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荘内病院×国立がん研究センター東病院 医療連載「つながる医療 がん治最前線」第17回 乳がんの最新治療-治癒率向上のための周術期薬物療法-
2022年9月24日
国立がん研究センター東病院 腫瘍内科長 向原徹
乳がんは体表からしこりを触ることができるために、レントゲンやCTがない時代からその存在が知られていました。17世紀にルーベンスが描いた裸体画の乳房にも乳がんが原因と思われる変形があると言われています。また、同じ理由で手術療法が古くから施されてきたがんでもあります。有名な紀州の医師華岡青洲が1804年に世界で初めて全身麻酔を用いて行った手術も乳がんの手術でしたが、乳がんの治療として専ら手術療法を行う時代は1960年代まで続きました。しかしながら、手術療法で全て取り除いたと思われる乳がんでも、後に骨、肺、肝臓といった乳房から遠く離れた臓器に再発を来すことがあります(遠隔転移と呼びます)。これは、目に見えない、いわば「種」のようながん細胞が手術の時点で既に転移していて、それが「実」になる状態と考えられます。遠隔転移をしたがんは完全治癒させることが困難なため、目に見えない「種」の状態で摘み取る方法として1960年代以降薬物療法が試みられるようになりました。今日に至る約50年間は、手術療法の進歩とともに、手術前・後の薬物療法(周術期薬物療法と呼びます)が乳がんの治療成績を向上させてきました。
乳がんの特徴別の周術期薬物療法
乳がんの診断は顕微鏡を用いた組織診断で行いますが、乳がんと分かった場合、ホルモン受容体(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体)とHER2(ハーツー)と呼ばれるたんぱく質をがん細胞が持っているかを調べます。ホルモン受容体の「ホルモン」とは女性ホルモンのことを指し、ホルモン受容体陽性であればその乳がんが女性ホルモンを「餌」として成長していることを意味します。約6―7割の乳がんはホルモン受容体陽性です。また、HER2は成長因子受容体と呼ばれるたんぱく質で、約2割の乳がんでは非常に沢山のHER2が発現しています(HER2陽性)。乳がんは、ホルモン受容体の陽性・陰性、HER2の陽性・陰性の組み合わせでサブタイプ分類されます。周術期薬物療法として化学療法薬(いわゆる抗がん剤)は全てのサブタイプで使用されます。一方、ホルモン受容体陽性乳がんにはホルモン剤、HER2陽性乳がんには抗HER2薬といったようにサブタイプ別に治療薬が使い分けられます。HER2陽性乳がんは再発の多い乳がんとされていましたが、21世紀に入って抗HER2薬が周術期治療に用いられるようになって以来、その治療成績は飛躍的に改善しました。
新しい薬の周術期薬物療法
ここ数年の間に、さらに新しいクラスのお薬を乳がんの周術期治療に用いることで治療成績が改善することが分かってきました。その一つが、CDK4/6阻害薬と呼ばれる分子標的薬であり、ホルモン剤と併用して用いられます。また、つい最近BRCAという遺伝子の変異が原因の遺伝性乳がん卵巣がん症候群の患者さんに発生した乳がんの周術期治療としてPARP阻害薬と呼ばれる分子標的薬が承認されました。また、免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれるお薬の使用が試みられるなど、乳がんの周術期薬物療法の成績はさらに改善していくことが期待されます。
乳がんの特徴別の周術期薬物療法
患者さんとの相談で過不足ない最適な治療を
このように乳がんの周術期薬物療法は発展し、使用可能なお薬も増えました。一方で、華岡青洲の時代から手術療法のみでも治ってしまう方もいらっしゃいます。当院では、個々の予想される再発率(手術後に「種」が身体に残っている確率)や薬物療法で期待される再発率低減効果(「種」が残っていた場合に摘み取れる確率)、その効果のために背負っていただく薬物療法のリスク、要する時間、費用などとともに、患者さん一人一人の価値観やご希望を総合して、どの強度の治療を行うかを決めていくように心がけています。特に多様な副作用が予想される化学療法を実施するかどうかはしっかりと相談をするようにしています。周術期薬物療法は、医師と患者さんが一緒に決めていくshared decision making(シェアード・ディシジョン・メイキング)がとても大事な分野なのです。
執筆者
- 向原徹(むこうはら・とおる)
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1997年大阪市立大学医学部卒業、大阪市立総合医療センターで内科研修後、2000年大阪市立大学医学部附属病院第一内科、2002年Dana-Farber Cancer Institute留学、2005年国立がんセンター東病院、2008年神戸大学医学部附属病院腫瘍センター、2017年国立がん研究センター東病院腫瘍内科長。がん薬物療法専門医・指導医