができない場合があります。2~3回の施術が必要となることがあります。
- 施術後、時間経過とともに色素は薄くなります。2~3年以上経過すると追加の施術が必要となることがあります。
- アートメイクは保険適用になっていないため自由診療(自費診療)になります。
合併症
感染やアレルギー反応といった合併症はほとんどありませんが、アレルギーを生じた場合は切除が必要になることがあります。
代替方法
人工の乳頭・乳輪など:市販のシリコン性の乳頭・乳輪を必要に応じて装着する方法があります。
その他
いずれの方法を選択しても形態・色調の左右差はある程度生じます。
遺伝性乳がんに対する予防的乳房切除術後の乳房再建
2020年の保険改定で遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の乳がんに対する予防的乳房切除が保険適用の対象になりました。それに伴い、遺伝性乳がんに対する予防的乳房切除術後のエキスパンダー・インプラントを用いた乳房再建術も保険適用の対象に追加されました。
同様に、予防的乳房切除が保険適用の場合は、自家組織移植を用いた乳房再建術も保険適用の対象となります。
詳しくは乳腺外科担当医師、または形成外科担当医師にお問合せください。
乳房再建のご相談
診察の予約をして形成外科外来を受診されてください。
現在、乳房再建手術については当センターに通院中の方、または当センターでの治療歴のある方のみの受付となっております。ご了承ください。詳しくはお問合せください。
乳房再建のための意思決定支援のWebページについて
「乳房再建のための意思決定支援のWebページ」を作成しました。
よりよい理解のため、順番としてはこのWebページの上記の内容を十分理解されてから、「乳房再建のための意思決定支援のWebページ」をご参照ください。