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荘内病院×国立がん研究センター東病院 医療連載「つながる医療 がん治最前線」第15回 あなたがもし肺がんと診断されたら

2022年7月23日

国立がん研究センター東病院 呼吸器内科長 後藤 功一

がんは、自分の正常な細胞の遺伝子に何らかの変化が起きることで発生する病気と考えられています。最も分かりやすい例では、タバコという毒を吸い続けることで、肺の正常な細胞の遺伝子が傷つき肺がんが発生します。がんが主に高齢者の病気であることも同じ理由であり、ヒトは細胞分裂を繰り返しながら年齢を積み重ねていきますが、高齢になるまでには、多くの細胞分裂が必要になるため、遺伝子の複製ミスが起こる確率が増えて、がんが発生しやすくなります。

先日、90歳の患者さんが私の外来を受診しました。かかりつけの医師に胸部レントゲン写真で異常な影を指摘されて、病院の名前が恐い「国立がん研究センター東病院」を紹介され、渋々受診したのです。

病院名から推察して、自分も遂にがんに罹ってしまったのかと不安な表情で、私の診察室に入ってきました。右肺に明らかな腫瘤影(かたまり)を認め、一見して肺がんであることが分かりました。その旨説明したところ、本人、家族ともに驚き、「90歳になるまで私は病気をしたこともなく、本当に健康でした。煙草も吸ったことがないのに…」とひどく落胆した様子でした。

ところが、「あなたは本当に長生きしたのですよ。長生きしたから肺がんになったのです。肺がんが発生するような年齢まで長生きしたという証拠ですよ」とお話ししたところ、表情が一気に和らぎ、肺がんという病気を前向きに受け止めることが出来るようになりました。「90歳まで長生きすれば、色んな病気が出てきますよね」と少し笑顔も見せながら、その後は会話してくれました。

ヒトの命には限りがあり、永遠に生きていくことは不可能だという当たり前ことは、頭の中ではきちんと理解していても、いざ自分が、生命を脅かす病気に罹ると、そう簡単に受け止められるものではありません。

自分だけは特別な存在であり、がんに罹るはずはない、そう錯覚している場合もあるし、無理矢理そう思い込ませて、現実に抵抗しようとしたりします。自分に都合の悪いことには目を伏せてしまうのは、普通の反応だと思います。

肺がんは、年間7万人以上が亡くなる難治性の病気です。特に、肺以外の臓器に転移した進行肺がんは、手術を行うことが困難であり、薬物療法を中心にして治療を行います。薬物療法はひどい副作用ばかりで効果が乏しいというのがこれまでのイメージでしたが、この20年間で薬物療法は著しい進歩を遂げています。

肺がんの遺伝子を検査して、もし遺伝子に変化が見つかった場合は、それを標的にした分子標的薬が使用可能になりました(図1)。


説明図1

分子標的薬は従来の抗がん剤と比較して、有効性が非常に高く、副作用も少ないため、入院の必要がなく、通院で治療が可能です。もちろん薬物療法で肺がんを完治させることは出来ませんが、高血圧を降圧薬でコントロール出来るように、分子標的治療薬で肺がんの進行を抑えながら、症状を改善し、長生きすることが可能になりました。

特にタバコを吸った経験がないのに肺がんになった場合は、この遺伝子変化は高い確率で見つかることも分かっています。

国立がん研究センター東病院では、全国の病院と連携しながら、遺伝子検査の機会を患者さんへ無料で提供するプロジェクト(LC-SCRUMと呼びます)を2013年から現在も継続しています。

あなたがもし肺がんと診断された場合は、分子標的治療薬が使えるかどうか検討するために、必ず遺伝子検査を受けてください。前述の90歳の患者さんはEGFR遺伝子という有名な遺伝子に変異を認め、分子標的治療薬を使いながら、92歳になった現在も元気に私の外来に通院しています。副作用が少ないので、高齢者でも治療を受けられるところもこれまでの抗がん剤とは異なるところです。

執筆者

後藤先生
  • 後藤 功一(ごとう・こういち)
  • 1990年熊本大学医学部卒業、熊本大学医学部第一内科入局。1994年国立がん研究センター東病院 呼吸器内科レジデント。2006年熊本大学大学院医学研究科博士課程にて学位取得。2014年国立がん研究センター東病院呼吸器内科長に就任。2022年より副院長も併任。2017年より長崎大学大学院医療科包括腫瘍学連携講座教授を併任。2013年に立ち上げたLC-SCRUM-Asiaの主任研究者。

更新日:2022年7月29日